第8話 確かに強い。だが致命的に残念な奴だ。
塔内に足を踏み入れた5人。
中はそれなりに広く、石造りの塔は至る所の割れ目から草木が生え、緑の弦が伸びていた。
さながらダンジョンと言うべきか。ゲームであるが故、当然と言ってしまえばそれまでなのだが。
「雰囲気たっぷりだね…………ねえ、あれを見て」
そんな中、忍は塔の片隅にある物を見つけた。
それは壁に貼られた古びた紙で、そこにはこう記されていた。
『よく来た勇敢な五人の勇者達よ。ここから先へは一人を残して先に進むべし。さあ選択の時だ』(原文ママ)
「なんだこれ?」
「ここから先に進めるのは四人だけという事だろう」
「ここで一人を見捨てるって言うのか!? そんなのって────」
5人で協力しながら攻略するイベントだと思っていた忍はその文面に憤った。
来てそうそうこんな所に一人だけ残して先に行くなんて、酷いと思うのは当然である。
だが、それとは逆の意見を持つものも居る。同じく無課金者のましゅまろだ。
ましゅまろは静かに手を挙げ、自分が残るとアピールした。
「ましゅまろちゃん!? ここで抜けるんだよ? それでいいの!?」
「忍くん。気持ちは嬉しいけど、私は全力で皆の役に立ちたいの。ここに残って一秒でも早く皆を先に進めることが、今の私の役目。だから、いいの」
「そんな……ヤエ、ヤエはどう思うの!?」
困惑する忍が意見を求めたのはリーダーであるヤエだった。しかしヤエの答えは忍が求めていたものではなかった。
「ましゅまろちゃん、ありがとう。見送ったらすぐにコレを使ってホームに帰るといいよ」
ヤエはあっさりとそう言って、ましゅまろちゃんに羽の形をしたアイテムを手渡した。
「ヤエ……!」
「そうだな。忘れるところだった。これをしとかないと後々面倒だからな」
と、ヤエは懐からマジックを取り出すと、張り紙の『一』の部分を『二』に書き換えた。
「ヤエ……!?」
「ヤエちゃん、それはダメだよ」
「王子さん!」
「ここはこうしないと」
そう言って酒呑王子は『二』を更に『三』に書き換えた。
「王子さん!?」
「おおー!」
「いや、おおー!じゃなくて……本当にましゅまろちゃんを置いていくのかって話を────」
忍が話し始めた途端、あれだけ楽しそうだったヤエの表情が固く変わった。
「忍、これは決定事項だ。チームの輪を乱すと言うなら、例え忍だとしても私は許さん。ましゅまろちゃんは自ら望んでその道を選んだのだ。泥を塗るような真似はしてくれるな」
「そんな…………」
あまりの迫力に正直ビビった様子を見せた忍がそれ以上意見することは無かった。
忍の心にモヤモヤする感情だけを残して、四人になったパーティーで先に進むという決定が下された。
その瞬間、ヤエ達の前に時空が歪み突如エレベーターのような物が現れた。それは人一人が乗るのがやっとの大きさで、その数はキッチリ4つ。これに乗れという事なのだろうか。
4人はそれぞれエレベーターに乗り込み、笑顔で見送るましゅまろに手を振った。
「皆さんの健闘を祈ります。ヤエさん。必ず報酬をゲットして来てくださいね」
その表情は一遍の悔いは感じられなかった。それを見た忍は、自分が間違っていたのかと自問自答を繰り返した事だろう────
エレベーターはものすごい勢いで上に登り、あっという間に次の階へと辿り着いた。
扉の先の景色は、先程よりも緑が色濃く感じられる空間だった。
苔が生え、水の流れる音のする世界。例えるならばここは天空の城────
「凄い場所だね……あっ、また張り紙がある……」
「本当だな。どれどれ」
下の階にあった物と同じ張り紙がこの階にもあった為、4人はその紙の元へと集まった。そこにはこう書かれていた────
『上を見よ。さすれば道は開けるだろう。さあ、犠牲の時だ』(原文ママ)
「上?」
一同が上を見上げると、天井にはあからさまにスイッチが設置してあった。
「これを押すのかな? でもちょっと高いな……」
「ここは拙者に任せるでござる」
そう言い出したのは『プルーツ』。
彼は課金額1000万のゴリゴリの廃課金者で、職業は『忍者』
彼は身軽に飛び上がると、器用に天井に張り付いた。そしてボタンを押すと、またしても空間が歪んだようにエレベーターが現れた。
「おお! これで上に行ける!」
しかしそう簡単には行かなかった。
エレベーターが現れているのは、ボタンを押しているその間だけ。つまり、誰か一人がボタンを押し続けている必要がある。
「ボタンは拙者が押しておくので、構わず先に行くでござる」
この状況では仕方が無いが大幅な戦力ダウンになる事は間違いない。5人居なければクリアが出来ないというルールを、今になって理解した。
「ヤエ、ここは仕方ないけど先に進もう。ましゅまろちゃんやプルーツさんの為にも、僕達は必ず最上階に行くんだ」
「一丁前な事を。さっきはぴーぴー言っていたくせに。そんな事は百も承知だ。間接的に私を下げるのはやめろ。
────よし、行くか……とその前に……」
ヤエはまたしても懐からペンを取り出し、張り紙の冒頭部分に強引に文字を付け足した。
『装備を全て捨てろ。そして>上を見よ。さすれば道は開けるだろう。さあ、犠牲の時だ』(原文ママ)
「いや、なにこの取ってつけたような吹き出しは! バレバレ過ぎて最早ただの落書きでしょ!!」
「忍、ゲームは楽しく、だ。ジョークにマジ指摘されると正直冷める」
「…………くっ」
正直カチンときたが、忍はぐっと堪えた。ヤエに勝てない事はもちろんの事、恐らくチームワークが試されているイベント故に、これ以上の争いは避けたい所だったからだ。
────忍は大人の階段を一段昇った。
「忍、お前の出番だ。追っ手が居るか確認してくれるか?」
「えっ? 僕…………? そうか、僕にも出来ることが…………わかった。やってみる」
ヤエの言葉をすぐに理解した忍は、シーフ専用スキルである【探知】を使用した。
このスキルはダンジョンやマップ内に存在する、人やモンスターの動きを簡易的に探知出来る能力である。
「………………来てる……来てるよ! すぐ下の階だ! 人数は……5人で間違いないよ!」
「そうか。ならば急ぐ必要がありそうだな。プルーツ、もうすぐここに追っ手が来るみたい。出来るなら足止めして欲しいところだけど、無理そうなら気づかれる前に逃げてね!ここはあくまで最高難易度の塔だという事を忘れちゃダメだからね! 絶対に死なないで」
「御意」
忍に対する態度とプルーツに対する態度の違いに不満を抱きながらも、忍はプルーツがボタンを抑えている間にエレベーターに乗り込んだ。
「プルーツさんありがとうございます、行ってきます」
「プルーツが居てくれて助かったわ! あとは任せてね!」
「ヤエちゃんの護衛はこの酒呑王子に任せるといいよ。安心してホームでお茶を飲みながら待つといい」
労いの言葉をかけられたプルーツもまた、ましゅまろ同様に笑顔で3人を見送った。
無課金で役に立たなそうな忍を差し置いて、1000万プレイヤーのプルーツが残る。これが当たり前のように行われる事に、忍の考えは今、少しずつ変わり始めようとしていた────
エレベーターは再び勢いよく上昇を始める。
そして扉が開かれると、そこに広がっていたのは更に緑の濃くなった部屋だった。
草木がお生い茂り、花が咲く。塔内だと言うのにとても明るい。例えるならば、ここは植物園。
「うわぁ……本当に塔の中なの……」
「綺麗だな。VRがあれば旅行など不要に思えてくるな」
「あっちに張り紙があるね。行ってみよう」
3人は
『ここから先は二人だけの空間。邪魔者を排除せよ。さあ、決別の時だ』(原文ママ)
「────っ! いきなり物騒な内容だね……」
「排除せよとは、殺すということか? もしそうならこのイベント攻略はここで終わりだな」
「流石に貴重なプレイヤーを強制的に殺すようなイベントは無いと思うけどね」
3人が張り紙の前で頭を悩ませていると、忍のスキル【探知】に反応があった。
「────っまずい! 来てるっ! 追っ手がここに上がってきてる!」
「なに……?」
忍はすぐに知らせたつもりだったが、時すでに遅し。
貼り紙を眺める3人の後ろでエレベーターが開く音が聞こえ、一人の女の子のが現れた────
「さあ追いついたぁ。きゅふふ、ボコボコタイムのはっじまりー!」
下の階にはプルーツが居た筈で、そこを潜り抜けて来たと言うことは───
忍は恐る恐るスキル【識別】を使用した…………
『名前・
性別・女性
職業・魔女
レベル・70
一言・『メロメロタイムがはっじまるよー!』
課金額・2021万円』
「────にっ!?」
「驚いたか? スタスタで唯一の女性トップランカー(戦力トップ10)だ。まさかここで出逢うとはな。バブミ」
「バブミって言うなぁ! それ以上言ったらプンプンタイムになっちゃうんだから!」
名前を弄られた羽譜美は怒り心頭で地団駄を踏んだが、ヤエはそれに全く動じる様子は無い。何故なら────
「バブミよ。お前は既に負けている事にまだ気づかないのか?」
「どういう事よぉ!!」
「お前は確かに強い。だが致命的に残念な奴だ。たった一人で、それも丸腰で私達に勝てると思っているのか?」
その言葉に羽譜美はハッとした。
羽譜美は一人。対して相手は3人。
羽譜美は丸腰。対して相手はフル装備。
「な……あ、あんた達ぃ! まさかズルしてここまで来たんじゃないでしょうねぇ!? もしそうならリンリンタイムなんだからね!」
「あの……リンリンタイムってなんですか……?」
「通報するって事よ! そんな事も分からないの!?」
「ひぇ……」
塔攻略も後半戦。
目の前に立ちはだかるのはスタスタ唯一の女性ランカー。
ヤエ達一行の運命や如何に──────
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