第17話 お前がそう思うのなら、そうなのかも知れんな

 

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  ヤエはタブレットを操作し、死霊騎士のスキル一覧を呼び出した。そしてあるスキルを指さしこう言った。


  「ああそうだ。肝心な事を言い忘れていた。このスキルだけは絶対に入れておくように」

  「これって……」

  「これは死霊騎士、固有スキルの1つ。これだけは絶対に入れておくんだ」

  「いやでも……このスキルは…………」

  「言いたいことは分かる。が、それ以上にお前の心構えはどうなのだ? その程度なのか、或いは────」

 



  ■■■■■■■■■



  忍が死んだ瞬間から目を閉じていたヤエは、静かに、だが強く言葉を発した。


  「行けっ! 進め! 乗り越えろ! 忍……!」


  その言葉に反応するかのように、死んだはずの忍が剣に貫かれたそのままの状態で、@Qに向かい動き出した。


 

  「@Q……言ったはずだ……たとえこの命が燃え尽きようと、お前は必ず僕が倒す────ッ!!」


  見ていた者全てが驚愕した。

  死人が動いた……歩いた……喋りだした……と。


  これには流石の@Qも恐怖を覚えた。

  剣は確実に忍の心臓部を貫いているし、何度見てもそのHPは0─────。


  それがなぜ…………


  「てめぇ、なぜ動ける…………!!」

 


  死霊騎士の固有スキル【未練呪縛術】

  このスキルはプレイヤーが死んだ時にオートで発動するスキルである。

  これが発動すると死後数秒間に渡り行動することができる、という特殊スキルである。

  死んだら終わりのこのゲームにおいて、死後行動する事に大した意味は無い。死なない事が大前提としてあり、皆それを目指してスキルを組み立てていく。それゆえ軽視され人々の間では『使えないスキル』と言われ、その記憶からも消え去っていた。


  そんなスキル。


  だが、今、この時、この瞬間だけは違う──────


  死して尚、撃ちたい敵が居る。

  死ぬのを覚悟で挑みたい物がある。

  死んでも成し遂げたい事がある。


  まさに命懸けで作り出した一世一代の大チャンス。


  よもや忍と@Qとの間はゼロ距離だ。

  鋭い刃が@Qの腹部に迫るも、驚きと恐怖で全ての思考を失った@Qには成すすべがなかった─────



  ドスッと鈍い音がして、忍のデスハンドソードが@Qの腹部を貫いた。

  死にこそ追いやれなかったが、これが無課金の忍が廃課金者である@Qに初めて与えたダメージ。


  「ぐっはぁ……!!」

  「終わりだ! @Q──────ッ!!」

  「お、おい……冗談だろ……!! なぁァ! おぃ────ッ!!」


  「スキル【カース・エスクプロージョン】────ッ!!」


  忍の10個目のスキル【カース・エクスプロージョン】は、死霊騎士の最上位クラスの攻撃スキル。敵内部から爆発的に呪いの化身を生み出し、混沌とした死を呼び込む技で、相手に壊滅的なダメージ(攻撃力の458%分のダメージ)を負わせる。


  突き刺されたままの剣から禍々しい瘴気が漂い、それらは形を変え怨霊へと変貌していく────


  「ぐあああああああああああああああ──────ッ!!」


  響き渡る絶命の雄叫び。

  痛みと苦しみから突き刺さった剣を抜こうと手をかけるも、@QのHPはみるみるうちに減っていき、やがてそれは0となった。


  敗北宣言を出す間もない程、一瞬の出来事だった。


  HPが尽きた@Qはピクリとも動かなくなり、これまで死んでいった者達同様に数字と記号の集合体へとその姿を変えていった……………………


  忍が、勝ったのである。

  だれもが目を疑うその光景に、本来なら駆け寄り抱き寄せ頭を叩いて激励する所だが、当の本人はもう生きてはいない。


  @Qに遅れる数秒後、忍も例外無く数字と記号の集合体へと変わり。やがて風に連れ去られるように消えて行った。


  「忍、よくやってくれた。ありがとうね……しっかりと見届けたわ」

 

  ヤエの目には溢れんばかりの涙が溜まり、それはほんの少しの衝撃を加えたならば、呆気なく流れ落ちてしまいそうであった。




  ■■■■■■■■■








  ────────。









  ─────────のぶ。









  ────しのぶ。








  真っ暗な闇の中、誰かに呼ばれ忍は意識を取り戻した。



  死後の世界はこんなにも暗いのか。こんな世界にたった一人だ。心に虚しさと寂しさが押し寄せてきて、気を許せばこの闇と体が同化してしまいそうだ。


  思えば皆と過ごした日々は楽しかった。無課金でも廃課金者と渡り合う事が出来たのは、忍にとってなにものにも変え難い思い出となった。


  今はただただ感謝の言葉しか無い。


  心残りがあるとすれば、もう一度だけヤエと会ってキチンとお礼が言いたかった─────


  負い目や後暗さのある忍を引っ張って、時に厳しく、時に愉快に導いてくれた。姫凪八重に…………




  ヤエに会いたい…………………………







  「おい。めんどくさいヤツめ! いい加減めを覚ませ!」






  優しい呼び声が急に怒鳴り声に変わった為、ビックリした忍は思わず目を開けると、月明かりを受けた女の子が忍を見下ろすように覗き込んでいた。


  「…………えっ……………………天使………………?」

  「馬鹿者が。いくら私が可愛いとは言え、それは無い。正直ひいたぞ。そもそもゲームで死んだだけなのに天国に行けるだなんて、どれだけ頭の中がお花畑なのだ……」


  その喋り方。

  ツンとした表情。

  閉じた口元からでも分かる、尖った八重歯………………


  「ヤ、ヤエ!? まさかヤエも死んだの!?」

  「呆れた奴め。周りをよく見ろ」

  「え…………?」


  忍は寝転んだ状態で首を左右に振り、周りを見渡すと見覚えのある景色の中で、見慣れた人々に囲まれていた。


  仁平さん、酒呑王子、プルーツさん、猫ロンジャー、マロ、メロ、虎徹…………みんな居る。


  「僕……生きているの…………? なんで…………? あっ……………………それ…………!」

 

  ヤエは空になった瓶を揺すり忍に見せびらかせた。

  それはいつかヤエが中身の入った状態で見せてくれた物と、同じ瓶。


  「【再生の粉】!! それを使ったの!? 一本数百万円するっていうソレを! 僕に!?」

  「何を驚いている。安いもんだ」

  「安くないでしょ!! なんでそんな大事なもの─────」

  「お前の気持ちがよく分かるから、だな」

  「え……」


  ヤエは話始める前に忍から目を逸らし、少し遠くの方を見つめた。


  「私にも居たんだ。とても大切な人が──────

  あれは私が人生で初めてオンラインゲームをやった、今からちょうど一年半位前の事だった。

  何をしていいのか全く分からず、他のプレイヤーに迷惑ばかりかけて毛嫌いされていた私に、根気よく付き合いゲームのやり方だけでなく、その楽しさまで教えてくれた人だった。

  どこに行くにも一緒で、沢山写真を撮ったりしたな。

  花畑の真ん中にレジャーシートを敷いてピクニックもやった。そうそう、あの時はサンドイッチを全て動物達に取られてしまったか。

  やっとの事でドラゴンの卵を持ち帰り、孵化させてみたらただのアヒルが生まれた、なんて事もあった。あの時のあいつの顔は傑作だったな…………」


  その話を聞いていた忍は、ある事に気がついた。

  色々な感情が入り交じり、これをなんと言葉にしていいものか………………


  「まってよ…………ヤエ…………それって……………もしかして…………」

  「ん? まあ。お前がそう思うのなら、そうなのかもしれないな」


  ヤエはいつもの台詞を返すと、何事も無かったかのように顔を背けたまま喋り続けたが、その横顔は今まで見たことも無いほど穏やかだった。

 

  話を聞くうちに忍の心にはどんどんと感情が押し寄せてきて、抑えきれなくなったそれは大粒の涙となってこぼれ落ちた。



  「そっか…………終わったんだね…………」


  「───────。なにを言っている。

 ようやく始まるんだ。お前と、私達の、大冒険が──────」




  全てをかけて挑んだギルド戦は、こうして幕を下ろした。


  『輝け!姫プリズム』と『終焉の悪魔』の戦いは『かがぷり』の勝利で終わったが、その代償としてジャオという仲間を失った。


  そしてそのジャオ同様、金を受け取り『かがぷり』を裏切った海月もまた、その日以降ログインする事は無くなってしまった。



  それでも日々は続いていく。


 

  イベントが終わればイベントがやって来る。


  それがMMORPGなのだから────

 





『輝け!姫プリズム!!』第一章【~完~】







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