第14話 この世界には2種類の人間がいるわ


 @Qの買収工作によって戦況は大きく変わり始めた。


 当然【通信】を各リーダーと【共有】しているヤエはこの状況を全て把握している。

 が、ヤエとてそう簡単に指示を飛ばすことは出来ない。何故なら、敵の一軍が本陣に到着し、今まさにそれらと交戦中だったからだ。


 Dチーム。つまり、本陣を守るこのチームは、『姫凪八重』を筆頭にし『ちゅんこ』『(ΦωΦ)ふふふ』のツートップに加え『ルールー』『いっぬ』の布陣。他のチームに比べても手厚いが、迫り来る敵も中々のもの。赤子の手をひねるようにとはいかない────


 そんな逼迫する中、隙を見てヤエはAチームのハルとコンタクトを取っていた。


『聞こえる? 状況はちゃんと理解してるわ。だからハル、ちょっと場所変わってくれる?』

『えっ? そんな無茶な……姫様と私がですか!?』

『そうよ。それが最善の策であり全ての問題を解決する唯一の手段よ』

『……………………わかりました。私は誰よりも姫様を信じています。ご武運を────』

『ハルもね。めちゃくちゃ期待してるんだから! さっさとこっちの敵をぶっ飛ばしちゃってね! じゃあ行くよー!』


 ハルと通信を終えたヤエは、ここであるスキルを使用する。

 これは契約を交わした者同士が、お互いの同意を得て居場所を交換する特殊スキル。その名を────


「じゃあ『(ΦωΦ)』ちょっと行ってくるね。あとは頼んだわ! スキル【交換転移】」


 お互い信頼関係を結んだもの同士にしか使えない、極めて特殊なスキル。これによって、ヤエは一瞬にして最前線である敵の本陣にまで移動が可能になり、代わって最強の駒であるハルが味方本陣に返り咲くという荒業──────



 そんな事があったとは知らない忍や猫ロンジャー、ひいては敵の大将@Qまでもが、突如現れた姫凪八重に驚いた。


「えっ!? や、ヤエ!? なんでここに…………」

「もちろん、ヤエたんの飼い犬が暴走してるって聞いたから、ちょっとお仕置をしにね!てへっ☆」

「いや、「てへ☆」じゃないから! ここがどこで、今がどういう状況かわかってんの!?」

「当然だ。だから来たのだ。たわけが」

「た、たわけ……」


 場が総大将の登場で騒然とする中、誰よりも動揺している男が居る。それは裏切りの『ジャオ』


 来て早々、そんなジャオにヤエは静かに語りかけた。


「ねえジャオ。君は忘れちゃったみたいだけど、ヤエたんはちゃーんと覚えているよ。あの日のこと……君と初めてあったあの日のことは、今でもはっきりとね。

 ────そう。あれは私がスタスタを始めて間もない時だったわ……右も左もわからず、何をやっていいのかも理解していなかった私。そんな可哀想なヤエたんは、説明書を読みながら毎日が勉強中の日々だったの─────」

「あれ……なんか語り出した……」





 ■■■■■■■■■■■




 スタスタが配信されて最初のイベントは【燃えたドラゴン!~ほ熱ちゃー~】だった。

 仲間も友達もいなく、何をすればいいのかよく理解もしないまま姫凪八重はウロウロと森をさまよっていた。ここがそのドラゴンの潜むイベント会場だとも知らずに─────


 「ふむふむ。なるほど、装備できるスキルは10個……数も多いし、入れ替えにも高価なアイテムが必要になるからスキル選びは慎重に…………と。。。あれぇ? ここどこだろう……説明書に夢中になってて知らない場所に来ちゃったみたい」


 ヤエは迷子になった。

 自分の背丈の三倍はあろうかという石垣に囲まれ、見渡す限りにここは迷路。右に進めど左に進めど、出口どころか自分の現在地さえ把握する事が出来なかった。


「あわわわわわ……どうしよ……変な汗出てきちゃった……」


 焦れば焦る程焦りが募る。

 もしかしたらここで死ぬまでさまよい続けるのではなかろうかと、予期せぬ考えが押し寄せてくる。


 と、その時、石垣の曲がり角から物音が聞こえた。

 ヤエは自分の他にもプレイヤーが居たと思い、こころ踊らせながらその角を曲がった。するとそこに茶色の大きな体に、緑色の苔を生やした─────


「ドドドドドドドドドラゴン─────ッ!! 無理無理無理無理無理無理無理無理!!」


 このドラゴンの実力が如何程かは知らないが、目に映るそれは確実に強く、獰猛で、恐ろしかった。


 ヤエは身の危険を感じ、来た道を引き返す為体を反転させようとした─────が、足がまるで石になったかのように動かない!

 違う、なったかのようにでは無く、実際に石になっているのが、その目で確認できた。


「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理─────っ!!」


 なんとか足を前に進めようと踏ん張ってみるがビクともしない。

 それどころか石化現象はヤエの足から範囲が広がり、足首、ふくらはぎ、すね、と石化が進んでいった。


 これはこのドラゴンが放つ『石化の視線』

 ある高レベルモンスターだけが持つ特殊な能力────


「やだやだやだやだやだやだ! こんなところで死ぬなんて絶対に嫌だ!! まだ始まったばかりなのに!! 私にはこれからやるべき事があるんだからーーーっ!!」


 獲物をガッチリと捉えたドラゴンは、大きな足音をたてながらヤエへと近づいて来る。


 もうダメだ────、と思い目を閉じたが、いくら待っても痛みは襲って来なかった。

 恐る恐る目を開けたヤエの前に、どこからともなく一人の男が現れ、ドラゴンを牽制していた。


 男は『聖戦士』と呼ばれる職業らしく、その手に持つ槍はサンサンと太陽の光を浴び見る者の心を奪う程に眩く輝いていた。


「大丈夫か?」

「な、なんとか……」

「そうか、なら良かった。このドラゴンは炎のスキルが無いと倒せないんだ。でも大丈夫、こいつは俺が倒すからもう安心しな」


 なんと頼もしい言葉か────


 男はその言葉通りにドラゴンを危なげなく倒すと、その倒した後に宝石に変わった元ドラゴンをヤエに手渡した。


「はいこれ。君が見つけたドラゴンだから、この宝石は君の物だ。とっときな。

 でもそのレベルと装備でこんな所に来るのはあまり感心しないな」

「あの……私、道に迷っちゃって……それにこれ……受け取れないわ……何もしてないうえに命まで助けられたのに」


 そんなヤエを見て男はニコッと笑った。最初は堅物そうな人だと思ったが、笑うと意外と可愛いものだ。


「遠慮はするな」


 その笑顔にヤエの心は一気に開かれた。そして今までの言動が嘘のように男をまくし立て始めた────


「いいえ、やっぱり受け取れないわ。この宝石はあなたが持ってて。そんな事より、あなた名前はなんて言うの?」

「名前? 俺の名前か? それなら『ジャオ』だ。 聖戦士ジャオ。宜しくな」

「ジャオ…………いい名前ね。ねえジャオ。あなた今、とっても気持ち良かった・・・・・・・・・・んじゃない?」


 ヤエが自分より背の高いジャオを下から上目遣いで見上げると、ジャオは照れたような反応を見せ言葉を濁した。


「バ……バカヤロ! どういう意味だ……!」

「言葉の通りよ。

 そんなに課金してどうするの?

 なんの為に強くなるの? 強くなったその先には何があるの?

 いい? ジャオ。この世界には2種類の人間が存在しているわ。

 ひとつは『弱者を傷つける事で快感を得る者』もうひとつは『弱者を守る事で快感を得る者』よ。

 そしてあなたはその後者。うん、間違いないわ。どう? 違った?」


 ジャオは自然と自分の胸に手を当てていた。

 これまで色んなゲームに大金をつぎ込んできたが、それは一体なんのためだったのだろうと、ふと思ったのだ。

 それが、ヤエの言葉でその答えが導き出されたような気がした。


「ジャオ────、今日から私の騎士になってくれない? 」

「え……?」

「あなたが私を守るのよ! そしてそのお返しに私があなたに守られてあげるの! どう? いい案じゃない?」

「えっと……君が守られて……そのお返しに俺が守らせて貰って…………えっ?」


 頭がこんがらがってしまいそうな言い方をしているが、結局ヤエが言いたいのはこういう事だ。


「この最弱の私に着いてくれば、最高の幸福感を得られることを約束するわ! なにせ私は守られなければ生きては行けないからね! わははははっ!」

「なんか……よくわからんが、それはそれで楽しそうだ」

「契約成立ね! これから誰も見た事が無い世界を見せてあげるわ! さあ、行こう! ジャオ!」



 こうして姫凪八重とジャオは出会った。


 守る対価として守らせてあげるという、謎の約束を交わして─────




 ■■■■■■■■■■■




「─────────っ。ああ、今でも昨日の事のようにハッキリと思い出せるわ」


 目を閉じ回想に浸るヤエを見ていた忍は、つっこまずにはいられなかった。


「いや、なんか色々ツッコミどころ満載なんですけどっ!」

「相変わらず忍は全然分かっていないな。

 私が守ってもらう代わりに、姫を支え貢献しているという満足感や、存在意義、ゲーム自体へのモチベーションを与える。ここには利害関係がハッキリと存在しているのだ。誰しもが得をするこのシステム。そう、これこそが『姫プリズム』

 このギルドに集まったみんなは、多かれ少なかれこの気持ちを持っている。

 ジャオもそして海月も────、本質は弱い者を守ろうとする人間なのだと、私は思っている。みんな凄くいい奴なんだ」



 ■■■■■■■■■



 その言葉は【共有】を通してCチームのクビトに伝わり、クビトの口から海月にも伝えられた。


「────、だとさ」


 その言葉を聞いた瞬間、海月は糸が切れた人形のように崩れ落ちると、剣を地面に落とし肩を震わせた。

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