第4話

 次に目を覚ましたのは、とっくに昼も過ぎたころだった。太陽は天頂を通り過ぎていて、夕方が近付いている。カーネリアは騎乗服のポケットから乾燥した木の実を取り出して口に入れ、ブルージョンにも与え、出発の準備を始めた。緩めていた騎乗服のボタンを閉めて帽子を被ると敷物を騎乗具の物入れに仕舞い込み、その騎乗具をブルージョンの背に付けて準備は整った。

「さぁ、出発!」

ブルージョンの背に乗ったカーネリアが声を掛けるとブルージョンは翼を広げて飛び立ち、再び樹海北端の旅を始める。此処まで来れば、目的地はもうすぐだ。夕方になる前には、幹が太い樹木の群れの上空に辿り着いていた。この中の一際大きな樹木が、目的の樹木だ。やがて樹木の群れの上空を飛んでいたカーネリアは、樹木の群れから頭を出したように立っている、大きな樹木を見付け、近寄って行った。鳥使いの村に来た野性のベヌゥが見せてくれた光景と、ほとんど同じ姿をした樹木だ。だが実際の樹木を目にしてみると、なんとも言えない威圧感が感じられる。幹の太さは想像を超えた太さだし、他の同じ樹木を従えるように聳えている。それになんと言っても特徴的なのが、幹に穿たれた無数の樹洞だろう。こんなに樹洞のある樹木など、今まで見た事も無い。

 カーネリアとブルージョンは、暫くこの巨大過ぎる樹木の上空を旋回しながら、樹木の様子を眺めた。何もかもが、野生のベヌゥから送られた光景通りだ。しかし現実の風景には、何かがたりなかった。この樹木に居るはずの、野生のベヌゥの姿が見えないのだ。姿を隠しているのか、それとも自分達の住み家を離れ、何処かに行ってしまったのだろうか? 

[ブルージョン、この近くに、ベヌゥはいないの?]

カーネリアは意識を通じて、ブルージョンに尋ねる。もしも野生のベヌゥが近くに居たら、ブルージョンはとっくに気付いているはずだ。樹木の上空を旋回するブルージョンはすぐに一声鋭く鳴いて、カーネリアに答える。さらにブルージョンの声に同調するように、別のベヌゥの声が聞こえてきた。間違いなく、野生のベヌゥが、近くにいる。カーネリアはすぐに鳴き声がした方向に意識を向け、野生のベヌゥを探す。野性のベヌゥ達は、ベヌゥの背中にいる人間を警戒しているらしい。かつて自分たちの祖先の背に乗っていたハリの姿の記憶を、意識にもっているというのに。

 カーネリアは自分が知っているハリの姿を、近くにいるだろう野生のベヌゥに向けて送る。自分がハリゆかりの人間なのを伝える為に。すぐに答えが返って来た。何処からかベヌゥの声が聞こえ、それに合わせてブルージョンも、一声鳴いた。姿が見えない野生のベヌゥ達と交信しているのだ。カーネリアの意識に伝わって来る。この樹木の枝に止まっていいのかと、ブルージョンは野生のベヌゥに聞いていた。そして帰って来たのは、どの枝に止まってもよろしいという答えだった。その答えを受けて、ブルージョンは野生のベヌゥが居る巨樹の枝に止まる。

 巨樹の中でも大きく太い枝に、ブルージョンは幹に頭を向けて蹲り、カーネリアを背中から降ろす。幹の枝の上あたりには、大きな樹洞が口を開けていて、ブルージョンはその樹洞の中を気にしていた。樹洞の中には、何か生き物がいるようだ。カーネリアはブルージョンから離れ、樹洞の中を見ようとする。が、ブルージョンの大きな鳴き声に足を止められてしまった。ブルージョンがカーネリアに、樹洞に近付くなと伝えている。そこに野生のベヌゥがいるのだと。実際カーネリアが見ている前で、樹洞から野生のベヌゥが首を出してきた。

[こんにちは、よろしくね]

カーネリアは慌てて意識を通じ、野生のベヌゥに挨拶する。樹洞から首を出しているベヌゥは、カーネリアとブルージョンをじっくり見ると、やおら全身を樹洞から出し、ブルージョンに近寄って来る。さらに樹洞からは三羽のベヌゥが姿を現す。野性のベヌゥの姿が見えないのも当たり前だ。彼らは、巨樹の幹の樹洞の中に、姿を隠していたのだ。気が付けば巨樹に或る他の樹洞からもベヌゥ達が姿を現し、カーネリア達がいる枝を取り囲むように、周辺の枝に止まっていた。ベヌゥ達はカーネリアとブルージョンに意識を向け、カーネリア達を探っている。カーネリアは自分を探るベヌゥ達の意識に向かい、ハリの姿を送る。 

 此処に住む野性のベヌゥ達が、ハリの姿を記憶しているのは解っていた。カーネリア達もハリの姿を記憶しているのを知ったら、野生のベヌゥ達も心を開いてくれるだろう。そしてその通りになった。ブルージョンに近寄って来た野生のベヌゥの一羽が、ブルージョンに顔を近付け、やがて顔と顔とを擦り寄らせていく。ベヌゥ同志の挨拶が、上手くいった証拠だ。そして一羽の挨拶が終ると、ブルージョンは同じ枝にいる他のベヌゥとも挨拶をし、最後に同じ枝に居る野生のベヌゥ達と鳴き交わし、仲間になった事を確かめ合う。野生のベヌゥ達は、ブルージョンを仲間として受け入れてくれたのだ。良かった。今度は、カーネリアが野生のベヌゥ達に受け入れられているかを、確かめる番だ。

 カーネリア巨樹の枝の上を歩き、野生のベヌゥ達に近付いて行く。いくらベヌゥとパートナーになった鳥使いとは言え、野生のベヌゥそれも三羽もの野生ベヌゥに近付くのは、危険が伴っていた。ベヌゥは草食の鳥で大人しい鳥だが、途轍もない力を持っている。間違って怒りに我を忘れた状態、怒りの形相になってしまったら、それこそ命取りになってしまう。しかしカーネリアには、眼の前にいる野生のベヌゥ達が、そうはならないと言う確信があった。彼らは、鳥使いの祖であるハリの姿を知っている。ハリの姿が鳥使いと、樹海北端に住む野生のベヌゥとの橋渡しになるかも知れない。カーネリアはハリの姿を野生のベヌゥ達に送りながら近付いて行き、ベヌゥ達と目を合わせる。人間を全く知らない野生のベヌゥなら、これでもう一巻の終わりだ。しかしカーネリアの前のベヌゥ達は怒りもせず、カーネリアを見返して来た。ベヌゥに乗るハリの姿を、カーネリアに送りながら。

 野生のベヌゥの意識が伝えるハリは、幹の太い巨樹の森の上空を、ベヌゥと共に飛び回り、暫くして現れたベヌウの群れに、合流していった。これは野生のベヌゥ達が、何世代にも渡って伝えて来た、遙か昔の記憶の一部だろう。やはりこのベヌゥ達は、ハリを知っていたのだ。彼等は先祖が大昔に接したハリの記憶を代々伝えて津差づけ、そのおかげで人間との接触が無いベヌゥ達とも繋がりを作ることが出来た……そう思うとカーネリアは野生のベヌゥ達が愛おしくなり、ベヌゥ達に近寄ると手袋を外すと手を伸ばし、彼らに触れた。

 柔らかなベヌゥの羽根の感触が指先に伝わり、野生のベヌゥ達がカーネリアとの接触を嫌がっていないのが解った。そして野生のベヌウに触れながら、カーネリアは傷を負ったまま鳥使いの村に辿り着いてきた野性ベヌウと、その野生ベヌゥを鳥使いの村の人間達が治療した事を、触れている野生ベヌゥに伝える。するとベヌゥに触れている手を通じて、空へ飛び立つベヌゥの姿を、カーネリアの意識に伝えてきた。鳥使いの村にいる野生のベヌゥが、無事回復した姿だ。手に触れている野生ベヌゥは、村にいる野生ベヌゥと繋がりを通じて、仲間に起こった事を全て知っているのだ。そして傷付いた野生ベヌウが回復している事を、カーネリアに伝えている。ここんなにも上手く野生ベヌゥと意志を通い合わせられたのも、ハリのおかげだろう。野生のベヌゥ達が代々伝えて来たハリや鳥使いの記憶が、カーネリアと樹海北端に住む野生ベヌゥ達を繋げてくれたのだ。

「有難う、ハリ」

カーネリアははるか昔に生きていたハリに感謝した。でも何故ハリは、鳥使いの村から遠く離れた、樹海の北の果て近くを訪れたのだろうか? 大きな謎だが、野生のベヌゥ達との接触で、この謎を解く鍵を見付けられるかも知れない。大変そうだが謎が解けるまで、ブルージョンとこの野生ベヌゥ達と付き合おう。カーネリアは腹を括り、まずブルージョンと共に、野生ベヌゥ達との一夜をすごしたのだった。

 野生ベヌゥの群れと出会った次の日の朝から、カーネリアの奮闘が始まった。まず始めに問題となったのは、寒さだった。樹海の北端は、鳥使い村よりも一足早く、季節が進んでいるようで、鳥使いの村では夏なのに、樹海北端では秋の気温だ。こういう事も予想して、騎乗服の下には冬用下着を着てきたのだが、イナの村よりも高い位置にある樹海北端は、思っていた以上に寒かった。カーネリアは防寒用の布を被り、ブルージョンの暖かな身体に寄り添い、朝までの眠りに就いたのだった。そして朝めざめると、次の問題に直面したのだった。食料の問題だ。

 鳥使い達は、夏から秋にかけての樹海の実りが多い季節には、殆んど食料を持たずに樹海に出掛ける。樹海の中で、食料が調達出来たからだ。鳥使いは、樹海で食料となるものを見付ける知恵を伝えられている。ところがここ樹海北端には、カーネリアが知っている食量となる物は、殆んど見当たらなかった。ベヌゥ達が食べられるものなら、幾らでもあるようなのだが……。栄養価が高く、空腹を押さえられる乾燥させた木の実を持っているものの、もう残り少なくなっている。何時まで樹海北端に滞在するのか解らないのに、これからの食料には不十分だ。カーネリアは仕方なく幹の太い樹木の森で、食料を探す事にした。

 幹の太い樹木の間をブルージョンと飛びながら、目を凝らして食料になりそうなものを探す。そして北端の森に来た次の日の午後遅くにやっと見付けたのが、樹海北端を流れる川を遡って来る魚達だった。この川は幹の太い樹木の森から、深緑の鳥使い達がたまに行く地域まで流れている川の様で川を遡る魚も、鳥使い達が食用として持って帰る魚だ。カーネリアは川岸にブルージョンを着地させると川岸に降り立ち、ブルージョンの騎乗具を外すと空へと飛び立たせる。そしてブルージョンが飛び立って行くと、河原に這える小さな木の下に落ちている木の枝の中から、比較的太い枝を拾い、枝を使って魚を捕り始めた。川の水の浅い場所に入り、踝まで水に浸かりながら川を遡って来る魚を待つ。暫くして魚が遡って来るのを見付けると、魚にその命を奪う許しを請う言葉を呟きながら魚の頭を枝で叩き、魚を捕った。平たくて長い魚体を上下にくねらせながら泳ぐ魚を一発叩いて捉えると、捕った魚を手に川を出て、魚に感謝の祈りを捧げてから調理を始める。

 まず河原の石を使って簡単に炉を作ると枯草を集めて炉に入れ、中に魚を隠しておいた。次に河原から少し離れた場所で草と樹木の中間みたいな植物を探し出すと、騎乗服のポケットから取り出した小さな折り畳みナイフで切り取り、中が空洞のその植物を細かく切って料理用の串を作り、河原に戻ると騎乗具の物入れから皮袋を取り出し、川の水を汲んで置く。これで準備は万端だ。カーネリアは魚を処理すると串刺しにして炉の上に置き、ポケットから薬品を塗った木片を取り出し、石に擦りつけて火をおこした。先端に火が付いた木片を炉に投げ入れると中の枯草が燃え、炉の上の魚を炙る。カーネリアは炉の火を注意深く見ながら、魚が程よく焼けるのを待った。焼き魚が出来るのには、そう時間はかからなかった。カーネリアは空腹に耐えきれなくなる前に焼き魚を口にし、食べ終わると残った魚の骨を、慎重に土に埋める。後は火を使った痕跡を消し去るだけ。カーネリアは皮袋に汲んで置いた水を炉の火を消し、さらに炉を崩して炎の後に河原の土を掛け、火を使った痕跡を消し去った。これで腹ごしらえは終わり、後はブルージョンが、元って来るのを待つだけだ。

おそらくブルージョンも、腹ごしらえをして帰って来るだろう。ブルージョンは野生のベヌゥから、食料となるものを教えてもらっているだろうから。ブルージョンの意識を探ると、ブルージョンが活発に野生のベヌゥと意識の交流わしているのが解る。そしてブルージョンを通じて、カーネリアは野生のベヌゥの情報を得ていた。やはりこの森の野生ベヌゥは、ハリと共に姿を消したベヌゥの子孫だった。ハリが鳥使いの村を出るこの樹海北端の森に辿り着き、ベヌゥと共に森の中で、暫く過ごしたらしい。そしてハリがこの世を去った後も、ハリのパートナーとなったベヌゥは森を離れず、森の近くに住んでいたベヌゥと一緒になり、子孫を残して行ったのだ。ハリのパートナーの子孫達は、ハリ無き後も樹海北端の森を出ず、ハリが鳥使いの村から持って出て、樹海北端の森の何処かに隠した品物を守っていた。これが野生のベヌゥ達の意識から得られた情報の全てだ。ブルージョンは自分が知り得た情報と一緒に、十分に腹ごしらえをしたので、もうカーネリアの元に帰ると伝えて来た。気が付けばもう日が陰っていた。これ以上鳥使いとベヌゥが離れているのは、良い事では無い。カーネリアは河原に立って空を見上げながら、ブルージョンを待った。

 ブルージョン待ちながらカーネリアは、野生のベヌゥ達とハリとの関係が解っても、まだ解けぬ謎の事を考えていた。まずハリが持ち出して来た物が何処に隠されているのかが謎のままだ。その中にカーネリアが探している、ハリ自身が書いた書物があるのかも解らない。そしてそれ以上に謎なのが、鳥使いの村に辿り着いたベヌゥを傷付けた、小さな飛行物体の正体だ。もしかしたらブルージョンは、ハリが持ち出して来た物のありかぐらい、此処のベヌゥ達から知らされているかも知れない。直接聞き出してみたいものだと考えていたら、ブルージョンが帰って来た。それも野生のベヌゥと一緒に。

 カーネリアはブルージョンが自分の伴侶を連れて来たのか思い、思わず慌てた。もしブルージョンが北端の森のベヌウを伴侶にしたら、もう鳥使いの村には帰ってこないかも知れないからだ。しかしよく見ると、ブルージョンと一緒にいる野生のベヌゥは、ブルージョンと同じ雌だった。

[ブルージョン、友達を連れて来たのね]

ほっとしながらカーネリアは、イドでカーネリアに話し掛ける。ブルージョンはそれに答えるように一声短く鳴きくと、友達と一緒に河原に降り立った。

「よろしく、ブルージョンのお友達さん」

カーネリアがブルージョンの隣に座っている野生のベヌウに挨拶をすると、野生のベヌゥは小さく一声鳴き、カーネリアの挨拶に答えた。お互い初対面なのに、昔から知っているような気がする。カーネリアは野生のベヌゥに近寄り、その羽根にそっと触れる。おそらく少し触っても、今はもう大丈夫だろうと思って。だがカーネリアがブルージョンの友達に近寄り目に入ったのは、目の横に出来た 人の拳ほどの大きさの、肉色をしたこぶだった。

 この野生のベヌゥがブルージョンと一緒に来たのは、カーネリアにこぶの治療をしてもらうつもりだったのだ。カーネリアは野生のベヌゥにできたこぶをじっくりと観察し、直接手で触れて感触を確かめる。触って見ると、柔らかくてぶよぶよとした感触がした。どうやら野生のベヌゥにできたこぶは、外部寄生生物が寄生して出来たもののようだ。ベヌゥの様な大型の鳥に寄生して成長し、大きくなると宿主から離れるものの、寄生した後が腫れてこぶになる寄生生物に、ブルージョンの友達は襲われたらしい。鳥使いのベヌゥでは鳥使い立ちが見付け次第、寄生生物を駆除し、その後に治療を施すのでめったにこぶはできないのだが。カーネリアはとりあえず騎乗具の物入れから軟膏の入れ物を取り出し、軟膏を野生ベヌゥのこぶに塗った。これだけでは完全な治療とは言えないのだろうが、これ以上こぶが大きくなったり、炎症したりするのは防げるだろう。それにこぶりの不快感も和らげられるはずだ。後は治るのを待つだけだ。

「さぁ、これで暫く我慢すれは、治ってまうからね」

カーネリアの呼びかけに、野生のベヌゥは大きく長く鳴くと、もうすっかり暗くなった空へと飛び立たつ。多分ブルージョンの友達は、仲間の元に帰って行くのだとカーネリアは思っていたのだが、すぐに違っている事に気付いた。ブルージヨンの友達は、空に飛び立つとカーネリアとブルージョンの頭上をぐるぐると回りだす。ブルージョンの友達は、カーネリアに自分の後に付いて来るよう、伝えて来ていた。カーネリアの意識に、まるで巨大な切株の様な幹の太い樹木の姿を送って来るのと一緒に。鳥使いの村がある山とよく似た形をしているが、平らな樹木の上や幹の横に、何本もの枝が伸びているのが見える。しかもそのきみょうな樹木の上には、ハリを乗せたベヌウが飛び回るのが見えた。

[もしかしたら、この樹木がハリの住み家だったの?]

カーネリアはイドを通じてブルージョンの友達に尋ね、答えを待ったが、答えはすぐに帰って来る。カーネリアの意識のハリとベヌゥは、不思議な形をした樹木の幹に穿たれたひどく大きな洞へと入って行った。ブルージョンの友達は、こぶの治療に感謝して、自分が案内する場所を見せてくれたのだ。かつてハリが居た場所を。しかもその場所に案内していいとも伝えて来た。

[色々知らせてくれて有難う、ブルージョンの友達さん]

カーネリアがイドでお礼を伝えると、ブルージョンの友達は一声長く鳴き、カーネリアに答える。それに続いて、カーネリアはブルージョンの友達に、次の事を、イドで伝えた。

[貴方が知らせてくれた場所に行きたいけど、今は休みたいの。明日の夜明けに、また来てくれないかしら]

カーネリアの伝言は、ブルージョンの友達にしっかり伝わったようだ。ブルージョンの友達は承知したと言う様に一声無くとカーネリア達から離れ、飛んで行った。

「さぁ、休みましょう」

ブルージョンの友達が飛び去るのを見届けるとカーネリアは手早く眠る準備をし、ブルージョンと身体を休めた

 次の日の夜明け前、カーネリアは目を覚ますと飛び立つ準備をして、ブルージョンの友達が来るのを待った。ブルージュンの友達は

約束通り、夜明けと共に姿を現し、カーネリアはブルージョンに飛び乗り、野生のベヌゥの後を追った。ブルージョンの友達が案内されて来た切株の様な幹の太い樹木は森の中で、他の背の高い樹木で隠されるように存在していた。大昔に存在していた特別大きな巨樹の上部がどうした訳か折れてしまい、下半分だけが残ったと言った感じの巨樹だ。おそらく巨樹の上半分は、倒れた樹木から発生するひこばえに飲み込まれ、森の樹木の下に隠れてしまったのだろう。その巨樹の上空でカーネリアとブルージョンは友達のベヌゥと別れ、奇妙な巨樹の上を旋回しながら着地する場所を探す。

 カーネリアがブルージョンを着地させようとしている巨樹は、見ればみるほど不思議な樹木だ。上部を失うほどの損傷を受けながら生き続けて特別な存在になり、威圧感すら感じさせる巨樹……しかしその生命も、終わりに近付いている様だ。意識に送られて来た光景では、樹木の上や幹の横に伸びている枝に見えていたものが実際に見ると、ひこばえなのが解った。古い樹木が新しく芽生えた樹木に、命を譲っているのだ。巨樹のひこばえは幹の側面や真ん中が窪んでいる天辺で、幾つかの塊になって伸びていた。カーネリアは巨樹の天辺の、ひこばえの群生の間にブルージョンを着地させ、ベヌゥの背中から降りるとブルージョンをその場に残し、ひこばえの間を歩きだす。

 カーネリアが降り立った巨樹の元の樹は、斜めにぽっきりと折れてしまったらしい。巨樹の天辺は幾つもの段差がある斜面になっていて、ひこばえの群生が転々と生えている。はたしてこんな処に、かつてハリが生きていた痕跡があるのだろうか? 少なくとも今いる場所には、ハリの痕跡は無い。あるとしたら、おそらく斜面を降りた場所だろう。斜面の下は大きく窪んでいて、所々穴が開いているように見える。もしハリが何か隠したとすれば、おそらく穴だらけくぼみに違いない。カーネリアはゆっくりと窪みに向かって、斜面を下って行った。

 凸凹だらけの斜面を足元に注意しながら下り、斜面の下の窪みの縁まで来ると、窪みの中を覗き見込む。巨樹の幹の折れ具合で形成されたであろう窪みは、思った以上に深く、絶壁が窪みの中に入るのを邪魔していた。しかし窪みの中に行く手段が無い訳ではないようだ。斜面と窪みを隔てる絶壁には、巨樹が折れた時に付いた、窪みの底まで続く段差のある場所がある。この段差を使ったら、窪みの底まで行けるかもしれない。カーネリアは早速試してみた。慎重に段差に片足を乗せ、近くの段差を手で押さえると、もう片方の足を別の段差に乗せ、次にまた片方の足を別の段差に乗せて窪の中へと進む。大きさがバラバラな段差をつかって進むのは大変だが、それでも何とか、窪みの底に立てた。

 幹の太い巨樹の天辺に出来た窪みは、ひこばえが殆んど生えておらず、苔の様な植物が生えた上に、人の膝下くらいの高さしかない灌木が、転々と生え、その間を太い蔓性の植物が這っているだけだった。かなり換算とした風景だ。おまけに所々、大小の穴が愛している。でもベヌゥを着地させるのには、適しているだろう。カーネリアはイドでブルージョンを呼ぶと、巨樹の表面にへばりつくように生えている、植物の上に着地させた。

「よーし、よし」

カーネリアはブルージヨンに声を掛けながら歩かせ、無数の穴の一つに近寄って中を覗いた。大昔に倒れた巨樹の天辺に開けられた穴の中の様子は、今まで見た事もないものだった。穴の中は、茶色く透明な物体で埋め尽くされていた。触ってみるとつるつるとした石のようだが、まだ柔らかい部分もある。とても奇妙な物体だ。だがカーネリアは、これとよく似た物体を知っていた。樹海の樹木が流す樹液が、固まって出来た樹脂だ。薬や香として利用できるので鳥飼い達にとっては、樹海周辺部の町との重要な交易品だ。普通は特定の種類の樹木に注意深く傷を付けて採取するか、たまたま樹木に出来た傷から染み出しているのを見付けたりして、手に入れる物だ。こんな状態で、しかも大量に見つかったなど、聞いたことが無い。カーネリアはブルージョンと共に、穴を一つ一つに覗いていく。

 見たところ全ての穴は、樹脂で埋められている。さらに幾つかの穴では、樹脂の中に樹海に住む小動物の姿があった。大昔にこの奇妙な巨樹にやって来て、固まる前の樹液が溜まった穴に落ちてしまった小動物達だ。樹液の中から這い上がられず、そのまま樹脂に閉じ込められた小動物達……その姿が、そっくりそのまま残っていた。鳥使い達が持ち帰る樹脂にも、虫などが閉じ込められ、その姿をほぼ永久に留めたものがある。おそらくこの巨樹の穴に落ちた小動物達も、ずっとその姿を留めるのだろう。カーネリアは遙か昔に生きていた生き物達の姿を、ブルージョンが一声大きく鳴くまで目に止めて行く。

「どうしたの、ブルージョン?」

カーネリアは、樹液の溜まった穴を覗き込みながら鳴くブルージョンに声を掛けながら、ブルージョンが覗いている穴の中を見で、驚愕した。穴に溜まった樹液の中に、ベヌゥの雛の姿があったのだ。樹液の中の雛は、生まれてすぐの雛らしい。何処にも傷が無く、完璧な姿をしている。なんとか卵から出られたものの、生きながらえなかった雛なのだろいか? もしそうだとしたら、この雛はベヌゥ達によって、樹液の中に入れられたかも知れない。ベヌゥは、死を理解する生き物だ。 野生のベヌゥは仲間が息絶えたのを知ると、群れ全体が仲間の遺骸を取り囲み、一斉に鳴いて追悼する。その様子をカーネリア達鳥使い達は、何度も目にしている。野生のベヌゥ達は一しきり追悼の鳴き声をあげた後、仲間の遺骸を住み家の巨樹から深緑の底に落としたりして、隠してしまう。それが雛や孵化に失敗した卵だと、巨樹の樹洞に入れて隠す事もあるのだ。鳥使いのベヌゥ達も、仲間やパートナーの鳥使いが亡くなると、野生のベヌウ達と同じ様に追悼の鳴き声を上げる。ただ後は、人間の手で葬られるのだが。昔、樹海北端に住んでいたベヌウ達は雛の遺骸や孵化できなかった卵を、樹洞ではなく折れた巨樹の穴に入れたのだろう。まだ固まっていない、樹液が溜まった穴の中に。その後は長い年月が樹液を固め、雛や孵化できなかった卵をそのままの姿で、留めてしまった。

「ブルージョン、暫くじっとしていてね」

カーネリアはブルージョンに声を掛けでじっとさせると、かつて此処で生き、命を終えたベヌゥ達に思いを馳せながら、祈りの言葉を唱える。樹液に閉じ込められた雛達を弔うために。雛達を弔い、心を落ち着けたカーネリアは、ブルージヨンに触れて合図をすると、一緒に歩き出す。樹液の溜まった穴は、まだ沢山ある。もしかしたらその中に、探しているハリの手掛かりが見つかるかも。ブルージョンと樹液の溜まった穴の間を歩くカーネリアには、そんな期待があった。ハリが此処で野性のベヌゥと過ごしていたのは間違いない。何処かに、ハリの痕跡があるはず、と思っていると、何か草の上で光るのが見えた。

「ちょっと待っていてね」

カーネリアはブルージョンをその場で待たせると、急いで光に向かって行く。もしかしたら、探しているものかも。期待しながら光に近付くと、光っているのが、草の間に刺さったナイフだと解った。それも金属の様な光沢を持った石を、丁寧に切り出して作られたナイフだ。斜めに刺さったナイフの、丁寧に研磨された刃が、日の光を反射しているのだ。カーネリアは草の間からナイフを抜くと、手に取って見る。柄と刃が一体となったこのナイフは、樹海周辺部と隣接する町で、古くから作られているものとよく似ている。鳥使い達は金属みたいだが錆びる事の無いそのナイフを、樹海周辺部の町から手に入れて使っている。それと同じナイフが、鳥使い達があまり行かない樹海北端の森にある。ハリは確実に、この場所に来ていた。これはもう、間違いなく事実だ。そう確信したカーネリアは、ナイフを頭の上にかざし、時々光を受けて光るナイフを、改めて見詰める。

 そのナイフの側面には、文字が彫り込んである。古い文字で読みにくくはあるが、ハリと読める文字だ。やはりハリは、この樹海北端の森の、巨大で奇妙な樹木に滞在していた。鳥使いの村に伴侶や子供、そして多くの仲間を残して。何故なのだろうか? カーネリアは日光を受けて光るナイフに、問い掛けて見る。しかしナイフの光は、答えの代わりに野生のベヌゥ達を引き寄せた。


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