第10話 宝石が輝く為の力
ヤエの一言に拍子抜けをした忍。
てっきりヤエの事だから、何が何でも報酬を自らの手に納めると思っていたのだから当然である────
「今、なんて?」
「ここまでよく頑張って着いてきてくれた。敬意を評して宝箱の中身はお前にやろう────」
そう言ってヤエは宝箱に近づき、自ら崇高な宝箱に手をかけた。
「────、と言うとでも思ったか?」
「は?」
ヤエはいつものように悪そうな顔をして、中から眩いばかりの光を放つ星の欠片のような指輪を取り出した。
「いいか忍。お前は人を信じ過ぎている。前にも言ったように、この世界は汚い。いかに出し抜くか、いかに騙されないか、そしていかに裏切られないかが大切だ。それが例え仲間であったとしても、だ」
「ええ!? じゃあその指輪を僕にくれるっていうのは!?」
「もちろん、嘘だ。お前を出し抜き報酬を我が手に収めるためのな。
代わりにお前にくれてやる報酬は、今日ここまで来た経験だ。色々体験出来たんだ。中々いい授業になったんじゃないのか?」
「そんな……ちょっと期待しちゃったじゃんか…………」
ヤエの手にする指輪。限定のMR装備とあって他の装備品とは比べるまでもなく美しい。きっとその性能も計り知れないものなのだろう────
元々貰えるなんて思っていなかった為、すぐに諦める事が出来た。
今は早くその指輪をヤエが装備している姿が見たい。
最高難易度のイベントを攻略した証を惜しげも無く装備したその姿を────
忍が期待感を胸にヤエが指輪を嵌めるその瞬間を待っていたが、ヤエはその指輪を嵌めることなく再び宝箱に戻した。
「ええ!? なに? どうしたの!?」
「ダメだった。今日のイベントはこれにてお終いだ」
「ダメって……だからなんで!?」
ヤエは残念そうな様子を見せたが、その決断には迷いがなかった。
「この指輪を持ち帰るには120円の課金が必要だと言ってきたからだ。まったく、この運営のやり方にはガッカリだな」
「たった120円じゃないか! そんなの迷うこと無く課金すればいいんじゃ────」
「それではダメなのだ。無課金じゃなければダメだ。たとえ120円だろうと課金してしまえばそれはもう無課金者では無い」
なんという執着。
なんという執念。
なんという決意─────
たった120円を支払うだけで、限定で最高レアリティの装備が手に入るというのに。そこまで無課金にこだわる理由はなんだ……?
考えられない考え。
常識を超える行動。
意味不明な言動。
はっきり言ってしまえば、これまでの姫凪 八重 を見ていたらこんな考えが浮かんでしまう。
『この子の心は歪んでいる』
───────でも。
だからこそ忍は姫凪八重というプレイヤーに惹かれていくのだろう────
姫凪八重には決してブレることの無い信念がある。
それはこの月明かりのように、歪んだ心に射しこむ真っ直ぐな光。
その真っ直ぐな光は歪んだ心の中を通り、幾重にも屈折と反射を繰り返し、やがてそれは輝きとなって溢れ出す。
【プリズム】
幻想的に宝石が輝くための力───
忍はやっと理解した。
このプレイヤーの持つ独特な魅力は、他の誰でも映し出すことが出来ないとう事に。
「ん? どうした? 金魚みたいに口を空けて。餌でも欲しいのか?」
「あ、いやなんでもないよ。そっか。残念だったね。また次のイベントを頑張ろう」
「そうだな。さて帰るか。帰りに王子を拾ってやらんとな」
こうして突然始まったゲリライベントは幕を下ろした。
結果だけ言えばヤエはイベント報酬を得ることは出来なかったが、第1グループと第2グループはそれぞれ高難易度、最高難易度と報酬をゲット。
このイベントでの犠牲者はゼロと、まずまずの成果を上げた。
そしてそれ以上に大きな話題となったのは、姫プの八重歯こと姫凪八重がトップランカーである羽譜美を打ち破ったという事実だった。
その話は瞬く間に世界中に広まり、無課金者のみならずランカーたちの間でも話題となっていった────
■■■■■■■■■■
そして次の日────
「───────っていう事があったんですよ」
この日、落ち着いて話す機会のあった忍はギルドのみんなの前で昨日の出来事を全て話した。
「なるほどね。ヤエちゃんはそういうところはブレないんだよね」
真っ先に理解を示したのは酒呑王子だった。彼は続けざまにこんな話を語り出した────
「少し前、ヤエちゃんに現金を贈ろうとした人達が居たんだけど、ヤエちゃんはそれを受け取らなかったらしいよ。っていうか、僕も100万円程プレゼントしようとしたんだけどね。あっさり断られたんだよね。はははー」
「ひ、百万円!? リアルマネーですか!?」
「そうだよ。ヤエちゃんの気を引こうと、リアルマネーを持ち出す者も少なくないよ。彼女にはそれ程の魅力があるからね。でも絶対に受け取らない。これは信用ある筋の情報だから、事実だと思うよ。
だからこそ僕は余計に彼女のことが好きになったんだ。普通なら貰ってしまいそうなものだけど彼女は違ったんだ。
この子を落としたい。その一心で僕はゲームをやっているんだよね」
「は、はぁ……」
そんな過去があったことを知らなかった忍は驚いた。というか、そんな酒呑王子に呆れた様子がうわまわった。
リアルマネーで100万円を突っぱねるなんて中々できることでは無い。そのお金があれば、今よりトップにグッと近づける筈なのだ。
だが姫凪八重の目的は無課金でトップになる事。そこだけは明確だとハッキリした。
話をするうちに、忍は色々と気になりだし自分でも知らぬ間にヤエの元に出向いていた。
ヤエはホームのお花に水をあげながら、鼻歌交じりで上機嫌。昨日のイベント報酬の事など微塵も感じさせなかった。
「ねえ、ヤエ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」
「どうした? おっぱいのサイズか? それならノーコメントだ。想像しろ。青少年よ」
「いや、違くて……その、ヤエはプレゼントを受け取らないってホントなの? 姫プで成り上がるならプレゼントは受け取るべきなんじゃ……?」
その質問にキョトンとした顔をしたのはヤエだ。ヤエにしてみれば、その情報がどこから出てきたのか分からなかった。
「プレゼントなら随時受付中だぞ? なんならお前の持っているそのガチャチケットを貰ってやらんことも無い」
「────え? 話が…………いや待て、そう言えば初めて出会った時にちゃんと言ってた…………」
『この装備全てが他人の善意で回したガチャから得たものだ。装飾品も、服も、アバターも、全てが贈り物。』
言っていた。
確かにヤエはそう言っていのだ。
「一番高価なプレゼントを教えてやろう。お前がプレゼントをする時の参考にしていいぞ?」
「はあ?」
「私が受け取った今までで一番高価な贈り物は『
「さいせいのこな?」
「知らないか? まあ無理も無い。一般には出回っていない超激レアアイテムだからな。このアイテムは死後一定時間内であれば死者を復活させる事が出来るという、掟破りの秘宝だ」
そう言ってヤエは懐から小瓶を取り出して中を揺すって見せた。
「死者を蘇生!? そんなアイテムが……!」
「売ればリアルマネーで数百万はくだらないだろうな」
「そんな高価なもの一体誰から!?」
「王子だけど?」
「王子さん!?」
この一件のやり取りの間で分かったことは、売れば数百万のアイテムは受け取るが、現金は絶対に受け取らないという事。
無課金を貫くヤエにとっては、現金など無価値に等しいという事なのであろう。
それ程までに姫凪八重はゲームに生きている。
「わかった。ありがとう」
「もう質問は終わりか? なら私からも一つ話をしよう。次のイベントについてだ」
「次のイベント?」
「そう。イベントが終わればイベントがやって来る。それがMMORPGだろ?
そして次のイベントは、定期イベントである【ギルド対抗戦】だ。ギルドの威信と名誉をかけた大切なイベントだから、忍にも必ず出席して欲しい」
今まででギルドに所属すること無く過ごしてきた忍にとって縁のないイベントだったが、確かに二週間に一回位のペースで行われていた。
第一土曜日と第三土曜日の23時30分~0時30分までの1時間で行われる大きなイベント────
「それでだ。次の対戦相手のギルドなんだが─────、ここだ」
ヤエが持っていたタブレットに目を通した忍は、次の対戦相手のギルド名を確認した。
「【終焉の悪魔】? これまた物騒なギルドだね……………………え…………? いや待って……嘘…………だろ…………?」
ギルドの情報を見ようとタブレットをスクロールしていた時、忍の目に信じ難い情報が飛び込んで来た。
【
それが、ギルド終焉の悪魔のリーダーの名前であった。
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