介護ロボットのみどりさん
さくらみお
第1話
時は2050年。
日本は超高齢社会に歯止めが効かず、数十年前から崩れかけていた介護業界の崩壊・消滅が始まった。
理由は第一に高齢者の急増。
1971年~1975年生まれの団塊ジュニアが75歳を迎えた事で(2040年から高齢者は75歳となっている)、高齢者の数は爆発的に増えた。
それに対して少子化による現役世代の減少による介護職の人員不足、一人当たりの介護士のかかる負担増加、その激務に割に合わない低い賃金。
技術だけでは無く、利用者、利用者家族、介護士同士のコミュニケーション能力も問われる難しい職種に、成り手は年々減るばかり。
対策として、外国人を雇うという案もあったが、言葉・文化の壁、そして景気悪化によって経済大国というブランドが消えつつある日本に、わざわざお金をかけて出稼ぎにくる労働者は今や奇特な存在になっていた。
超高齢の政治家たちは、昔から高齢化社会の危機を口では訴えていたが、彼らは自分が介護される立場になった時は高額の介護ホームに入れる潤沢な資金があり、所詮は他人事だったので、ただ「
そして、そんな日本の行く末や政治に全く「興味がなかった」団塊ジュニア以下の元若者達は、自分たちが高齢者になって、初めて「このままだとやばいんじゃないか?」と気付いたのだ。
しかし、その頃はもう遅い。
自分たちは高齢者の仲間入りし、医学・薬学の進歩で寿命だけが飛躍的に伸びた自分の親を介護する立場になっていた。
それまでコツコツと働いて残した自分の貯蓄に退職金、親の少ない年金を
そうなった大多数の彼らに残されたのは「自宅での親の介護」だった。
一人っ子が増えた昨今、二人の親を一人の子供が看るのが当たり前。
夫や妻の両親を合わせて四人の親を看ている、なんていう高齢者も珍しくなかった。日常的に親の介護放棄や、介護の押し付け合いによる傷害・殺人、一家心中など、介護に関する暗いニュースが日本中を飛び交っていた。
その頃にやっと重い腰をあげた政府は、2055年に初めて「介護崩壊」についての対策・救済法案を可決する。
――ちなみに、その間に5年間のロスタイムがあったのは、日本人特有の「あーでもない、こーでもない」の足の引っ張り合い論争のためのである。
そして、人口減少が止まらない、労働力も少ない日本人がたどり着いた答えが「介護用ロボットの開発」だった。
◇◆◆
2060年・4月。
東京・K市
寝不足で痛む頭を押さえながら、
そこには、
原因は骨粗しょう症。
20年前から人口減少に伴い病院数がどんどんと少なくなってしまった昨今、救急車を呼んでも受け入れる病院を探すのも一苦労となっていた。
そんな事情の中で、母親の手術は三週間後に決まった。その間は最先端の痛み止め薬でなんとか
――結局、認知症の周辺症状は入院した事によるせん
(あーあ。掛け布団やっちまったな)
排泄物がついた掛け布団を避け、汚れた服を脱がし、破けたおむつを剥がし、新しいおむつに替える。衣類も新しいパジャマを着せる。
敷布団は防水シーツを貼っていたおかげで無事だった。
今の一連の中でも、
綺麗になった
風呂場でしゃがみ込んで、掛け布団をギュッギュと押していると呑気に歌を歌っている
下洗いを終えて、布団を洗剤で漬け置きすれば、一旦手が空く。
(さて、今の内に朝飯作るか)
そう思い、部屋に戻ると
終わりの無い無限ループ。
迷い込んだ
地獄はまだ夜が明けたばかり――。
女性とは全く縁が無い人生で、ずっと独身で一人っ子。父親は15年前に他界している。
一般企業の退職年齢が70歳に引き上がったのは数年前。しかし、
50年前の少年の
自分が母親の陰部を拭いているなんて。
自分が母親の排泄物を片付けるなんて。
自分が赤ん坊の時にやって貰った恩返し。
そう思えば当然の行いかもしれないが、仕事も辞めて、平成時代に建てた築60年の薄暗い一軒屋にずっとずっと母親と二人きり。
今の日本の平均寿命は95歳。
寝たきりで認知症は酷くなっただけでまだ内蔵は元気な母。
一体、あと何年介護をするのだろう。
生きるって何だろう、生きているって何だろうと――。
母親のベットの隣にある、ごみ箱にビリビリにされたおむつを捨てて、洗面所で手を洗っていた時、インターホンが鳴った。
珍しい。
客人か? 家のインターホンカメラは10年前に壊れてから、直していない。
「はい」
そこには、黒のリュックを背負い、無地の灰色トレーナーに紺のジーパン姿のややふっくらとした中年女性が立っていた。年齢は40代~50代だろうか。
ショートボブの、黒目の大きな、優しい雰囲気を持つ柔らかい女性だった。
「え……どちらさま?」
見覚えの無い女に、光輝星はセールスの類か? と警戒する。
「
『みどり』と名乗った女性は、そう言い微笑んだ。
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