第16話 事実上トップランカー相手でも……


 赤月忍は何故そこまで@Qに拘るのだろうか。

 姫凪八重は何故そこまで忍に拘るのだろうか。


 それは、前を向いて歩いて行くために──────



【赤月忍VS@Q】


 二人を中心に『かがぷり』と『終悪』のギルドメンバーがグルっと取り囲んだ、野外に作られた特設リング。


 ある者は声を荒らげ煽り、またある者は拳を突き上げ鼓舞をする。


 大方の予想は圧倒的に@Q。当然である。この場面、誰がどうみたって結果は見えている。


 敢えて望みがあるとするなら、忍の持つこのスピード。


 的を絞らせぬようにジグザグに動き、スキを伺いながら @Qに近づいて行く。

 そして相手の攻撃をギリギリで交わすと同時に剣を抜き、下から上へと切り裂いた。


 剣は@Qの脇腹から肩にかけて走り、忍が攻撃をヒットさせることに成功した─────、かに見えた。


 しかしこれが罠だった。

 @Qは圧倒的な攻撃力と守備力の差を活かし、わざと攻撃を受けた瞬間、返す刃で忍を体ごと薙ぎ払った。


 忍は激しく吹き飛ばされ、砂埃を巻き上げながら砂利の散らばる地面を滑った。


「浅はかだねぇ! どんなに動き回っても、最後は必ず俺の傍に来るんだよなぁ? それが分かってりゃあ雑作もねぇぜ! ぎゃはははははははっ!」


 @Qは確実に遊んでいる。

 その気になれば致命の一撃を与えられたタイミングだった。

 それは間違いなく実力差があり過ぎるが故のおごり────


 ヤエはそこに目を付けていた。


「忍くんは本当に勝てるんでしょうか…………?」

「分からないわ…………ただ、@Qが今のような舐めた態度で来るなら必ずチャンスは巡ってくるよ」


 忍は懲りずに何度かアタックを試みた。相手のタイミングを図り、動きをその体に叩き込む為に─────


 だが何度やっても結果は変わらなかった。その度地面を這いずった忍の体は見るからにボロボロ。

 服は破れその間からは生々しい血が滴り落ちているのが当目からでも見て取れた。


「弱ぇ、弱ぇ、弱すぎるぜぇ───ッ!! 遊んでやってんのにそのザマですかぁ!?

 でもよぉワンパターン過ぎて飽きてきちまったぜ。だからぁ、そろそろ殺しちまおうかなぁ? 殺すよ? 殺しちゃうよぉ!? ぎゃはははははははっ!」


「…………………………くっ、僕は……負けない」

「まぁだそんな事言ってんのかぁ? 頭大丈夫ぅ?」

「一年前の……仮を返すんだ…………ッ!!」

「何言ってんだてめぇ?」


 姿形も違えば名前も違う。

 一年も前の話であり、@Qにとっては日常茶飯事の行い。当然、覚えている訳が無い。


 しかし忍にとっては絶対に忘れる事の出来ない苦い記憶─────



 ■■■■■■■■■■



 ギルド戦3日前────



「いいか忍。お前が@Qに優っている物は2つある。1つはスピード。これは元段階でもトップクラスだ。誇っていい。

 そして2つ目は、絶対に忘れられない圧倒的な敗北を喫したことだ」

「それのどこが優っているんだよ……圧倒的マイナス材料じゃないか」

「そうでも無い。忘れられない苦い経験というものは、裏を返せば忘れられない『理由』になり得るからだ。

 だからお前は立ち向かっていけるし、倒されても何度でも起きあがれる。

 絶対におまえが気持ちの面で負けることは無い。いいか、恐れず、立ち向かえ」



 ■■■■■■■■■



「そうだ……僕には負けたくない理由がある……ッ! この気持ちだけは譲れない……! 過去の自分のため、守ってあげられなかった苺花の為に…………!

 僕は……負けないッ!!」


 ふらつきながらも気持ちで立ち上がったその顔は、まるで何かを決心したかのような凛々さだ。

 それは見ていた誰から見ても分かるほどの変わりようだった。


「ほぉ。死ぬ覚悟が出来たかぁ? 来いよ、クソガキ…………殺してやるぜぇ…………!」


 空気感から恐らくこれがラストアタックとなるだろう。


 意を決した忍が体を左右に振りながら、徐々に間合いを詰めて行く。


 憎き@Qに魂の一撃を食らわせる為に────




 ■■■■■■■■■



「しかし残念ながら@Qにお前の攻撃は通らないだろう」

「じゃあどうやって倒すんだよっ!?」

「簡単だ。ATK(攻撃力)特化にすればいい」

「どうやって……? ステータスの振り替えはスタスタでは出来ない仕様な筈じゃ……」

「基本的にはな。だが例外もある。これを使えば簡単にステータスの振り替えが可能だ」


 そう言ってヤエは懐から一冊の本を取り出した。


「これは『転職のすすめ』というレアアイテムだ。それ程高価な物では無いから知ってるな?

 スタスタには転職できる回数制限こそあるが、転職する際にステータスポイントがリセットされるという特別な機能がある。これはステータスを転職後の職業に合わせた振り分けにする為の救済処置だ。これを利用して素早さ特化から一気に攻撃特化へとシフトしようという訳だ」

「なるほど…………えっ? 戦闘中に転職するの!? そんな無茶な!」


「だからそれを今から特訓するのだ。何度も何度も転職からステータスポイントの振り分けまでを頭でイメージしろ。無駄を一切省いて、それを可能にするんだ。出来なければ、お前に勝ち目は無い」

「そんな…………負けるのなんて…………嫌だ…………僕は勝ちたい! アイツにだけは負ける訳にはいかないんだ!」

「その意気だ。因みに、何に転職するかと言うと──────」




 ■■■■■■■■■■



 忍は@Qに迫りながら『転職のすすめ』を開いた。

 何度も何度もイメージトレーニングを繰り返し、動きながらでも転職できる術を身に付けていた忍は、瞬時に【死霊騎士】に転職を果たした!


 誰もがその突拍子もない行動に驚いた。戦闘中にそんな事をするなんて、自殺行為もいいところ。ステータスは勿論、当然スキルも全てリセットされる。そうなれば戦いどころでは無い。


「忍くんなにやってんの!? しかも【死霊騎士】って! 」

「いや、死霊騎士はベストチョイスだよ」

「そうか! デスハンド装備か!」


 忍が全身を固めている【デスハンドシリーズ】は死霊騎士のモチーフ装備(その職業に合わせて作られた装備)だ。つまり死霊騎士が装備する事で、初めて本来の力が発揮される装備────


 全てのスキルとステータスがリセットされた忍は、頭の中で全てのステータスを構築し直した。

 イメージ通りだった。3日間、この事だけを考えてきた事は無駄では無かった────


 名前【赤月忍】

 職業【死霊騎士】

 レベル【65】

 性別【男】

 HP【1200】MP【85】・SP【56】・ATK【578】・DEF【146】・INT【52】・AGI【102】


 全てのステータスポイントをATKに振り分けた結果、ATK【578】という数値。これがデスハンド装備の効果で10%上昇する為、ATK【636】


 間髪入れずに次はスキルの構築。

 必要なスキルは全て頭の中に入っている。

 忍は迷うこと無く、次々にスキルを発動させていった。


 スキル【力の源】を獲得。基礎ATKを5%増加→【668】


 スキル【怨念の力】を獲得。基礎ATKを10%増加→【735】


 スキル【魂の叫び】を発動。味方のATK(物理攻撃)及びINT(魔法攻撃)を5%増加(重複不可)→【772】


 スキル【タイマン】を獲得。1対1の戦闘時、全てのステータスが5%増加する→ATK【811】


 スキル【呪殺】を発動。一時的に自分のDEFを10%下げる代わりにATKを10%増加させる→ATK【892】


 スキル【禁じられた儀式】を発動。戦闘時、回復不能になる代わりにATKを15%上昇→ATK【1026】


 スキル【夜な夜な】を獲得。昼の戦闘時ステータスが5%ダウンするが夜は5%アップする→ATK【1077】


 スキル【禁呪】を発動。僅か10秒間だけだが、一日に一度だけATKを25%増加→【1346】


「うおおおおおおおお─────ッ!!」



 全てのスキルを無事獲得出来たかどうかは、忍の顔を見ればわかった。

 あとは渾身の一撃を叩き込むだけ────


 ヤエはその一瞬の間に起こるであろう瞬間を胸を熱くしながら見守っていた。


「いけっ忍! そこまでATKを上げられたら事実上トップランカー相手でも攻撃は通る!!」


 忍はデスハンドソードを両手で構え、気迫を込めて体ごと突っ込んだ─────ッ!


「なにぃ! この一瞬でAGI特化からATK特化に変えただとぉ!?

 さ、流石にそれを食らったらこの俺でも…………」


 瞬時に状況を理解するあたり、@Qも流石と言うべきか。

 忍の攻撃は受けても問題無い。

 そう思っていたところに、このどんでん返しだ。


 焦りの色は隠せない────



「─────、なぁんてな!」


 忍の最後の攻撃は僅かに届かなかった。

 最後の攻撃を当てたのは、@Q。

 この瞬間、全てのステータスを犠牲にした忍のHPは0となり────


 ────忍は死んだ。


 場は静まり返り、取り囲んでいた者達は徐々に数字と記号の集合体へと変わっていく赤月忍の最後を見届けていた。


「ぎゃはははははははっ! それだけAGI(素早さ)を落として攻撃が当たると思ったか! 俺が舐めてるからいけるとでも? 最後まで笑わせてくれるぜぇ!」


 無課金でありながら、勇敢に立ち向かい最後まで諦めずに戦い抜いた忍の死を前に、ヤエはそっとその目を閉じた。




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