第15話 触るなあっっ!!!


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 ヤエの思い出話を聞いたジャオは言葉無く震えた。

 武者振るいか、あるいは自分のやった事への後悔か────


 「ジャオ。私はあの時とても嬉しかったの。課金者でもこんなに無課金に優しい人が居るんだなって。まるで私の世界が開けた気がしたわ。

 だからこそこの人に喜びと居場所を作ってあげたいと思ったの。私なりの私にしか出来ないやり方でね────

 ねえジャオ。あなたは本当にそれでいいの? @Qは確かに強くて勢いもあって、課金額も相当だわ。憧れるのもわかる。でもね、あなたは@Qの下に付いて本当に幸せになれるの?

 弱いものを助ける事に喜びを感じるあなたが、そこで輝く事が出来るの?

 私の傍に帰って来てよ。私ならきっとあなたを満足させてあげられるから────」


 ジャオの顔はどんどんと下がり、地面を見つめたまま動かない。

 そして何かが溢れ出したように両手で顔を覆うと、静かにこう呟いた。


「俺は…………俺はどうしたらいい…………? とんでもない過ちを犯してしまった…………」


 今、ジャオの気持ちはヤエに傾いた。が、金を受け取ったという事実がジャオを縛り付けた。


 ────だがすぐさまジャオはある決断を下した。それは男気のあるジャオらしい答えだった。


「────@Q、悪いが俺は降りさせてもらう。金はキチンと耳を揃えて返す。やはり俺にはヤエを裏切ることはできなかった。金に目が眩んだ自分が情けなくて死にたいくらいだ…………」

「なにぃ? てめぇは約束を破る、そう言いてぇんだな? これは正式に交わされた契約なんだよ!! 今更そっち側に付きます、なんて通用しねぇんだよォ!!

 ──────とまぁ、俺も鬼じゃあねぇ。金を返すっつうんなら、話を聞かねぇ訳ではねぇ──────、じゃあ、そうだなぁ…………どうしてもってんなら、てめぇは今、ここで『自害』しろ」

「────えっ…………」

「だってそうだろぉ? お前が生きてちゃ俺達が困るんだからよぉ? お前を信じて、金まで渡したこの俺たちがよぉ!! 出来ねえなんて言わせねぇぞ? ぎゃははははははははははは!!」


 その場にいた者達は凍りついた。


 ジャオはただのプレイヤーでは無い。今日、この日まで何百万と課金してきた廃課金プレイヤーだ。当然、死んだら終わりのこのゲームにおいて、これは最もキツい提案である。それも、戦闘に敗れてでは無く、自らの手で終わらせろと言うのだからタチが悪い。


「ジャオ! そんな話は聞く必要は無いわっ! このゲームにそんなルールは無いし、そいつはジャオを揺さぶって楽しんでるだけよ!」


 ヤエの訴えもどこか上の空。この時ジャオの心は、既に答えに辿り着いてしまっていた…………あまりにも早すぎる決断。それ程、ジャオは居た堪れない気持ちになっていたのだろう。


「────。ヤエ……最後まで守ってやれなくてすまない。だけどお前には、俺なんかよりずっと信頼出来て頼れる仲間達がもう沢山居る。だから俺は安心だ」


 ジャオはあの時の様な優しい笑顔でヤエに語りかけた。


「ジャオ…………そんな…………やめてよ…………」

「俺にはケジメが必要だ。でなければ、この先俺はまた間違うだろう。だからこれでいいんだ」

「いや…………うそだよね…………?」


 ジャオは自らの防具を全て外すと、自分の持つ最も強力なスキルを自らに向けて放った──────


「スキル【百光槍】」


 ジャオを中心とし、無数の光の槍が空を覆い尽くすと、それは一斉にジャオ目掛けて襲いかかった!


「ジャオ─────っ!!」


 槍は四方八方からジャオに突き刺さり、串刺しになったジャオは無数の数字と記号の集合体へと姿を変え、徐々にその姿を無くして行った……………………


 最後のジャオは苦悶の表情を浮かべるでもなく、それはヤエの行く末を見守るかのような、どこか優しいものだった。


 ジャオの体が全て消え去ったあと、ジャオは死の代償としてD・ハスキーの時のようにアイテムをドロップした。

 それは地面に落下後イレギュラーバウンドを繰り返し、@Qの元へと転がって行った。


「なんだぁ? そこそこの課金者だったから、どんなレアアイテムを落とすのかと思いきや、こいつぁ…………とっくに終わっちまったイベントの宝石じゃねぇかよぉ。元々価値のねぇもんだったが、今となってはまったくの無価値ッ!

 くっくくくくくく…………ぎゃははははは! こいつは傑作だぜぇ!

 無価値なアイツにピッタリなドロップだなぁおい! 最高に笑えるぜぇ!」


 ジャオを死に追いやった挙句、死の結晶でもあるドロップまでもを馬鹿にし仰け反るほど笑った@Q。その声は静寂した夜空によく響き渡った────


「触るなあっっ!!!」

「ああん? こんな物に価値なんざねぇぜ? あるだけ無駄。存在するだけ邪魔。持ち物を圧迫するただのゴミ。ゴミは綺麗さっぱりこの俺様が握り潰してやんよぉ!!」

「やめろぉ! それはジャオの──────」


 ヤエが必死に止めるも、@Qは薄気味悪く笑いながら必死になるヤエを見て楽しんでいる。

 徐々に力を込め、目の前でヤエとジャオの思い出の宝石が──────



「あぁ……………………!?」



 宝石は@Qの手から突然姿を消した。


「なんだぁ……てめぇは?」


 @Qの視線は、宝石を手にする忍に向けられていた。

 宝石が壊される前に忍が@Qの手から奪い取り、一瞬にして距離を取る事に成功していたのだ。


『AGI(素早さ)に特化するように育てられたシーフ』


 恐らく忍は廃課金者ひしめくこのギルド戦に於いても、最も速い存在─────


「許さないぞ、@Q──ッ!!」

「てめぇが? 俺を? ぎゃはははははははっ! てめぇらはどれだけ俺を笑わせりゃ気が済むんだよ! 見たぜぇ? てめぇのステータスをよぉ。確かに速い、だがその他のステータスは平均以下! いや、寧ろこのレベル帯なら最底辺ッ!! 仮に攻撃が当たったところでノーダメージ確定だ。そんなてめぇが、俺を? ぎゃはははははははっ!」


 確かに@Qの言う通り。

 だけど、忍は立ち向かうと決めていた。例え勝ち目が低いとはいえ、それはゼロでは無い筈だから───


「おいおい、ギルドマスターさんよぉ? 可愛い下僕がまた死んじゃうぜぇ? いいのかよォ?」

「問題ない。初めからこうなる予定だったからな。さらに言うなら、お前は忍には勝てない────、そんな事より自分の心配をするんだな。そろそろ追い詰められている事に気づいたらどうだ?」

「あぁ??」


 @Qが前方を見上げると、そこには南にエリアから下ってきたBチームの姿があった。


「やっほ~。ヤエさん着いたよ~」

「ヤエちゃん遅くなってごめんよ。虎徹が味方を…………」


 虎徹と酒呑王子を初めとしたメンバー全員が手を振っている。どうやら皆無事だったようだ。


 そしてそんなヤエ達に更なる吉報が届いた。本陣を守るDチームが敵の殲滅に成功したというものだ。これは同時に@Qの耳にも入っていた。


「F・クロウが居たんだ……嘘だろ? アイツはトップランカー(戦力ランキング上位10名)だぜ? 冗談だろ……」

「冗談では無い。『かがぷり』の誇る最強トリオなら、例えトップランカー相手と言えど負けなど有り得ん。

 さあどうする? 時間的に今からではコチラの旗を折りに行くのは不可能。リーダーである私はいつでも本陣のハルと場所を入れ替わる事も出来る。そして私は絶対にお前を許す事は無い。チェックメイトだ、@Q────」


 ヤエに詰められた@Qは歯を食いしばり悔しさを滲ませた。が、油断は出来ない。殺戮を趣味とする@Qの事だ。これからギルドバトルとは関係の無い無差別殺人を行う事も十分想定できる。


 そこでヤエはある提案を示した。


 それは忍が最も望んでいた展開。いや、ヤエが最初からここまでを計算していた作戦。それは────


「@Q、そんなお前に最後のチャンスをやろう」

「なにぃ? チャンスだとぉ?」

「そうだ。お前には今から1対1で戦ってもらう。そこでおまえが勝てれば、このギルド戦、お前らの勝ちにしてやろう」


 皆がここまで頑張り、ジャオが死に、いよいよ@Qを追い詰め、勝ちはすぐ目の前にあるこの状況下でギルドマスターである姫凪八重が口にしたこの発言に、場は騒然とした。


「1対1だぁ!? 俺に勝てる奴がお前のギルドに居るってのか? 俺は強えぞ……? 課金額だけ見て言ってんならそれは大間違いだぜ。ゲームってのはなぁ、課金と同様に必要になってくるもんがあるんだぜ? それは『プレイヤースキル』だ! 俺はそんじょそこらのプレイヤーとは訳が違う。その気になればまだまだ課金もできるし、何より相手を殺す事に躊躇いはねぇ。対してお前のギルドはどうだ? どいつもこいつも甘ちゃんばかり。そんな奴らが果たして俺の相手になるのかねぇ?

 まぁ、やるっつうなら受けてやるけどよぉ。やればきっと公開処刑になるぜぇ。ぎゃはははははははっ!」


「なら決まりだな。@Q、お前の相手はそこに居る『赤月忍』だ。他の者には一切手を出させるな。わかったな」



 ──────ッ!


「こいつが!? 冗談だろ? さっきも言ったように─────」

「構えろ! @Qッ! 僕がお前を地獄に送ってやるッ!!」

「……………………こんのガキがッ!!」


 場は整った。

 一年前の精算を望む忍に対し、ヤエは全てをかけてこの状況を作った。


 そんなヤエに報いるために。

 忘れられない過去を、屈辱的な記憶を、忍はその手で乗り越える事が出来るだろうか─────




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