第6話 ゲリライベント始めちゃいまーす
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あの日以来、忍の活動拠点はホームになった。『かがぷり』メンバーとも少しずつ距離が縮まり、上位ランカー達と接する機会も増えてきた。
昼間はヤエにキャリーをしてもらい、逆に夜はヤエをキャリーするという生活が続いたが、それを特に苦にするという事は無かった。
ホームに帰れば皆がいるし、たわいの無い話でも盛り上がった。
まだまだ会話に入って行くのは中々難しいが、話を聞いてるだけでも楽しかった。
そんな充実したある日、忍はヤエに呼び出された。
「忍も結構レベルが上がったな。貯まった『ステータスポイント』はどの様に振り分けているんだ?」
「んー。AGI(素早さ)を集中的に上げて、余ったのは全体的にバランス良くって感じかな」
この【スタスタ】というゲームではレベルアップに応じてステータスポイントというものが貰え、それをHP(生命力)やATK(攻撃力)などの様々なステータスに自由に割り振振る事で、オリジナルのキャラメイクが出来る仕様となっている。
このステータスポイントの比重が結構高く、その気になれば物理攻撃で勝負できる魔術師、なんて事も可能になる。
「今もポイントは貯まっているのか?」
「そうだね。レベルが上がるのが早すぎて、かなり溜まっちゃってるね」
「それは都合がいいな」
「え?」
「忍、これからはAGI(素早さ)だけにポイントを割り振るようにしろ。お前は最速のシーフを目指すんだ」
「素早さだけ!? そんな事したら他のステータスが───っ」
動転した忍の肩をポンと叩き、ヤエは諭すように説明しだした。
「まあ聞け。無課金で課金者に立ち向かうには、ある程度の犠牲は必要だ。でなければ課金している意味が無いからな。
特にこのゲームでは、死んだら終わりというシステム故、強い者程有事に備えてバランス型のステータスに育てる傾向が強い。つまり最も単純で結果が出やすいのは、その傾向を打ち破る特化型ステータスだ。
その中でもAGI(素早さ)は元から上げている者が少なく、軽視されがちなステータス。その反面お前は既に最初からAGIを高めに振ってあるし、最適だと思うのだが?」
「た……確かに。僕自身、何か人とは違うステータスでなければ差別化されないなとは考えていたけど、今から全部のステータスポイントを……か……。よし、わかった。そうするよ」
「やけに素直だな」
「あんな化け物クラスの人達の中じゃ僕の生きる道はそこしか無さそうだし、なんだかんだ面白そうだからね」
こうしてヤエの口車に乗った忍は、持っていたスキルポイントを全てAGIに振り分けた。
「それともう一つ。ギルドに入った記念に私からささやかなプレゼントをやろう」
「っても大したものじゃないんでしょ……」
「ほう。これが要らないというのか。さすが忍だな。私のように人の手は借りないというわけか。そうかそうか。ならば仕方ないな」
期待感のない返事をした忍に対し、ヤエは右手でチケットらしき紙を広げながら煽った。
「そ……それは……! 装備UR確定チケット……!!」
「幾ら決まったものしか出ないガチャチケと言えど、流石にSRよりは性能が高いが、忍が要らないというならば無理に渡すことも無いな。後で他の無課金者にでも配って恩でも売るとしよう」
「いや……ちょっと待って……!」
「ん? どうした忍? 言ってみろ。私はどちらかと言えば話のわかる人間だからな。さあ言うのだ」
ヤエの煽り能力は高かった。
正直ムカつく。ムカつくのだが、目の前のチケットでガチャを引けば確実にUR装備が手に入る……
忍は沸き立つ気持ちをぐっと堪え、ヤエに向かって大きく頭を下げた。
「ヤエさん! 僕なんかの為に記念にチケットをくれるなんて感激です! あざーっす!!」
「ふん。最初からそうしていれば可愛げもあるのにな。ほれ、元々忍にあげるつもりの物なのだ。受け取れ」
このチビ覚えておけよ、と思ったかどうかは分からないが、とにかくチケットは手に入れた。
これでいい装備が出れば、そんじょそこらの無課金者にはまず負けないだろう。
そしていつかヤエにも追いつき────
「ふふふふ……」
「どうした? 気持ちの悪いやつめ」
忍は待ちきれなかった。
一人静かなところでひっそりとチケットを使っても良かったのだが、はやる気持ちを抑える事がどうしても出来ず、早速このチケットを使うことにした。
忍がチケットを纏めて5枚空に向かって投げると、広がった青空に白い鳥の大群が羽ばたいた。確定演出である。
そのあと、空からゆっくりと落ちてきた輝く宝箱を手にした忍は、それを期待感溢れる手で開いた────
忍にとっては初めてのUR装備。興奮するなという方が無理だろう。
「さあこい! 僕の、UR────っ!」
『おめでとうございます! 忍は【デスハンドの服】を手に入れました!』
「げぇ!? これ、あの激ダサシリーズ…………」
全身に気持ち悪い手形の付いた悪趣味な軽装備。相変わらずのダサさだが、言ってもUR。
『おめでとうございます! 忍は【デスハンドネックレス】を手に入れました!』
「…………え………………?」
『おめでとうございます! 忍は【デスハンドシューズ】を手に入れました!』
「いや……ちょ、ええ!?」
『おめでとうございます! 忍は【デスハンドネックレス】を手に入れました!』
「いやいやいやいや……おかしくない? ま、まあこんな事もある……のか? いやゼロではないか…………せめて武器、そう! RPGの花形である、いい武器さえ手に入れば……!!」
『おめでとうございます! 忍は【デスハンドソード】を手に入れました!』
「うああああああああああ────ッ!! 嘘だ嘘だ嘘だ─────っ!
呪われてる……完全に呪われてるぅ!
これはデスハンドリングの呪いだぁぁぁ!」
全身ダサ装備で固めて街を歩く姿を想像したら鳥肌が立った。
傍らではヤエが真っ赤な顔をして笑いを堪えており、時折口元から空気が漏れる音が聞こえてくる。
「酷い…………あんまりだ…………」
「忍、お前がさっき言ったように、ふふ……
この装備はダサくてもURだ。ふふふ……
死んだら終わりのこの世界で、ほんの少しでもステータスが上がるのならば……ふふふっ…………
すまん、少し深呼吸をしてもいいか?」
「笑ってんじゃないよっ! 僕には例え弱くても、全身このダサダサ装備で固めるなんて───、できないっ!」
忍は【デスハンドソード】を遥か彼方に投げ捨てようと拾い上げた。そして、力いっぱいそれを投げ────
「うわああああああっ!! 離れないっ! ガッチリキャッチされて離れないんだけどおおおお!!」
デスハンドソードの柄の部分が手の形になっており、忍と握手するような感じでガッチリと握って離さない。
「忍、落ち着け。見た目はアレだがステータス自体は悪い装備ではない」
「じゃあなんだ! ヤエはステータスさえ上がれば『水着』だって装備するって言うのか!?」
「無論だ。ステータスが一でも上がるなら、私は喜んで裸で街を練り歩こう」
ヤエの目は真剣そのものだった。
その目を見た忍は自分の事が恥ずかしくなった。本気でゲームをやるという事はこういう事なのか……と。
「…………ごめんヤエ。せっかくプレゼントしてくれたのに僕は…………この装備、有難く使わせてもらうよ! ありがとう!」
そう言って忍はデスシリーズで全身を固めた。その姿は一言で言うならば『痛いヤツ』だが、今の忍にそんな事は関係なかった。
「今日は随分と物分りがいいんだな。そんなにURが欲しかったのか?」
「いやそうじゃないけど、まさかヤエが水着でも着るなんて言うとは思わなかったからさ。そんなキャラじゃなさそうなのに。やっぱり本気度が違うよ。僕も見習わなきゃな。うんうん」
「ああ、あれか? 嘘に決まっておるだろ。お前は何を想像しているんだ? スケベなヤツめ」
「────えっ?」
「さあ、行くぞ。そろそろホームに帰ろう」
「………………………………。」
なにはともあれ強くなった事は確かだ。このレベルと装備ならばダンジョンに行っても、そう易々と死ぬ事は無いだろう。
忍とヤエは一旦ホームに帰り、一時の休息をとることにした。
そして二人がホームに帰ってきた、丁度その時────
突然ファンファンファンファンとサイレン音が鳴らされ、世界中が赤い光に照らされた。
そしてその後、全プレイヤーの耳に届くように【ワールドアナウンス】が流された。
『あーあー。みなさーん! Star Of The Star を楽しんでますかー? そんな皆さんの冒険を更に盛り上げるために、これから恒例のゲリライベントを始めちゃいまーす!』
「ゲリライベント──!?」
「やはり今週も来たか」
『これから説明するルールをよーく聞いてね! 参加は自由! どんな人でも大歓迎!
この機会にゲームを楽しみながら豪華な景品をゲットしちゃおー! さあ、準備はいいかなー?』
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