第5話 輝け!姫プリズムへようこそ


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 場面は変わり、ヤエ達一行はその足で近くの街【マジャール】へやって来ていた。

 街中まちなかを歩き、ヤエのギルドがあるというギルドハウスへ向かっているのだが、なにやら視線が痛い。


 ヤエ達を見た人達からは、ヒソヒソと話し声が聞こえてくる様な気がした。その内容は大まかに分けてこんな感じだ────


『おい見ろ、姫プの八重歯だ』

『あれが噂の…………』

『他人の金でのし上がるっていうね』

『本当に無課金なの?』

『出た姫プの八重歯』


 ヤエの存在は忍が思っている以上に知れ渡っているようで、その可愛いらしい見た目とは裏腹な破天荒なやり方と目標で注目を集めていた。が、全体的にその目は冷ややかだ。


「な、なあ……なんか色々言われてるんだけど……」

「私はかわゆいからな。注目されても仕方ない」

「いやそうじゃなくて……流行りに乗ったような、変なあだ名も付けられちゃってるし……」

「別に悪い事をしている訳では無い。堂々としていろ。それにあだ名を付けられるということは、それだけの存在になったと言うことだ。私もここまで来たかと実感出来て何よりだ」

「そうなのか……」


 プレイヤーの視線をくぐり抜け、ヤエ達は一軒の建物の前で足を止めた。

 黒猫が大きく口を開けたモチーフの門を構えた、二階建て高級アパート程度の外観だ。


「ここが私のギルドメンバー『輝け!姫プリズム』が過ごす場所【ホーム】だ。では、早速入るぞ」

「えっ? そんな急に──」

「何を言っている、実家に帰るのにノックをする奴が居るか?」


 ヤエはガチャりとドアを開け、ホームに足を踏み入れた。


「やっぽー! みんなただいまー! くるくるハッピー! 今日はみんなに新しいお友達を紹介しちゃうぞー!」


 必殺、猫かぶりが炸裂。

 最初は驚いた忍も二回目となれば、そういうものだと割り切れた。


「さあ忍、さっさと挨拶しろ」

「僕にだけ辛辣なのはなんなの……」


 忍はホームの中をざっと見渡した。


 分かる。この人達がただのプレイヤーでは無いことが。装備もそうだが、顔つきがその辺の一般プレイヤーとは明らかに違う。

 これまで関わってきたプレイヤーとは全く違う雰囲気に飲まれそうだ。


「は、初めまして! 赤月 忍と言います!」

「今日から『輝け!姫プリズム』(略称『かがぷり』)に入る事になったよー! みんな仲良くしてあげてねー!」

「え? 僕、このギルドに入るの?」

「当たり前だろ。私の物なのだからな。何回も言わすな」


 ──と、忍が驚いている間に、わらわらと集まって来たギルドメンバーにあっという間に取り囲まれてしまった。


「わっわっわっ……」


 老若男女、見た目は色々だがその威圧感と言ったら半端ではない。


「ほぅ。この子が『姫』の言ってた子かいな」

「ひ、姫!?」

「ヤエちゃんの推薦なら間違いないよ!」

「えっ……いや、そんな大した力は……」

「おい小僧、俺様の姫に手を出したらぶっ殺すからな!」

「ひぇ…………」


 見兼ねたヤエが集まったギルメンを可愛く一喝すると、ギルメンは速やかに忍から離れた。

 ここだけ見ても、ヤエの言うことはしっかりと聞く統率の取れた集団だということがよく分かる。


「忍、ちょっとホームを見て回ったらどうだ? 慣れるまでは苦労もあるだろうが、慣れてしまえば居心地がいい場所になるだろう。皆、私の自慢のギルメン達だからな」

「う、うん」


 しかし見れば見る程納得がいかない。

 無課金のヤエに何故これほどまでの亡者が集まっているのか…………


 ギルメンの殆どが、明らかにヤエよりも格上。例えば、ソファーに腰を掛けているこの男────


「あの……ちょっと聞いてもいいですか?」

「なんだい? 新入りくん。この【酒呑王子しゅてんおうじ】に、なんでも聞いてくれたまえ」

「酒呑王子さん────」

「王子でいいよ」

「お、王子さんはなんでこのギルドに居るんですか……めちゃくちゃ強そうなのに」


 名前・【酒呑王子】

 職業・王子

 性別・男

 レベル・70

 課金額・1300万円


「いっせんさんびゃんまんっ!?」

「お? 識別のスキルを持っているんだね。これは中々貴重な人材だね!

 課金額は相手を牽制する意味合いもあって、【フィルター】薄めに設定しあるんだよ。君のように驚いた人と、無駄な争いを起こさない為にね。自慢したい訳じゃないから気にしないでね」


 フィルターとは、個人情報をどこまで開示するかという設定。

 薄くしておけばレベルの低いスキルでも見る事が出来るが、逆に厚く設定しておけば、絶対に見せないようにすることも出来る。


「凄い課金額……まだ配信開始から三ヶ月ですよ!?」

「このクラスなら結構居るよ。実際このギルドにも何人か居るしね。例えばあっちでパズルを組んで遊んでいる【ちゅんこちゃん】、あの子は1700万プレイヤーだよ」

「いっせんななひゃくまん!? あの子が!?」


 忍の視線の先では、小さな子供が真剣にパズルを組み立てて遊んでいた。何も知らなければ、ただの近所の子供となんら変わらない。


「まだ最初の質問に答えてなかったね。僕がここに居る理由は、姫凪 八重 、あの子に心底惚れているからだよ。惚れた女性の傍に居たい。ただそれだけさ」

「マジですか……」

「僕は本気だよ。このギルドに集まっている殆どのプレイヤーは、姫凪 八重 というプレイヤーの魅力に取り憑かれた者ばかりだ。とは言っても、どこに惹かれているかは皆それぞれ違うようだけどね」


 どこにそんな魅力があるのかと、忍が思わずヤエの方を見ると、ヤエが投げてきた何かが頭に直撃した。


「あ痛っ! なにするんだよっ!」

「視線がいやらしかったからな。気をつけろ」

「誤解するのも程々にしとけよ……!」


 そのやり取りを見た酒呑王子は微笑ましく笑っていたが、当の忍は不愉快だった。


「ヤエたんって本当見てて飽きないよね。人によってコロコロ態度変えるし、無鉄砲だし、時にえげつないし。でも僕はそんな所が好きなのさ」

「へ……へぇ……」

「このギルドに入るの、結構苦労したんだよ? 地獄級のダンジョンで、まる3日待ちぼうけを食らったんだ。あれは死にかけたなぁ……今となってはいい思い出だけどね。新人くんも何かやられたんじゃないのかな? 入隊試験」

「────え? 僕は…………」


 一瞬、4日間単調なイベントをキャリーさせたのはそういう事だったのかと考えたが、やっぱりヤエは私欲のためだと思った忍は言葉を飲み込んだ。


「僕は特にそういうのは」

「そうなんだ。新人くんは随分と気に入られてるんだね。少し嫉妬しちゃうかな。でも今日からは仲間だ。仲良くしようね」

「は、はい! 宜しくお願いします王子さん」

「じゃあ何か困ったらいつでも相談してね」

「急に話しかけてすみません。あの、ありがとうございました」


 こんなに強い酒呑王子でさえ忍の事を見下したりはしなかった。ヤエが自慢のギルメンと言うだけのことはある。

 しかしこのギルドは見れば見る程凄いメンバーが揃っている。


 例えばあっちで談笑している【プルーツ】さんは、レベル70の1000万プレイヤー。


 一人でせっせとお掃除に励んでいるのは【クビト】さん。こちらもレベル70で888万プレイヤー。


 そして何故かホームの中に犬小屋を構え、その中で寛いでいる【(ΦωΦ)】さん。この人は名前以外全てが謎に包まれているが、明らかにただものでは無い。


 だが廃課金者の集まりという訳では無い。微課金者や無課金者も何人か居るようで、忍が無課金と知るや数人の無課金者が寄ってきた。


「忍くんも無課金なんだって?」

「お互い頑張ろうぜ!」

「ねーね、今度一緒にレベリングに行こうよ!」


 次々に話しかけられた忍だったが、相手も同じ無課金だと分かればかなり話しやすい。

 その体験は急に友達が増えた感じを思い起こさせ、MMOをやっているという実感が一気に湧いてきた。


 ギルドに所属しワイワイお喋りしたり、皆で一つの目標に向かって頑張ったり────


「なんか……悪くないかも…………」


 この時、一度は死さえ覚悟した忍だったが、やっぱりこのゲームをやっていて良かったと思えた。


 新しい仲間、新しい世界。

 忍の物語は、再びここから始まる────


『輝け!姫プリズム』へようこそ!



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