第9話 課金者と無課金者は対等


 本当のところはどうかは分からないが、ヤエと羽譜美の関係はバチバチだった。それは向き合った二人がぶつけ合う視線を見れば分かる。


「姫プの八重歯、今日こそ負けないわ! どんな汚い手を使って登ってきたか知らないけど、例え連れが居なくとも、装備が無くとも、無課金者であるあんたに単純バトルでこの私が負けるはずがないもの!」

「これまで全敗してきた事は認めるんだな。意外と可愛い所があるではないか。いいだろう。そこまで言うなら試してやろう。丸腰のお前とフル装備の私、どちらが強いのかここで証明しようではないか」


 測ったようにジリジリと間を詰めていく二人。その様子は草原で出くわした蛇とマングース。

 味方であるはずのヤエが蛇役というのもおかしな話だが…………


「いい気にならないでよね! 無課金者なんてこの世界の養分でしかないんだから! 課金者の後ろを付いて回って、甘い汁を啜り続けるあんたになんて、絶対に負けないんだから!」

「バブミ、お前は一つ大きな勘違いをしている。課金者と無課金者は対等の存在だ」

「はぁ? 何言ってるの? 運営に金を落とさない無課金者が、課金者様と対等な訳無いでしょ!? そんなのちょっと考えればわかる話じゃない。時間あげるからポクポクタイムしてみたら?」


「…………? ポクポクタイムとは考える時間と言う事か? ならば必要は無い。私の考えは既に纏まっているからな。馬鹿でもわかるように説明してやろう。

 そうだな──、例えばこの世界から無課金者が居なくなったとしたらどうだ? まず微課金者がマウントを取る相手が居なくなる。そうすると、圧倒的に課金というアドバンテージが減るな。そうして旨味をなくした微課金者達が次第に居なくなる。次も同じだ。微課金者が居なくなれば、課金者が居なくなり、課金者が居なくなれば廃課金者が──、そうやって下から崩れていく未来が待っている。

 つまり、このゲームを支えているのは、ピラミッドの最底辺にして最大数を誇る無課金者なのだ!

 だから無課金者は廃課金者と同等。その存在自体に差などないのだ────!」


 ヤエの熱弁を聞いても全くピンと来ていない様子の羽譜美は、大きな欠伸をし口に手を当てた。


「長い! いちいち長いのよね! あんたの話は……スヤスヤタイムに突入しちゃう所だったわ!

 そういうのはいいのよ。課金者の私が無課金者のあんたに完膚無きまでに勝つ、今はそれが大事なのよ! まどろっこしいことは抜きにして、分かりやすくバトルで勝負よ!」

「そんな事だから毎回私に負けるのだ。その2000万円が泣いているぞ……まあ、いいだろう。バトルでお前を倒せば私の名声も上がると言うもの────」


 丸腰で初期コスチュームの羽譜美はまるでNPCのようだ。だが、そこから繰り出される右手に纏った炎は、熱く気高き炎! 通常プレイヤーが扱う炎とは全くの別物────!


 しばしの沈黙の後、二人は息を合わせたように同時にスキルを発動させる!


「スキル【爆炎】タイムーーっ!」

「スキル【グランドクロス】」


 内側から爆発するような炎と、D・ハスキーを一刺しにしたヤエの光の十字架が二人の真ん中辺りでぶつかり合った!


 瞬間的に目の眩むような光と肌を焦がすような爆風が巻き起こると、思わず目を瞑った忍の足元に瓦礫が転がってきた。


「ぷげっぷ……!」


 それは瓦礫では無くヤエだった。

 足元で転がり焼けた膝をフーフーしながら涙目になっているヤエを見て、忍は正直可愛いと思ってしまった。


「だ……大丈夫……ヤエ?」

「なにを笑ってるのだ!? お前なら死んでたぞ! それ程の威力だ! まさか丸腰でこれ程とは…………」


 焦った様子を見た忍は更に可笑しくなったが、確かに今の炎は桁外れだった。ヤエのスキルとぶつかり合って尚あの威力なのだから────


「きゅふふふふ! あったりまえじゃない! 私とあんたじゃ基本ステータスが違いすぎるもん!

 レベル・カンスト、スキルレベル・カンスト、ボーナスステータス・カンスト!

 武器が無くても、私には2000万という揺るぎないバックボーンがあるのよ! 負けるはずがないわ!」

「くぅ……ならば私は、もう一つ武器を使わせてもらおう……」

「もう一つの武器?」


 ヤエは酒呑王子を子犬のような目で見つめた。

 胸を締め付けるような哀愁漂うその瞳は、言葉無くしても酒呑王子の心をグッと掴んで離さない。


「王子ぃ……」

「やれやれ、わかったよ。僕の出番だね。初めからそうすれば良かったのに」


 ヤエの武器、それは人脈。

 幾ら羽譜美が強かろうと、この酒呑王子相手ではどうか────


「武器って女の武器じゃないっ! ああ……イライラタイムが発動しそう!

 まあいいわ。酒呑王子ね。不足は無いわっ! ここで圧倒的力の差を見せつけて、世界に名を轟かせてやるんだから!」

「丸腰の女の子相手じゃ気が引けるけど、我らが姫様のご命令なんでね。悪く思わないでね」


 1300万VS2021万のランカー対決が始まった!


 これに巻き込まれれば並のプレイヤーなら一瞬にして消し飛ぶ事だろう。

 事実、二人のぶつかり合ったその衝撃だけで、忍の体がはね飛ばされそうだった。


 勝負のゆくへは──、全くの五分と五分。

 酒呑王子が勝つ可能性もあるが、負ける可能性も存分にあった。


「僕が抑えている間に上の階へ進むんだ!」


 酒呑王子のその言葉に、忍とヤエは本来の目的を思い出した。


「よく聞くんだ張り紙さん! 排除される邪魔者はこの僕だ!! 上の階にはこの2人が進む! さあ道を開け!」


 戦いながら張り紙に訴えかける酒呑王子に、忍の心が動いた。


「ヤエ、行こう!」

「そうだな。私達には私達の役目があったんだったな」


 先に進もうとした忍とヤエに、突如見たこともないような炎の龍が襲いかかってきた。先に進むのを阻止しようとした羽譜美が放った龍だ。


「行かせないわっ!」


 それを間一髪の所で酒呑王子が輝く剣で受け止めると、酒呑王子は瞬く間に激しい炎に飲み込まれた!


「ぐああ……!」

「王子さん……!」


 酒呑王子は炎に飲まれながらも、片手で大丈夫とアピールし、2人に早く行けと促した。


「行くぞ、忍!」

「う、うん!」


 忍とヤエの前の時空が歪みエレベーターが現れると、2人は急いでそれに乗り込んだ。


 扉が閉まると同時にゆっくりと上昇を始めたエレベーター。

 酒呑王子に足止めを食らった羽譜美が、実に悔しそうな顔をしていたのが最後に見えた────


 これまでと違い、ゆっくり上昇していくエレベーター。まるでラスボス前に始まるゲームの演出のように、ゆっくり、ゆっくりと登っていく…………


 その緊張と沈黙の続く重苦しい空間で、唐突にヤエが口を開いた。


「────忍、お前は私のことをどう思う?」

「え…………? なに……急にどうしたの……」

「これまで見てきた通りだ。私は誰にでもいい顔をする。媚びて、取り入り、利用する。時には物のように扱い、切り捨てる。いい印象なわけが無いのは自分でも分かっている。

 私が巷でなんて言われているか知っているか?

 ─────、私は影で【非女ひめ】と呼ばれている。非情の『非』に『女』と書いて非女だ。勘違いした困った女を指すゲーム用語なんだが、中々上手い蔑称べっしょうだろ?

 だが私はそれでもこのやり方を貫くつもりだ。たとえ誰がなんと言おうとだ。私には目的があるからな。

 しかし、ある時ふと気になってしまうのだ。仲間に……お前にどう思われているのか……とな。笑ってしまうだろ?」


 目を合わせることなく話すヤエの横顔は、いつもの自信に満ち溢れた顔ではなく、どこか人間味が溢れていたが実に切なそうだった。


 「僕は…………」

「ハッキリ言ってくれて構わない」

「嫌…………じゃない、かな? うん、改めて聞かれると、僕の答えは『嫌じゃない』だ。そりゃ初めは色々思う所も多々あったけど、なんて言うか……それだけ本気なんだなって思う。真剣に向き合って目的に向かう姿に、なんかよくわかんないんだけど……応援したくなるかな? はははっ。何言ってんだろ僕。とにかく嫌じゃないよ。嫌だったらとっくに距離を置いてるよ」


 忍の答えにヤエはただ一言「そうか」と答えたきり、エレベーターの行く末を見るように上を向いたまま口を閉ざした。


 そして暫くするとエレベーターはゆっくりと止まり、扉が開かれた。


 そこは塔の頂上部分で、屋根はあるものの壁が吹き抜けになっており、いつの間にやら外は暗く夜になっていた。


 その部屋の中央に祭壇らしきものがあり、月が照らし出されキラキラと輝く『宝箱』が威光を放ちながら置かれていた。


 その宝箱の傍に、これまで同様に張り紙が置かれてあった為、まずは忍がその貼り紙を読んだ。


『二人の勇者よ。よくぞここまで辿り着いた。これが最後の試練だ。この宝箱の中にはイベント限定の強力なMRミラクルレア装備が入っている。だが手に入れる事が出来るのは一人だけ。どちらがこの貴重な装備を手に入れるか決めるのだ。さあ、略奪の時だ』(原文ママ)


「なるほどな。ここまで協力させておいて、最後は奪い合わせるか。中々ゲスい運営だな。だが生憎我々はこの装備を手に入れるのは誰か、初めから決まっている」

「うん」

「忍、この装備をお前にやろう」

「─────え?」




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