第2話

 食堂に入ると既に七、八人の鳥使い達が、食堂に置かれた食卓に着き、食事したり飲み物を飲んだりしていた。この食堂には壁一面に隣の厨房で作られた食べ物を置く棚が作られ、鳥使い達が自由に食べたり飲んだり出来るようになっている。決まった食事時間の無い鳥使い達は、好きな時間に食堂に来て、好きな食べ物食べていた。食堂は心置きなく寛げる場所らではあったが、時には鳥使い達が情報交換をしたり、様々な問題を議論しあったりする場所でもあった。今食堂に集まった鳥使い達も、この日起こった事について議論していた。特に見回りの鳥使い達が樹海周辺部に現れた小さな飛行物体について、様々な議論が交わされた。

「まったく……厄介なやつが現れたものだ。あの速さで飛び回られたら、こちらは振り回されるだけだ」

見回りに出ていた男性鳥使いが、ややふてくされたように言う。どうも小さな飛行物体が、パートナーのベヌゥよりも早く飛ぶのが気に食わないようだ。

「早いだけでなく、とても機敏に動いていたわ。あんな動き方をするもの、見たことない」

今度はクースと言う穀物の粉をねって作られたパンを食べながら、小柄な鳥使い達の中でも小柄な女性鳥使いが自分の考えと述べる。その後に鉱石採集をしていた年配の男性鳥使いが、口を開いた。

「まだ何も悪さはしていたいが、やっかいなものが現れたのは間違いないだろう。何か事が起こる前に捕まえられたらいいのだかな」

年配の鳥使いの言葉に、食堂にいる鳥使い達全員が頷く。

「捕まえるよりも、まず追い払うのが先だろう。それから見張りの数を増やすように、長老達に進言しておこう」

いつのまにか食堂に来て、議論に加わって初老の鳥使いビルカが鳥使い達に話し始めた。現役の鳥使いであると共に長老の一人でもあり、鳥使い達と村の重要な決定をする長老達との間を取り持つ役割を担っている人物だ。

「まぁ、突然現れた飛行物体も問題だが、ベダの花も開花も大変な事態になりそうだぞ。今度の開花は、今までにない規模になりそうだからな」

ビルカが話題をベダの一斉開花に戻すと、樹海周辺部で鉱石採集をしていた年配の女性鳥使いが自分の見たベダの花の様子を話しだした。

「昨日も同じ所で鉱石取りをしていたけれど、昨日見たベダの花の群生は今日見たら二倍になっていたわ」

女性鳥使いに続いて話し出した他の鳥使い達の話しも、似通ったものだった。ベダの群生の開花が日々広がっているというものだ。樹海周辺部のベダの群生は、ほとんど開花してしまったようだ。中には深緑まで到達したベダの群生が、開花しているのを見たと言う鳥使いもいる。

「これだけのベダの花が咲いて散ってしまったら、後はどうなるのかしら」

ベダの花の様子を話す鳥使い達に、樹海の外の生まれでベダの事を良く知らないモリオンが質問する。

「花の後には実が大量に実って、その実を食べる生き物達を大量発生させる。実が全て無くなったら群生は一斉に枯れ、樹木の無い土地があちこちに出来るだけだ」

ビルカがモリオンにかつて自分が目撃したベダの花の開花とその後の様子を話して聞かせる。それと同時に、鳥使い達の意識に、枯れて樹木が倒れた森の光景が入って来た。

「これは私がまだ新入りの鳥使いたった時に、先輩鳥使いからイドを使って見せられた光景だよ。その鳥使いはもうかなり前に引退した鳥使いだったが、若手鳥使いだった時に見たベダの開花をしっかりと覚えていて、新入りの私に伝えてくれたんだ」

鳥使い達は、黙ってビルカの話しを聞く。みんなベダの開花の後に来る荒廃に、衝撃を受けたようだ。このような荒廃に、はたしてどうやって立ち向かえはいいのだろうか? 鳥使い達の意識に、不安が覆い被さって来る。

「こんなに荒れ果ててしまうとは、受け入れがたい光景ですね。どうすればいいのやら」

鳥使いの一人がぽつりと言う。そう、誰もがこんな景色を見たいとは思っていない。しかも今度のベタヘの開花は、ビルカが先輩鳥使いにイドでみせてもらったもの以上になるのは間違いなさそうだった。何か手立てがあるのだろうか?

「もしかしたらイナの村に、対抗策の手掛かりがあるかも知れません」

突然、モリオンが思わぬ事を話し始め、鳥使い達は一斉にモリオンに注目した。

「イナの村の巫女である賢女には、かつて村近くの森が夥しい数の大きな草に覆われた話しが伝わっています。その草も大きな花を咲かせた後に果実を実らせ、果実を食べる小動物を大量繁殖させたそうです。おそらくそれはベダの花の開花の話しではないかと思うのですが……」

「ほーっ、樹海の外でもベダの花が咲いたと言うのだね」

ビルカが興味深そうにモリオンに問い返す。

「はい。この話を、私は昔話の一つとして聞いていたのですが、今は実際にあったベダの一斉開花の事を伝える話しだと考えています。」

「そうか……その話しは、ベダの一斉開花を伝える話しに間違いないだろう。それでその時、イナの人々はどうしたんだい?」

モリオンの話しに、興味を魅かれたのはビルカだけではなかった。食堂にいる全員が、モリオンの話しを聞き漏らすまいとしていた。はたしてイナの人々は、ベダの花をどうしたのだろうか?

「詳しく伝わってはいないのですが、大きな草の開花が終って実が実り始める直前に、古の賢女の一人が森の賢者から教えて貰ったと言う土を大きな草に撒くと、土のかかった草は二度と種子を実らさずに枯れたそうです」

「ほーっ、イナの村にベダへの対抗策があるのだね」

「だと思います。でも、賢女が使った土が何なのかは伝わっていません。その時使われた土も残っていません。それに、森の賢者とは何者かも解らないのです。その後イナでベダらしき花が咲いたという話は、まったくありません」

残念……せっかくベダへの対抗策が見付かると思っていたのに……モリオンが話した情報に期待していた鳥使い達は、すぐに落胆させられてしまった。今までにない事態に対抗する柵は無いのだろうか? だが落胆する鳥使い達に、再び希望をもたらしたのもモリオンだった。

「私は明日から、交易の為にイナの村に行きます。イナに付いたら、母や今の賢女である姉に大きな花の伝説について聞くつもりです。そこで何か解ったらいいのですが……」

そう、モリオンは賢女と呼ばれるイナの巫女の娘なのだ。古くからの知恵を受け継ぐ巫女なら、鳥使い達が忘れた知恵を知っているかもしれない。

「よし、頼むぞ。さぁもう休んで、明日に備えよう」

モリオンとのやり取りを終えたビルカは食堂を出ると、他の鳥使い達も後に続いて食堂から出て行く。そしてカーネリアとモリオンだけが、もう一杯果汁を飲む為に残った。果汁のコップを手に、窓から外を見ているモリオンを、カーネリアは少しばかり感慨をもって見ていた。樹海の外の鳥を嫌う村で生まれ、ジェイドとの思わぬ出会いがきっかけで鳥使いの道に入り、カーネリアが鳥使いに育て上げたモリオンは、今では一人前の鳥使いになっていた。それも多くの鳥使いから、一目置かれる鳥使いにだ。なにしろ彼女は若手の鳥使いから一人前になる時に、樹海の生き物をさらう大きな飛行物体を樹海から追い出すのに活躍し、さらに長らく途絶えていたイナの村との交流を再開させる事に成功させた。モリオンのおかげで鳥使いの村は、イナの薬草を手に入れられたし、イナの村は村で、樹海の貴重品を利用できるようになったのだから。それに、モリオンはカーネリアとは双子の兄弟であるジェイドと愛し会っていた。モリオンとジェイドの仲は、カーネリアや他の鳥使いも認める中だ。しかしジェイドが鳥使いの村に帰れない為に、二人は一緒に暮らせずにいる。ジェイドとの仲を、モリオンはどう考えているのだろう? このさい思いきって聞いてみよう。

「モリオン」

カーネリアは、果汁を飲み終えたモリオンに、静かに話し掛ける。

「モリオン、ジェイドとは上手くいっているの?」

モリオンはすぐに質問に答えなかった。果汁のコップを片手に暫く考え込んでから、あまり思わしくない話しをし始めた。

「正直言って、最近ジェイドとは会っていないんです。まだ樹海周辺部から出るつもりがないらしくて。もっともお互いイドで意識を通じ合っているので、ジェイドが何処にいるのかは解っているんですけど……。明日からイナに行く事も伝えているんですけどね」

「やれやれ、まだ流離っているの」

ジェイドがまだ樹海周辺部から出るつもりが無いのを聞き、カーネリアは大きく溜息を憑いた

「でも、ジェイドが樹海周辺部を放浪しているのも、もう少しの間だと思うんです。おそらく今度のイナへの旅の途中で、きっと会うから、今度こそ本当の気持ちを聞きただしてみます」

「そうなの、良い返事が来るといいわね」

モリオンが本気でジェイドの気持ちを聞きたそうとしているのを知り、カーネリアはモリオンの肩を軽く叩き励ました。

「有難う、カーネリア。私は明日朝早くイナとの交易に出ていくので、もう寝る事にします」

「そう、じぁあ、一緒に帰りましょう」

二人は窓から夜空の様子を見て時間を確認すると食堂を出で、鳥使い達の住み家などが並ぶ山頂に向かった。暗くなった空にはピティスの姿が無く、三つの月だけが村が寝静まりだす時間なのを示していた。カーネリアとモリオンは、山頂に出るとおやすみの挨拶をしてそれぞれの住居に戻って行った。カーネリアは伴侶のいる鳥使い達に用意された住居へと、モリオンは伴侶のいない鳥使い達に用意された宿舎へと……。

 カーネリアが伴侶のクロッシュと暮らす住居は、伴侶のいる鳥使い達が伴侶と暮らす木造の住居が立ち並ぶ一角にあった。夜の薄暗さの中、家々の窓には明かりが灯り、中に人が居るのを知らせている。カーネリア達の住居の窓からも、明かりが見える。クロッシュはもう食事を終えて、家に帰って来ているらしい。早く顔を見せてあげよう。何しろ伴侶が同じ鳥使いだと、仕事の為に伴侶と会えない事がしばしばあるのだから。カーネリアは住居のドアを開け中に入った。

「おそかったね、カーネリア」

住居に入ると、居間で大きな鉢とすり棒を使い、ベヌゥの塗り薬に使う薬草を摺りつぶしているクロッシュが声を掛けて来た。

「遅くなってごめんね。鳥使い達とベダの花の事を話し合っていたの。それよりアルマティンの具合はどうなの」

作業の手を止めないクロッシュに、カーネリアはクロッシュのパートナーの様子を聞く。クロッシュのパートナーのアルマティンは深緑での仕事中に深緑の怪物ホネナシと遭遇し、この巨大な無数の触手を持つ軟体動物と戦った時に、ホネナシの触手の一撃を足でかわそうとして、両足とも痛めてしまったのだ。クロッシュはその為に何時もの鳥使いの仕事を休み、アルマティンの治療に専念している。今調合している薬草も、アルマティンの塗り薬だ。傷を負ったベヌゥの治療は、パートナーの役目になっている。ベヌゥの治療が専門のベヌゥの治療師達は傷の治り具合を診て、鳥使いの手に負えないと判断した時に治療を施す事になっていた。クロッシュもパートナーの為に、明日使う塗り薬を調合しているのだ。

「だいぶ良くなっているよ。後一週間で仕事に復帰できるって、ベヌゥの治療師が言っていたよ。さぁ、出来た」

話している間に塗り薬は出来上がり、クロッシュは鉢の塗り薬を傍に置いていた塗り薬用の容器に移し居間の隅にある戸棚にしまう。カーネリアその様子を見ながら、アルマティンの傷の治りが良いのを言って安堵した。良い知らせだ。ベヌゥが怪我をしたからとは言っても、鳥使いが何日も空を飛ばないのは、やはり不自然だ。最も、アルマティンの怪我のおかげで、カーネリアとクロッシュは二人だけの時間をいつもより長く過ごせるのだが。そして今も、その恩恵を受けようとしている。今日一日の仕事を終えたカーネリアとクロッシュは住居の奥の寝室に入り、二人のだけの時間を過ごす。何時もの様に、光を放つ石の明かりの元で今日一日の出来事を話し合い、愛し合い、朝までの眠りにつく。だが夜が明ける前に、二人は鋭いベヌゥの声で眠りを破られたのだった。

 夜の薄暗がりをつんざくベヌゥ達の無き声は、鳥使いの村中に響き、村人達を叩き起こす。カーネリアとクロッシュも飛び起きて素肌に部屋着のガウンを羽織ると、閉めていた窓の扉を開けて鳴き声の主を見る。鳴いていたのは、村の上空を飛びまわる大きな野生のベヌゥだった。それもかなり感情を高ぶらせ、激しく飛び回るベヌゥだ。ベヌゥが激しく感情を高ぶらせた時になる、怒りの形相にはなっていないものの、それに近いような状態になっている。しかもこの野生のベヌゥは、傷だらけだった。銀色の羽根は薄汚れ、赤茶色く血が滲んでいる。このまま放っておけば、頭の冠毛を逆立て、頭を羽毛の裏の赤色に染める怒りの形相になってしまう。鳥使いのいない野生のベヌゥ、それも傷を負ったベヌウがそうなるのは、とても厄介だ。怒りの形相で暴れるベヌゥを、誰も止められなくなってしまうから。早く気を落ち着かせて、治療してやらないと。しかも野生のベヌゥの鳴き声と一緒に、鳥使い達のパートナーである村のベヌウ達も鳴き始める。野生ベヌゥの意と繋がったベヌゥ達が、野生ベヌゥの意識の影響を受けているのだ。まずい、放っては置けない。 カーネリアとクロッシュは窓を閉めて急いで身支度を整え、住居から飛び出すとお互いのパートナーを呼ぶ。

「ブルージョン」

「アルマティン」

住居の前で二人がパートナーのベヌゥを呼ぶと、ブルージョンとアルマティンの二羽が、鳥使いの村がある山の下から姿を現した。二羽とも山腹に作られたベヌゥの住み家にいたらしい。カーネリア達の呼びかけ応じて姿を見せた二羽のベヌゥは、同じく姿を見せたほかのベヌゥと共に野生のベヌゥの周囲を取り囲むようにして飛びまわる。野生のベヌゥの意識に働き掛けているのが、イドを通じて伝わって来る。感情を高ぶらせた野生ベヌゥの意識を、宥めようとしているのだ。しかし野生のベヌゥは、すぐには正常に戻らない。感情を高ぶらせたままだ。そのうちカーネリアは、他アルマティンが他のベヌゥ達から離れ始めたのに気付く。

「おいで、アルマティン」

すかさずクロッシュがアルマティンを呼び、住居区画の空き地に着陸させた。これから住居を立てる為に、更地にしてある場所だ。群れから離れて地面に着地したアルマティンは、その場に蹲るとある光景を鳥使い達の意識に送って来た。

 それは野生のベヌゥが鳥使いのベヌゥ達に送ってきた光景だった。我を忘れた野生のベヌゥ達が、生い茂る巨大な樹木の上を飛びまわる光景だ。不気味な光景……それにこの光景に出て来る場所は、カーネリアには見覚えの無い場所だ。何処なのだろう? しかし野生ベヌゥ達が感情を高ぶらせた理由が解った。何んと、あの小さな飛行物体が野生のベヌゥの生息地に入って来たのだ。二つの月が輝く空を飛ぶベヌゥ達の間を縫って、小さな飛行物体が飛び回るのが見えて来た。しかも小さな飛行物体は、機体の下方に何かを抱えている。何なのだろうか? 答えはすぐに解った。小さな飛行物体は、野生のベヌゥ達が守って来たものを、巨大な樹木にできた樹洞らしい場所から盗み出したのだ。盗んだものを抱えて巨樹の洞から出て来る飛行物体を、一斉に追いかける野生のベヌウ達の姿が意識に浮かぶ。怒りの形相になり、小さな飛行物体を追いかけるベヌゥ達、しかしその中の一羽が小さな飛行物体を接近した時、恐ろしい事が起こった。小さな飛行物体から火の玉が飛び出し、飛行物体に近付いたベヌゥを襲ったのだ。恐ろしい光景だ。火の玉が直撃したベヌゥは重症を負って狂ったように飛びまわり、仲間のベヌゥ達は大混乱に陥った挙句、散り散りになって飛び去って行く。

その後、重症を負ったベヌゥがどうやって鳥対の村まで来たのかは不明だ。しかし何かを頼って、鳥使いの村に着いた様だ。ベヌゥの意識からは、ベヌゥを導く銀の光の様な存在が感じられる。しかしそれを詮索している暇は無い。鳥使い達は傷ついたベヌウの治療をする為、野生のベヌウをベヌゥ達の離着陸場に着地させるよう、空を旋回するベヌゥ達にイド指示する。すると鳥使いのベヌゥ達は一斉に澄んだ高い声で鳴き交わし、傷付いたベヌゥと共に離着陸場へと降りて行く。ベヌゥ達は仲間を励ます時に使う鳴き声を使い、野性のベヌゥを離着陸場に導いたのだ。鳥使い達は野生のベヌゥが離着陸場に降りたのを確認すると、急いで離着陸場に向かう。

鳥使いのベヌウ達に囲まれて蹲っている生のベヌゥは、鳥使いの村まで飛び続けた為に、かなり体力を消耗していた。離着陸場に来た鳥使い達は、さっそく野生のベヌゥの治療に取り掛かる。まず傷ついているベヌウが興奮していないのを確かめると、その羽根に直接出でふれて傷付いたベヌウの意識を探る。直接ベヌゥに触れる事でベヌゥの意識が安定しているのを確認し、治療に掛かった。鳥使い達はまず薬草などを調合して作った消毒薬で野性のベヌゥの傷を消毒し、さら薬品をしみこませた大きな布でベヌゥの身体を覆った。これで布にしみこませた薬が効いている間は、ベヌゥの痛みを押さえられるはずだ。やがてベヌゥの治療が専門の治療師が三人やって来て、本格的な治療が始まった。まず治療師達は野生のベヌゥの傷を丹念に調べ鳥使い達に報告する。

「何てこと……ベヌゥがこんなひどい火傷をしたのを、見た事ない。丈夫な羽根さえ焼いて、ベヌゥの身体に深い火傷を負わせている」

治療師の一人の女性治療師の報告を聞き、鳥使い達の間に衝撃が広かった。ベヌゥの羽根は、多少の炎をもろともしないほど丈夫だ。そんな羽根を持ったベヌゥに深い火傷を負わせるとは。ベヌゥの生息地までやって来た小さな飛行体は、とんでもなく恐ろしい力をもっているらしい。前例の無い重症を負った野生のベヌゥが、はたしてどこまで回復するものだろうか? ベヌゥの治療師達の力量が通用するかに係っているのだろう。

「ようやく落ち着いたようです。今夜一晩、私達がこのベヌゥの様子を見ていますから、みなさんは安心して休んで下さい」

女性の治療師の言葉に後押しされ、鳥使い達は離着陸場を後にし始める、ベヌゥ達も自分達の塒へと戻って行く。イナへ交易に行くモリオンはもうとっくに、パートナーや数人の仲間と旅立っていった。傷ついたベヌゥを心配しながら。大事な交易の約束を、放り出すわけにはいかないのだ。今はもうこれ以上、鳥使い達に出来る事は無いし、明日の仕事に備えねばならない。カーネリアもクロッシュと共に住居に向かう。離着陸場から崖に掘られた洞窟に入り、奥の階段を昇って山の頂上の鳥使いの居住区に出ると、カーネリアとクロッシュはまず空き地に蹲ったままのアルマティンに近寄った。足を痛めているアルマティンは、仲間のベヌゥが野生のベヌウとの対応に当たっている間は、ずっと蹲っていたらしい。

「よしよし、アルマティン」

クロッシュはアルマティンの首のあたりを撫でながら、他のベヌゥ達と行動を共に出来なかったアルマティンの意識を探る。案の定、アルマティンは仲間と一緒になれなかった事への不満を、クロッシュに伝えて来ていた。カーネリアの意識にも、クロッシュを通じてアルマティンの意識が伝わって来る。傷ついた野生の仲間を前にして、ただ見ているだけだったのが、悔しかったらしい。しかしアルマティンは、何もできなかった代わりに、野生のベヌゥの意識を探っていた。アルマティンが野生のベヌゥを通して見た光景が、カーネリアにも伝わって来る。いや、クロッシュやカーネリアだけでなく。仲間のベヌゥや鳥使い達全員に野生ベヌゥの意識を伝えている。

 カーネリアの意識に、あの小さな飛行物体の姿が浮かんで来た。野生のベヌゥの生息地に徒然現れ、ベヌゥ達が守っていた物を奪っていった飛行物体だ。アルマティンを通じて野生のベヌウの意識を探り、野生のベヌゥ達が守り続けた物の正体を探ってみる。多分、野生のベヌゥ達は何か食料を守っているのだろう。最初はそう考えていたカーネリアだが、野生のベヌゥの意識から得られた光景は、俄かには信じられないものだった。薄暗がりの中で、緑の飛行服を着て横たわる女性……鳥使いならだれでも知っている女性だ。鳥使いの祖であるハリの姿を、野生ベヌウから伝わって来る。カーネリアは野生のベヌゥから得られた光景を、鳥使い達全員に伝えた。

[驚いた。このベヌゥはハリを知っている]

イドを通じてカーネリアからハリの姿を見た鳥使い達の驚きが、カーネリアの意識に伝わって来る。

[まさか、ハリと一緒に姿を消したベヌゥの子孫なのでは]

[それよりこのベヌゥは、何処から来たのだろう]

野性のベヌゥが鳥使いの祖である女性ハリを知っている。傷ついたベヌゥからもたらされた信じがたい情報について、鳥使い達はイドを使って話し合う。だがいくら話し合っても、この野生のベヌゥの生息地すら解らなかった。鳥使い達は野生のベヌゥの生息地の様子を大方知っている。だがこのベヌゥの意識から解る生息地の景色は、鳥使い達のまったく知らない景色だ。鳥使い達がやせいのベヌゥから彼らの生息地を探ろうとして、ベヌゥ意識からから得られた彼らの故郷の光景は、鳥使い達が普段はあまり行かない場所の光景だった。大きくて太い幹の途中から分れた枝が四方八方に伸び、暗い緑色の葉を茂らせている。そんな樹木が立ち並び、その下を黒々とした灌木が生い茂っている。それが彼らの故郷の景色だ。

[これは……樹海の北端の景色では?]

[そう、樹海北端の景色に間違いない。あそこにベヌウが住んでいたとはなあ]

樹海北端は名前の通り、樹海の北の端に当たる場所で、その先にはもう樹木も生えない荒れ地があるだけで、鳥使い達がほとんど行かない土地だ。深緑に姿を現していた小型飛行物体は、こんな樹外の奥深くまできていたのだ。そしてその鳥使い達があまり行かない樹海の奥深くに、鳥使いの祖ハリの記憶を持つベヌゥ達がいた。彼等は、人間など見た事もないだろう。でも彼らが、人間とのかかわりのベヌゥでは無いのは間違いない。何故だか今の彼らは、人間に対して怒りを持っているのが、イドを通して感じられる。突然ベヌゥの生息地にやって来て、彼らの大事なものを盗んだ小型飛行物体を野生のベヌゥ達は、自分達を破壊する為に、人間が作ってよこした物体だと考えて怒っている。だがカーネリア達鳥使いは、野生のベヌゥ達の怒りの原因が他にもあるのに感付いていた。

「貴方達は、私達鳥使いが貴方達を見捨てたと思っているのね」

静かに眠っている野生のベヌゥと意識が繋がっている鳥使いのベヌゥ達は、鳥使い達に傷ついた野生のベヌゥが、鳥使いの姿を記憶している事を伝えている。それも遙か昔の鳥使いの姿を。傷ついたベヌゥの一族は、何世代も前は鳥使いと暮らしていたのだ。そして鳥使い達の記憶を今も持ち続けている。自分達は鳥使い達を見た事もないのに、鳥使い達を慕っているのだ。そんな彼らにとって小型の飛行物体がした事は、鳥使いを含む人間達の裏切りにほかないのだ。

[なんという事だ……すまない……野生のベヌゥよ。でも私達は、貴方達の存在を知らなかったのだ。許してくれ]

鳥使いの一人が、イドで野性のベヌゥに謝罪の気持ちを伝えている。長老の一人で現役の鳥使いでもあるビルカが、怒る野生のベヌゥの感情を静めようとしていた。そしてその試みは成功したらしい。野生のベヌゥは、カーネリア達鳥使いが自分達の事を知らなかった事を理解し、少しずつ深い眠りに入っていった。

[さあ、この野生のベヌゥの問題は、休息を取ってから話し合う事にして、もう私達も休んだらいいだろう。今日一日の仕事があるのだから]

野性のベヌヌゥが完全に眠ってしまうと、長老ビルカが鳥使い達に休息を促す。そう時刻はもう夜明けだ。明日の仕事の為に、鳥使い達はお互いイドで繋がるのを止め、束の間休息に向かう。そして休息が終るとすぐに、野性ベヌゥの集中的な治療が始まった。

 傷ついた野生ベヌゥの治療には、主に治療を行うベヌゥの治療師だけでなく、鳥使いや鳥使いでない多くの村人達も携わっていた。村人達はベヌゥの離着陸場に蹲ったままの野生のベヌウの周囲に天幕を張ってベヌゥの身体を雨風から防ぎ、天幕の中では常に鳥使い達が仕事の合間に、交代で野性のベヌゥに付き添っていた。当然カーネリアも、野生のベヌゥの付き添いに駆り出される。ブルージョンと樹海を飛び回って村に帰り、ベヌゥの付き添いをするのは大変だったが、野生のベヌゥと触れ合うのは貴重な体験になっていた。それに時々足を痛めたパートナーの治療に専念していたクロッシュが、手助けに来てくれる。クロッシュのパートナーであるアルマティンの足は、大分良くなっている様だ。以前よりもクロッシュが治療に専念する必要はなくなっていて、クロッシュにカーネリアを手伝う時間が出来たのだ。

 カーネリアとクロッシュは野生のベヌゥの様子をみながら、その意識を少しずつ探って行く。もっと詳しく、この傷ついた野生のベヌゥの事を知りたかったのだ。しかし野生のベヌゥの意識は人間を拒否し、カーネリア達の意識と繋がる事を避け続けている。野生ベヌゥの意識に触れるのは、もう無理かとも思われた。鳥使いのベヌゥ達の助けが得られるまでは……。頑な野生のベヌゥの心を開かせたのは、野生のベヌゥと意識を繋げられた鳥使いのベヌウ達だったのだ。鳥使いのベヌゥ達は意識を通じて傷付いたベヌゥを励まし続け、鳥使い達の事を伝え続けてくれていた。流石に野生のベヌゥも、鳥使いのベヌゥ達の意識を拒否できなかったらしい。何故ベヌゥと人間が一緒に居るのかを怪しみながらも、鳥使いのベヌゥ達の意識を受け入れてくれていた。こうしてカーネリア達鳥使いは、自分達のパートナーを通じて野生のベヌゥを意識の感じ取れたのだった。そして治療を始めて一週間後には、鳥使い達と直接意識を繋げられたのだった。

 傷付いた野生のベヌゥ意識は、まず鳥使い達がハリを知っている事に驚いた事を、鳥使い達に伝えてきた。自分達だけが共有するハリの姿を、人間達が知っているなど思いもしなかったのだ。

[お願い。何故ハリを知っているのか教えて]野性のベヌゥの治療が始まって十日が過ぎた日の夕方、カーネリアは天幕の中で横たわる野生のベヌウに問い掛けていた。一見すると、野生のベヌゥは何も答えず眠っているように見える。たが実際には、少しずつながら様々な光景を、カーネリアの意識に送って来ていた。自分達が住む樹海北端の景色やら、野生のベヌゥ達が暮らす樹木の様子、さらに野生のベヌウ達の食料である木の穴に住む昆虫や木の実などがカーネリアの意識に伝わり、やがて野生のベヌウが傷を負いながらも、鳥使いの村に辿りつけた理由が解った。銀色のベヌウを小さくしたような鳥が、野生のベヌゥの飛行を助けていたのだ。二十羽ほどの集団になっている小さな銀色の鳥は、傷付いたベヌゥを取り囲むようにして飛び、樹海北端の村から光の川が見える場所まで、野生のベヌウを導いていく。この、鳥使い達に流星の鳥と呼ばれている銀色の鳥は野生ベヌゥと意識を繋ぎながら、野生ベヌウの苦痛を和らげている。自分達が少しずつ、野生のベヌゥの苦痛を見に受ける事により、苦痛を和らげていた。銀色の小さな鳥は光の川まで野生のベヌゥを導くと、後を光の川の住人である、魚の様な姿をしたバイーシーに任せ、姿を消していった。

[そうかあ、光りの川に着いた後、バイーシーからこの村を教えて貰ったのね。ハリゆかりの鳥使いの村を]

これで傷ついた野生ベヌゥが、鳥使いの村に辿り着けた理由が解明された。しかし何故野生のベヌウがハリを知っているのかは、不明のままだ。このまま野生ベヌゥの意識を繋がらせて、とことん謎を明らかにしてみたかったが、野生のベヌゥの意識が薄れていくのが、意識を通じて感じられた。野生のベヌゥは、眠りに就きたいらしい。カーネリアは、自分の意識を野性ベヌゥの意識から離し、現実に戻る。

「驚いたわ、流星の鳥がこのベヌゥを助けていたなんて」

横から長老クリスタの声がし、カーネリアは慌ててクリスタに軽く頭を下げて挨拶する。珍しい事に、クリスタは一人で離着陸場に来たらしい。村の中を移動する時には、何時もは誰かがこの大長老に付き添っているのに、今日はクリスタ一人しかいない。天幕の外に、人がいる気配は無い。何があったのだろうか? 訝しむカーネリアに、クリスタはさらに驚くような話を始めた。

「驚かせて御免なさいね。このベヌゥに直接会って、確かめたい事が出来たの。野生のベヌゥ達が、実際にハリの姿を見たかを」

「えっ?」

野性のベヌゥが、もう何代も前の人物であるハリを見ている。耳を疑うようなクリスタの話しに、カーネリアは絶句する。クリスタは何を言っているのだろうか? 聞いてみなければ。 

「お聞きしてもよいでしようか、長老クリスタ」

「ええ、どうぞ」

質問する許しを得たカーネリアは、率直に自分の疑問をクリスタに投げ掛ける。

「どうして野生のベヌゥが、実際のハリの姿を見たと思われるのですか? 野生ベヌゥが送って来たのは、祖先から伝えられた記憶なのでは」

「私も始めはそう思っていました。ある光景に、私は疑問を持ったのです」

クリスタはカーネリアに言葉と同時に、ある光景を送って来た。飛行服を着て横たわるハリの姿……野生のベヌウが鳥使い達に送って来た光景だ。

「この光景は、ベヌゥが先祖達から伝えられた光景ではないと思うのです。この野生のベヌゥは、実際に横たわっているハリの姿を見ているのかしれない」

「実際に、野生ベヌゥが見た光景だと言われるのですか」

「そう、しかしそれは生きているハリの姿ではないでしょう。絵か人形の様に、ハリの姿を映し撮ったものみたいに感じられるのです」

「人形の様な物……ですか」

多分、クリスタの言う通りなのだろう。野生のベヌゥの意識にあるハリの姿は、魂の無い人形みたいだ。野生のベヌウ達は、本当は何を見たのだろうか。実際に野生ベヌゥの住む地に行ってみないと、真実は解らない。そう、行ってみなければ。その為には、大長老であるクリスタの許しが必要だ。そして今、クリスタはカーネリアと二人でいる。

「クリスタ、お願いがあります」

カーネリアは意を決し、自分の考えをクリスタに話し始める。

「長老クリスタ、私を樹海の北端に行かせてください。そこにいる野生のベヌゥ達と会ってみます」

カーネリアは自分の考えを、クリスタに話し始める。

「まず深緑で、野生ベヌゥを村まで導いた流星の鳥を探します。おそらく彼等は、野生ベヌゥが何処から来たのかを、知っているでしょう。流星の鳥から野生ベヌゥが来た道を知る事ができたら、野生ベヌゥに直接会いに行き、確かめてみたいのです。何故彼らが、ハリを知っているのかを。彼ら背がハリを知っているのかが解れば、私が探しているハリの書の在り処も、解るかも知れません」

「ハリが樹海に隠したと言われる書ね」

黙ってカーネリアが話すのを聞いていたクリスタが再び口を開くと、カーネリアはそれに答える形で話しを続ける。

「そうです。ハリの書には、ベダの花の大量発生への対応も、書かれているはず。ベダ大量発生の兆しがある今のうちに、ハリの書から対応策を見付けしておきたいのです」

「解ったカーネリア、野生のベヌゥと会いに行きなさい」

カーネリアの意図は、しっかりとクリスタに伝わったようだ。

「ベダの花の様子は、私も気にはなっていたのです。今度の開花は、かなり大規模になりそうだから」

カーネリアと話しながらクリスタは、ベダの花の大群生の光景を、イドを通じてカーネリアに送って来た。かつてベダの花の大規模開花が起こった時の光景だ。そしてクリスタは、しっかりとカーネリアの両手を握る。大長老が鳥使いに、大事な仕事を託す時にする事だ。

「頼みますよ、カーネリア」

「はい、クリスタ。さっそく準備をします。野生のベヌゥ達の謎を、必ず解明してきますからね」

カーネリアはクリスタの手をしっかりと握り返すとクリスタから離れた。

「さぁ、行きなさい。私はこのベヌゥの傍にいますから」

カーネリアは微笑みながら話し掛けるクリスタに向かって挨拶すると、野生のベヌゥの天幕を後にした。


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