第二章【理想と逃避の民】

第18話 それって殺される側だよね…?


 激闘の終焉の悪魔戦から約一ヶ月。

 『かがぷり』メンバーは着々とその地位と知名度を上げていった。


 姫凪八重の言う「無課金でNo. 1になる」という馬鹿げた夢が現実味を帯びてきた頃──────




 隙間時間を使い、ヤエと忍はホームからほど近い広場に来ていた。

 忍の手には10枚のガチャチケットが握られており、これからソレを使おうと言うのだ。


 「くっくっく……コツコツ集めたガチャチケを遂に使う日がやってきた。思えば長い道のりだった。無課金を貫く僕にとって、ガチャチケを10枚集めるのがどれだけ大変だったか……例えるならそう、それはお小遣いを一万円貯めるに匹敵する大変さだ────、痛っ!!」

 

 たかが10回ガチャを引くだけなのに、あまりにも長い前置きにヤエは忍の頭を杖で小突いた。


 「いいからさっさと引け。どうせろくなもんが出ないのは分かりきってるがな」

 「そんなのやってみなきゃ分からないじゃないか! この明記されている確率表を見ればわかるでしょ?」

 「そうだな。UR装備が0.1%で、MR装備は0.01%、その上現存するスタスタの職業が50職。死霊騎士の装備をピンポイントで狙うならば確率は更にその50分の1だ。つまりURが0.02%で、MRが0.0002%だな。成程、確かにゼロでは無いな。お前は天才か? さあ早く引け」

 「くっ……嫌な奴…………」


 折角の気分に水を刺された忍は、期待感無くチケットの束を空に放った。


 すると、空にパッと綺麗な虹がかかった。これはUR装備の確定演出である。


 「うぇっ!? 嘘ぉ!?」

 「えっ?」


 たった10枚でURを引く確率は約100分の1。それをここで引いたのだ。

 これは強運と言わざるを得ない。


 「マジか……!」


 しかし忍の豪運はここで終わらない。演出が発展し、リンゴーンリンゴーンと鐘が鳴ったかと思えば空から天使が舞い降りてきた。

 

 「何この演出……?」

 「私も初めてみた……」


 天使はそのまま忍の足元に舞い降り、そっと宝箱を置くと、ニコッと笑ってる再び天へと帰って行った。


 「………………開けていいの……かな?」


 恐る恐る忍が宝箱に手をかけると、中から眩い光が溢れ出した。その光を掬い取るように中から取り出したのは────


 「こ……! これは……!! 【ネクロクリスタル】────ッ!!」

 「うおっ!? 死霊騎士のMR装備……!」


 【ネクロクリスタル】死霊騎士のMR装備(ネックレス)特殊効果は、戦闘中一定時間自身に『不死』を付与(HP1から減らない)。ただしダメージはある為、生きる長らえる為には激痛を伴う。


 「げ、激痛……?! ま、まあ凄い効果な事は確かだし、ステータスもかなり上がる! 見たかヤエ! 確率はゼロではないんだよ!!」


 忍の喜ぶ姿にヤエは少し不満げだ。


 「ふん。私はこのサーバーで一番を目指しているんだ。今更その程度ステータスを上げたところで何になる。戦力では一番になれないのは明白。別に羨ましくなんてないもん」

 「語尾が女の子になってるよ……? 実は羨ましいんでしょ?」

 「バカを言え。それを装備したところでお前の戦力はB級だ。まだまだA級の私にすら及ばない。いいんじゃないか? 一つくらい持っていても」


 スタスタは戦力によって階級が分かれている。

 トップランカーのSSS級を筆頭に、SS級(ちゅんこ、ハル、虎徹、等)S級(酒呑王子、ジンペイ、プルーツ等)A級(500万程度の廃課金者)B級(一般的な廃課金者)C級(一般的な課金者)D級(頑張っている無課金者)E級(一般的な無課金者)


 ざっくり分けたらこんな感じであり、その振り分けは現存するプレイヤーのパーセンテージによって決められている。

 B級に属する忍が無課金ということを考えれば驚異的な事であり、A級のヤエに関しては、もう頭がおかしいとしか言いようが無い。


 それだけこの二人は頑張っている。

 だが、上の物から見れば赤子同然。それくらいの戦力差があった。いくら頑張ろうと、運があろうと、無課金ではここまでが限界である。


 「じゃあどうやってNo. 1になるのさ?」

 「決まっているだろ? それは『名声』だ。私はこのサーバーの……いや、スタスタの顔になる」


 …………………………っ!!


「スタスタの顔に!?」

「そうだ。とりあえずギルドランキングで一番を目指し、そのトップに君臨する私の名を世に知らしめるのだ。そしていずれは世界が私を慕い、崇める事になるだろう……ふふふふふ」

「いや無理でしょ」

「えっ?」

「だってヤエ、ぶっちゃけ嫌われてるし」

「ええ!?」

「そりゃギルドのみんなは慕ってるけど、世間の印象は最悪だよね? もしそんなヤエがトップに立ったら暴動が起きるよ」

「ぐぬぬぬぬ……言い返せん。確かに、私は世間から疎まれている。本当はいい子でキュートなのに……解せぬ……」

「まあ、性格悪いのバレちゃってるからね。あははは」

「何を笑っている! そういう忍だって、あのギルド戦以来『暁の死刑囚』という大層な二つ名が付けられているんだぞ? 街ではアイツに近づくなと専ら評判だ。良かったな」

「『暁の死刑囚』!? どおりで最近街の人の視線が冷たかった訳だ……ってか死刑囚って殺される側だよね?」


そう。実は『輝プリ』メンバーはヤエを筆頭に周りからの評判がよろしくなかった。

それは長年かけて築き上げられた『イメージ』

容易く塗り替えられるものでは無い。


「私の……夢が…………………………ハッ!」


夢敗れ崩れ落ちていたヤエは思い立ったように顔を上げると、勢いよく立ち上がり天に向かって指を突き立てた。


「今日から私は、人助け大作戦を決行する」



新たな目標を打ち立てたヤエは、早速その事をギルドメンバーに伝える為に、意気揚々とホームへ足を向けた。


 「ちょ、待ってよヤエ!」



 ───────どんっ。



 それに遅れまいと、先を行くヤエを追いかけた忍だったが、慌てていたせいもあり向こうからやって来たプレイヤーとぶつかってしまった。


 プレイヤーは地面に尻餅をついたにも関わらず、忍を気遣って声をかけて来た。


 「大丈夫ですか……? わたし、急いでたので……ごめんなさい」


 目ぶかにかぶった帽子で顔はよく見えないが、か細く力無いその声は女の子のそれだった。


 不注意だったのは忍も同じだった為、慌てて倒れた女の子に手を差し伸べ謝罪の言葉を口にした。


 「怪我は無い? 僕もよそ見してたから。ごめんね。急いでるの?」

 「はい……失礼なのですが、先を急がせてもらいます」

 「いいって。こちらこそごめんね」


 離れた場所でやり取りを見守っていたヤエは少し不服だったようで、駆け寄って来た忍に対して塩対応で出迎えた。


 「どうしたの?」

 「別に。さあ、ホームへ行くぞ」

 「────っ、ちょ、待って……!」

 「どうした?」

 「無い……『ネクロクリスタル』が無い……っ!!」

 「さっきぶつかった拍子に落としたんじゃないのか?」

 「そ、そうか……!」


 その後二人で手分けして『ネクロクリスタル』を探したが、結局見つかる事は無かった。

 人通りから見ても、誰かに拾われたという可能性も低く、消えて無くなったと思う他ない状況である。




 ──────────────。




 「ふぅ。これだけ探しても見つからないんだ。『ネクロクリスタル』の事は諦めるんだな」

 「……………………うん。」


 高レアリティの装備を諦めさせる程に二人はその場で捜索を続けており、気がつけば陽が落ち夜になっていた。


 


 

 ■■■■■■■■■■■■■





 この話はホームで格好の話題となった。


 天国から地獄に落とされた忍の顔を見ては、ヤエはギルドメンバーに事の経緯を話、盛り上がっていた。


 「姫様それは流石に忍くんが可哀想ですよ」

「ふん。女の子とぶつかって鼻の下を伸ばしてるからそうなるのよ。きっと神様からの天罰よ。もっと真面目に生きなさいってね」

「そんなこじつけを……あぁ……でも嫉妬してる姫様もかわゆい…………」


ヤエ大好きっ子ハルは擁護しながらも鼻息を荒らげた。

ハルは女の子でありながら、姫凪八重にメロメロだった。


「ちょっとその話なんだけど────、」


会話に混ざってきたのはマロ。ハルと共にチームを組む仲良し三人組の一人。

彼は微課金者だが、情報力に定評のあるプレイヤー。


「どうしたの?」

「いえ、その、ぶつかって来た女の子が『ネクロクリスタル』を盗んだ、というのは考えられないかな? 普通に考えたらその線が濃厚だと思うんだけど、そこには全く触れないんだね。皆人がいいと言うか、なんと言うか」

「あの子が? あんな大人しくて可愛らしい子が盗みを? 無い無い。マロは実際あの子の事を見てないから、そんな風に疑えるのよ」

「ヤエちゃんは見たの? どんな顔だった? 名前は?」

「えっ? 顔……名前……? どんなだったかな……あはは」


実は雰囲気だけで、実際ヤエはその子の顔を見ていない。名前も分からなければ、当然本当の性格も知りはしない。


「実は今、巷で組織的な盗みが横行しているんだ。僕は忍くんがその被害にあったんじゃないか、って思うんだ」

「組織的な盗み?」

「そう。まだ公にはそんなに広まっていないけど、僕が知る限りでも幾つか被害を確認しているよ。そして疑わしき組織の名前も分かってる」

「ほう。で、その組織の名前は?」


「──────『裏神商会』」

「ん? 聞いた事があるような……無いような……?」

「実際に存在するギルドの名前だよ。知ってても不思議ではないけど、ランク的にはかなり下に位置しているから、知らなくても当然。だけどこのギルド、きな臭い話題が耐えない事で、情報ツウの間では評判なんだ」

「なるほどー。じゃあその『裏神商会』ってギルドに乗り込んで、もしその子がいたら問いただそう!」


ヤエの行動力は他者を凌駕する。今にも飛び出していきそうな勢いで、机を叩き立ち上がった。


「ちょ、そんな無茶な……仮にその子がギルドに居て、本当に盗みをやったとして「はい。私がやりました」なんて言うはずないよ」

「それもそうね。じゃあ、忍─────、お前はどうしたい?」


「ぼ、僕!? えっと……僕は───────、」


突然話を振られた忍は暫し考えた。

そして己の中で一つの決断を下す。


「人を疑うのは好きじゃないけど、僕は真実が知りたい。それに『裏神商会』がマロの言うように、組織的に悪事を働いているなら、それをほっとく訳にはいかない」


その言葉を聞いたヤエは嬉しそうに忍の肩を叩き、指を天に突き立て声を高らかにこう宣言する。


「なら決まりね! 私達は『裏神商会』をぶっ潰すわ!」


これは、忍の『ネクロクリスタル』と失われた『輝プリの名声』を取り戻す為の物語──────

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