第3話

 樹海の北端への旅路は、樹海の奥へ奥へと入って行く旅路だ。此処まで来れば、もう鳥使いの村がある山は遙か遠くだ。とは言っても、此処はまだ鳥使い達の活動範囲内だ。でもこれから先は、樹海の中でも鳥使い達があまり行かない場所が広がっている。気を抜いてはいけない。目の下に広が巨樹の群れを見ながら、カーネリアは自分の気持ちを振るい立たせようとしていた。村を出てからもう三日間も、同じ風景を見ながらブルージョンと空を飛んでいる。普段なら樹海に降り立ち、さまざまな仕事をしているところだ。しかし今はただ来たに向かい休憩以外はひたすら飛び続ける、単調な飛行を付続けるだけだった。最も、ベヌゥの背中から出来る事が無いわけでもない。飛行中は樹海の様子に気を配り、異変を見つけ出すのも鳥使いの仕事だ。

 カーネリアもブルージョンの背中から樹海の様子を見て、異変が無いかを確かめていた。特にあの、得体の知れない小型飛行物体には気を付けていた。何しろ野生のベヌゥに重症を負わせる力を持っている。おそらく今一番、警戒すべき相手だろう。だが今のところ、小型飛行物体は姿を見せていない。もう姿を消してしまったのだろうか。それならば、今は流星の鳥を探す事に専念してもよさそうだ。あの傷付いた野生のベヌゥを鳥使いの村まで導いた、ベヌゥを小さくした様な鳥は、大きな力を持っているらしい。何しろその力で、傷ついたベヌウの苦痛を和らげ、鳥使いの村に辿り着けさせたのだから。何とかして流星の鳥を見付け、傷付いたベヌゥが来た道を教えて貰いたいものだ。しかし流星の鳥は、樹海の生き物の中でも、めったに見られない生き物だ。ほんの少しでも目にすることが出来たら、幸運というものだろう。実際、カーネリアが見る限り、流星の鳥らしき物は見当たらなかった。目にする鳥や樹海の巨樹に住む動物は、深緑でよく見掛けるものばかり。でもその代わりに、流星の鳥に劣らず珍しい物が見付かった。一際大きな巨樹の幹から生えている寄生樹だ。

 その樹は一見すると巨樹の枝の様にみえるが、明らかに樹皮や寄生樹本体から無数に分れている枝についた葉の色が、巨樹とは違っている。しかも黄土色をした葉の間から、薄紫色をした楕円形の果実が見えている。深緑ではたまにしか見当たらないオオヤドリギだ。しかもかなり成長していて、果実を沢山突けている。このまま放って置くのはもったいない。

[あの樹に止まって]

カーネリアは寄生樹に寄生された巨樹にとまるよう、ブルージョンに指示を出し、ブルージョンはゆっくりと寄生樹のある巨樹の枝に止まる。

「さぁ、此処で少し待っていてね」

カーネリアはブルージョンに待っているように言い聞かせると、ベヌウの背中から巨樹の枝に降り立つ。目当てのオオヤドリギは、降り立ったところから少し離れた場所にある。カーネリアはブルージョンから離れるとオオヤドリギの傍に行き、その実を一つもぎとって果実の状態かめた。オオヤドリギの実は、非常によく効く解熱剤になるのだ。カーネリアは寄生樹の果実の状態が良い事を確かめるとイドを使い、寄生樹の果実の情報を鳥使い達に伝えた。すると五人の鳥使い達が、すくに寄生樹の果実を取りに行くと伝えてきた。これでいいだろう。後は果実を取りに来た鳥使い達に任せればいい。カーネリアは暫くイドで他の鳥使い達と情報のやり取りをした後、ブルージョンの元に戻った。騎乗具の物入れに寄生樹の果実をしまい込むとブルージョンの背中に乗り、再び空に飛び出した。

「モリオン、まだイナの村に居るのね」

再びベヌゥの背中から深緑の様子を見ながら、カーネリアはイドで鳥使い達とやり取りした情報を思い返していた。その大半は伴侶クロッシュとのやり取りだ。クロッシュは、傷付いた野生ベヌゥが順調に回復しているのを伝えて来た。ひとまず安心、と言うとこだろう。しかしクロッシュがそれ以上に伝えているのは、カーネリアと一緒に行けないのを悔やむ気持ちだ。パートナーの怪我でカーネリアと一緒にいけないのを、クロッシュはとても残念がっている。最も二人一緒でないのを残念に思っているのは、カーネリアも同じなのだが。そしてもう一人、カーネリアと共に旅をしたがっている人物がいた。交易の為に故郷のイナにいるモリオンだ。

 イナでの仕事の為に、カーネリアと旅が出来ないモリオンだが、故郷と鳥使い達との交易を、見事に復活させたようだ。今回はイナの村で採れる薬草と、鳥使い達が使う火消しと呼ばれる消火剤の取引が成立していた。モリオンを通じて火消しの効果を知った、イナの村人達の求めに応じたものだ。モリオンは本当によくやっている。モリオンを鳥使いにした自分の判断は間違ってはいなかった……カーネリアは改めてそう確信していた。でも今は、そう感慨に耽っている場合では無かった。何時の間に夜が迫っている。そろそろ今夜の寝場所を探さねば。眼下の巨樹の群れに目をやるっていると、丁度ベヌゥと休むのに良さそうな巨樹の枝を見付けられた。幹から水平に伸びている太い枝だ。カーネリアはその枝の幹に近い部分に、ブルージョンを止まらせた。そこは枝の一番太い部分でベヌゥが蹲るのに十分な広さがあり、表面にはごつごつしたこぶや生き物が潜んでいそうな穴などが無い、寝場所に最適な場所だった。カーネリアはブルージョンの背中から降りると、さっそく休息の準備をした。

 カーネリアはブルージョンが付けている騎乗具を外すと騎乗具の物入れから敷物を取り出し、ブルージョンの隣に置いて座ると帽子を脱ぎ、騎乗服のボタンを緩めて寛いだ。空はもうすっかり三つの月が浮かぶ夜空になり、ピティスが顔を出そうとしているところだった。カーネリアは騎乗服のポケットから非常食の木の実を出してブルージョンに与え、自分も木の実を口にしながらピティスの出を眺める。ピティスは樹海の東にある沈黙の山脈の縁から顔を出し、ゆっくりと上空に昇って行く。美しい景色だ。昇るピティスには、何か力の様なものが感じられる。生命に力を与え、人間を良き方向へと導く力が。今はその力に見守られながら、心身とも休める時だ。

[お休み、ブルージョン]

カーネリアはイドでブルージョンに呼び掛け、ブルージョンが休んでいるのを確かめると、目を閉じて眠りに就く。しかしなかなか寝つけない。うつらうつらすると、すぐに目が覚めてしまう。再び寝ようとしても、同じように途中で目が覚め、眠りに就けない。最も樹海で眠る時は、なかなか熟睡できないものだのだが、今のはそれと違っていた。何かが、カーネリアの意識に働き掛けている。しかもブルージョンがしきりに首位を気にしているのが、イドで感じられる。何なのだろう? 気になったカーネリアは、起きて確かめようとしたが、カーネリアの意識に働き掛けてくるものがあった。人間のともベヌゥのとも違う意識が、動かないように伝えている。カーネリアとブルージョンは何者かの呼びかけに従い、そのまま動かずにいた。大きな生き物が、巨樹の枝を飛び回る音を聞きながら。音の主の正体は、すぐに解った。長い手足の間に被膜を持ち、その被膜を使って空を滑空する生き物、トビオオトカゲ……襲われたらただでは済まない生き物だ。最も巨樹に巣食い、その樹皮を食い荒らす大型節足動物を食べてくれると言う有益な面もある。それに最近は、少しづつ数を減らしてもいた。カーネリアの意識に、細長い胴体に長い木の枝の様な足を身体の左右に三本ずつ付け、下四本の脚にある被膜を広げて滑空する、深緑の生き物の姿が浮かぶ。どうやらこの巨樹には、トビオオトカゲの住み家があるらしい。それもカーネリア達がいる枝の真下に。

 夜行性の彼トビオオトカケ達はこれから食事に行く為に、この巨樹から飛び去っていくようだ。早く此処から移動したいのだが、彼らが飛び去って行くまでは、動かずにいた方がよいだろう。トビオオトカゲは、動かない物が見えにくいと言う特徴を持っている。じっといていれば、やり過ごせるはず。しかしこの夜トビオオトカゲは、じっといてもなかなか飛び去ってはくれなかった。時々低い唸り声を上げながら、巨樹の回りを飛び回ってばかりいる。その間カーネリアとブルージョンは、ひたすらじっとしているしかない。しかしトビオオトカゲ達が住みかの巨樹から離れない理由は、解って来た。カーネリアの意識は、トビオオトカゲとは違う生き物の存在を感じ取っていた。深緑の深い緑の底をうごめく生き物……巨大な軟体動物が、巨樹の根元をうごめいている。トビオオトカゲ達はこの、巨樹の幹を這い上がろうとしている軟体動物を追い払おうとしていた。  カーネリアの意識に、床に置かれた水袋の様な身体をくねらせながら、巨樹の幹の表面を真っ直ぐ上に登って行く軟体動物の姿が浮かんで来た。危険極まりない深緑の軟体動物、ホネナシよりも大きいがホネナシとは違って獲物を捕らえる触手は無く、動きの遅い軟体動物……カーネリアが全く知らない生き物だ。しかもこの軟体動物は、大きなきの枝の下に作られたトビオオトカゲの住み家にいる、まだ飛ぶ力のない彼らの幼体を襲おうとしている。それに対して、トビオオトカゲ達は懸命に幼生を守ろうとしていた。多分今起き上がっても、トビオオトカゲ達は襲ってこないだろう。この巨樹からは離れよう。

「ブルージョン、いくよ!」

カーネリアはブルージョンに声を掛けると起き上がり、素早く騎乗服のボタンを閉め、帽子を被ると、ベヌゥの騎乗具をブルージョンの背中に装着した。

「さぁ、早く!」

カーネリアはブルージョンの背中に飛び乗ると、素早く巨樹から飛び立たせる。案の定、トビオオトカゲ達は幼生たちを守るのに精一杯で、人を乗せたベヌゥが巨樹から飛び立っても、気が付いていない。カーネリアは、トビオオトカゲが住む巨樹の真下に這えている樹木の枝にブルージョンを止まらせ、トビオオトカゲ達の様子を見守った。ベヌゥが安定して止まるのにぎりぎりの太さしか無い樹木の枝の上で、カーネリアは枝に止まるブルージョンの背中に乗ったまま、トビオオトカゲ達の戦いを見詰めていた。

 巨樹の幹を這い上がって行く灰色の軟体動物は、思った以上に大きかった。あの恐ろしいホネナシの二倍はあるだろうか。しかしホネナシの様に武器となる触手は持っておらず、動きもゆっくりとしている。しかしこんな巨大な生き物の動きを止めるのは、やはり難しいらしい。軟体動物に飛び掛かるトビオオトカゲ達は、軟体動物にぶつかるとすぐ、弾力性のある軟体動物の表面に弾き飛ばされる。そればかりか軟体動物の表面に捕らえられ、伸縮しながら進む軟体動物の身体に押し潰されるトビオオトカゲも出始め、カーネリアはトビオオトカゲの幼生を救うと言う判断をした。樹海の生き物の営みに鳥使い達が介入するのは、本来避けるべき事だ。しかし有益で数を減らしたくない生き物を、見過ごす事も出来ない。カーネリア騎乗具の物入れから吹き矢の筒と専用の矢の束を取り出すと、矢を一本吹き矢の中にいれ、残りの矢はベルトに挟み込んだ。この吹き矢には、危険な動物を一瞬で倒す毒が仕込まれている。あの軟体動物に、吹き矢の毒がどこまで聞くかは不明だが、使って見る価値はあるだろう。まぁ一本だけでは、ほとんど効果は無いだろうが。

「ブルージョン、飛んで」

カーネリアは再びブルージョンを飛び立たせ、吹き矢を手に軟体動物へと近付ける。ブルージョンはカーネリアの指示に従い、巨樹の幹を這い上る軟体動物のすぐ横を掠める様に飛び、カーネリアは軟体動物に最接近したところで吹き矢を放ち、巨樹から離れた。吹き矢は真っ直ぐ軟体動物の側面に刺さり、軟体動物の動きが止まった。がそれも一瞬の間だけで、軟体動物は再び動きだし、軟体動物に刺さった吹き矢は、うねる軟体動物の身体に飲み込まれていく。予想していた通り、一本だけでは効果はないらしい。カーネリアは再びブルージョンを巨樹に近付け、軟体動物に吹き矢を放つ。そして矢が刺さってまた動きが止まったのを見て、さらに吹き矢を放ち、巨樹から離れた。今度は少し、効果が出てきたようだ。巨樹の上を飛び回るブルージョンの背中から、軟体動物の吹き矢が刺さった部分が、黒く変色するのが見て取れた。

[さぁ、もう一度お願い]

カーネリアはまたブルージヨンを巨樹に近付けてから吹き矢を放ち、矢がなくなるまで、吹き矢を放ち続ける。だが吹き矢の効き目はこの巨大な軟体動物には、なかなか現れないようだ。吹き矢が刺さった場所が黒く編食しているだけで、動きはあまり鈍ってはいない。それに軟体動物に刺さった矢は、全てその巨大な身体にのみこまれていた。吹き矢の毒は、この軟体動物には効かないのだろうか? カーネリアが諦めかけた時、突然軟体動物は身体を反らし、身体の先端をブルージョンに向けて伸ばす。

「あぶない!」

カーネリアは慌ててブルージョンを上昇させ、軟体動物の攻撃をかわす。間一髪で、軟体動物の攻撃を避けられた。まだまだ力がありそうに見える.しかしカーネリアは、軟体動物の異変を見逃さなかった。ブルージョンを襲おうとし巨大軟体動物は、身体を反らした状態で突然動かなくなり、一気に黒く色を変えると、巨樹の幹から滑り落ちて行った。何とか、吹き矢の毒は効いた様だ。しかしまだ油断は出来ないだろう。ほっとしたカーネリアは、巨樹の真下にある樹木の枝にブルージョンを止まらせ、休息を取る。一息つけたが、そう長く休んでいられない。トビオオトカケの住み家を襲おうとした軟体動物がホネナシの仲間なら、時間が経てば元に戻るはずだ。深緑に住む軟体動物は、それだけ生命力が強いのだ。そしてそれを良く知っているのは、トビオオトカゲ達のようだ。

 トビオオトカゲ達は、葉の茂る枝に隠されたた住み家に隠した幼生たちを連れ出し、上二本の足で幼生を抱えると住み家の巨樹から別の巨樹へと飛び移っていった。カーネリアへの感謝を、意識を通じて伝えながら。巨大軟体動物が蘇った時の準備だ。カーネリアはトビオオトカゲ達が飛び去るのを見送るとブルージョンを飛び立たせ、トビオオトカゲ達の巨樹を後にした。気が付けば、時刻はもうとっくに夜更けを過ぎ、夜明け近くになっている。やれやれ、完全に寝そびれてしまった。何処か身体を休める場所があれば、休んで行く事にしよう。それまでは、樹海の北端を目指すだけだ。

 カーネリアとブルージョンは、疲れを感じながらも、夜明け前の空を飛び付ける。目指す樹海の北端の方向は、ピティスの光の中でうっすらと見える、沈黙の山脈が示してくれていた。樹海とその先に広がる荒野とを、隔てている山脈だ。鳥使いの村にやって来た傷付いたベヌゥの住み家は、樹海と沈黙の山脈の間に広がる、深緑の巨樹とは違う種類の巨樹の森に或るはず。その森に辿り着くには、後二日は飛び続ける必要がある。おまけに森に着いたら着いたで、野生のベヌゥの住み家探しが待っている。野生のベヌウの住み家が見付かるまで、決して狭くは無い森の中を飛び回らないとだめだろう誰かの助けがあればよいのだが。例えば、傷付いたベヌウを鳥使いの村まで導いた、流星の鳥のみたいな。

 カーネリアは、流星の鳥の姿を、意識に思い描いて見た。直接見た事はないけれど、鳥使い達がイドを通じて、カーネリアに伝えて来た光景だ。そして全身を銀色の羽根に覆われた、ベヌゥを小さくした様な姿をした鳥の姿が、カーネリアの意識に鮮やかに浮かび上がると、いきなりブルージョンがひと声甲高く、息の長い声で鳴く。

「ブルージョン!」

カーネリアは意識を正常に戻すとブルージョンに声を掛け、パートナーの様子を見た。ブルージョンは何か、自分の意識に働き掛けている物の存在を感じていた。空に浮かぶピティスと重なる銀色の光が、ブルージョンの意識から感じられる。

「もしかしたら……流星の鳥?」

カーネリアが空を見上げると、ピティスを背景にして、こちらに飛んで来る鳥の姿が見えた。意識に浮かんだ通りの姿をした、流星の鳥だ。凄い速さで飛ぶ流星の鳥は、カーネリアとブルージョンに近付き追い抜くと、ブルージョンの前を先導するように飛び始め、さらに空を舞う野生のベヌゥの群れの光景も送って来た。ブルージョンは流星の鳥の意識と繋がっていて、流星の鳥から野生のベヌゥの情報を教えて貰っていたのだ。そして流星の鳥は、カーネリアとブルージョンを導いてくれていた。樹海の北端に住むベヌゥの住み家まで。

「ブルージョン、そのままついて行って」

カーネリアはブルージヨンに指示すると、流星の鳥が向かって行く方角を見る。流星の鳥が向かっているのは、沈黙の山脈にある三つの同じ高さの峰が並んでいる方角だった。おそらくその方角に、野生のベヌゥ達の住み家があるのだろう。ブルージョンはカーネリアの指示通り、流星の鳥について行く。これで野性のベヌゥの住み家を探す必要は無くなり、少しほっとしたカーネリアは、じっくりと観察する。

 ブルージョンの前を行く流星の鳥の姿は、ベヌゥを小さくして羽根の色を銀色一色にした様な姿をしている。鳥使い達の意識に、伝えられている通りの姿だ。ただ生身の流星の鳥からは、今まで感じた事の無い力が感じられる。何なのだろう? しかも力が感じられるのは、流星の鳥からだけではない。ブルージョンからも感じられる。特にブルージヨンの首のあたりから。カーネリアが改めてブルージョンの首を見ると、強い銀色の光放つ物が付いていた。よく見るとそれは、銀色に輝く小さな羽毛だった。間違いなく、流星の鳥の羽毛だ。流星の鳥の羽毛がブルージョンの身体に付き、力を放っている……。そしてブルージョンに付いた小さな銀色の羽毛から放たれる力は、ブルージョンを包み込みその身体に活力を与えていた。おそらく傷付いた野生のベヌゥに活力を与えたのも、この力なのだろう。

[ありがとう、流星の鳥]

カーネリアは流星の鳥に意識を向け、感謝を伝える。流星の鳥の意識を探り続けながら。しかし流星の鳥は一瞬強く光ると、一気に空の高みへと上昇し、姿を消した。カーネリアの頭に、ある貴重な情報を含んだ光景を伝えながら。とんでもなく巨大で太い幹と、空に向かって伸びる無数の枝を持つ樹木に止まるベヌゥの群れの光景だ。背景に三つの、高さが違う三つの峰の景色がある。おそらく、流星の鳥が示してくれた方角に進めば出会う景色なのだろう。そして野生のベヌゥ達が住む樹木の光景と共に、騎乗服を着て横たわるハリの姿も伝えられてきた。流星の鳥も、ハリを知っている……。カーネリアとジェダイドは夜明けの空を、太い幹を持つ樹木が見える場所まで飛び続ける。目的地に着くまでに何度か休んだものの、カーネリアもブルージョンも元気で飛び続けられた。これも流星の鳥の羽根の力なのだろう 。

 カーネリア達は二日目の朝には、遠くに問い幹をした樹木が見える低い山に辿り着いていた。岩だらけで、植物が殆んど生えていない山だ。カーネリアは、その岩だらけの山頂にブルージョンを止まらせて騎乗具を外し、休息を捕った。カーネリアもブルージョンも今は疲れを感じている。流星の鳥の羽根の力には、どうも期限があるようだ。よく見るとブルージヨンの首に付いた羽根は光を失い、見ているうちに風にとばされていった。これで羽根の役目は終わったのだと思うと、さらに疲れが襲い始めた。

 カーネリアは岩の上に蹲ったブルージョンから離れると、騎乗具の物入れから敷物と防寒用の布を取り出し、敷物をブルージョンに横に敷いて座る。此処はもう樹海北端の一部なのだろう。肌寒いのがその証拠だ。空を見ると小さな鳥の群れが見えるだけで、他の鳥の姿は見えない。ピティスも今は姿を消していて、月が三つ晴れた空に浮かんでいるだけだ。カーネリア達が居る岩だらけの頂上にも、生き物は見当たらない。それもそのはず。この岩だらけの場所には、生命を養う水が無いのだ。水が無いから植物が育たない。植物が少ないから草食動物も生息せず、草食動物を食べる捕食者もいない、荒廃した土地が出来上がる。鳥使い達にとっては、やって来ても何も得る者の無い土地だ。今のカーネリアの様に、特別な用事でもない限り、鳥使いが訪れる事は無い。たまに訪れても、ゆっくり座って、景色を眺めたりはしない。しかし今のカーネリアには、危険な生き物の居ない、安全な場所だった。カーネリアはめったに見ない景色をじっくりと見詰め、しっかりと記憶する。後で他の鳥使い達に、めったに見ない景色を伝える為に。一しきり景色を記憶し終わると、カーネリアは帽子を脱いで騎乗服のボタンを緩め、敷物の上に防寒用の布を被って横たわり、疲れを癒す眠りに就く為に。そして夢を見た。


 夢の中でカーネリアは、樹海周辺部の薄暗い森を彷徨っていた。周囲には誰もおらず、生き物の気配すらない。寂しい森の中でカーネリアは耐えられない様な寂しさを感じ、懸命に生き物の姿を探していた。早く生き物の姿を探しだし、寂しさから解放されたい……その一心で、カーネリアは生き物を探し続ける。果てし無く歩き続けて探し回り、カーネリアはついに人影を発見する。それも良く知っている人間、カーネリアとは双子の兄弟であるジェイドの姿だ。

 盗まれたベヌゥの卵を取り戻しにいったまま、村に帰っていないジェイドがそこにいる。しかも銀色一色の、ベヌゥに似を小さくした鳥と一緒に。流星の鳥が、ジェイドの傍らにいた。カーネリアは流星の鳥と一緒にいるジェイドに近付こうとする。しかしジェイド近付く前に流星の鳥は飛び去り、ジェイドも姿を消して夢が終った。


 目を覚ますとネリアは、自分の呼吸が荒くなっているのに気付き、ゆっくり息を吐いたり吸ったりして、呼吸を整える。

[ジェイド、何があったの?]

呼吸が落ち着くと、カーネリアはイドを使って、長い間会ってはいないジェイド呼び掛ける。最後に会ったのは何時だったのだろう? そう、モリオンがまだ新入り鳥使いの修行中だった時の事だ。

 モリオンの修行の一つとして、樹海周辺部の町に商売をしに行き、樹海周辺部の生き物を生け捕った密猟者と遭遇し、窮地に陥った時があった。モリオンを羽交い絞めにしていた密猟者をぶちのめしてモリオンを助けたのが正体を隠して町にいたジェイドだった。思わぬ再会だったが、ジェイドはあまり自分の事を話さず、カーネリアの前から姿を消した。その時解ったのは、卵泥棒を追いかけていてジェイドのパートナー、ネフライドが命を落とした事と、ジェイドが大火傷を負って奇跡的に助かった事だけ。その後ジェイドは鳥使い達の前に現れ鳥使い達とも意識を繋げるようになり、モリオンとも恋人同士になったものの、村に戻らず樹海周辺部をさ迷い続けている。まだパートナーのベヌゥを失くした心の痛手が、治りきっていないのだ。

 さっき見た夢は、そんなジェイドに何かがあったのを知らせているのだろうか? まぁ村に戻れば、何か解るだろう。今はもう少し、寝たほうがいい。カーネリアは再び眠りに就くべく、目を閉じた。



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