第20話 地下の危険生物
「離して! はーなーしーてよォォーーーー!!」
ジタバタしたところで何の足しにもならない。衛兵たちにガッチリ担がれて進むと、やがてジメッとすえた空気になった。地下に下りて来たんだ。
雑に下ろされたのは冷たい石の床で、外からガチャンと鍵がかけられる。鉄の扉で閉ざされた、暗い地下牢に閉じ込められた。
扉を揺すって鍵が外れないか試してみる。あるいは頭をつっこんで上の格子の間から抜け出せないか。その辺りに鍵は落ちていないか。扉にひっついて探るけれど、やっぱり全部ダメだった。
「たあああーーーすけてぇぇぇーーーーー!! だれかあーーっ!」
最後は大声しかない。すると、階段を下りる靴音が聞こえてきた。
やった! ジェルメ? ポールかな?
「あたしはここだよぉーっ!」
格子に顔を押しつけて呼んだが、燭台に照らされた男の顔にぎくっとして止まる。ポールじゃない。けれどどこかで見覚えがある…。そうだ、オルレアンを出て最初に襲われた時、プレラーティと一緒にいた男だ。
ていうことは細い吊り目の占い師は、プレラーティだったんだ!
「髭を剃って髪型変えたら別人みたいで全然分かんなかったぁ。ポールとおんなじ!」
ああああ! 悔しい!
「そこで大人しくしてろ。お前は人質だ」
「人質?」
こいつらはジェルメの”声”を狙ってるんだっけ。そうか、ジェルメに言う事を聞かせるために、あたしを人質にしたんだ。
「そんなの嫌だ! 出してよー! ジェルメを利用しようなんて卑怯もの!」
「静かにしろ」
「ジェルメはもう戦争なんてしたくないんだよ! なのにまた争いに引き込もうとして、ひどすぎるよ!」
「いいから黙れ」
「アンジュー公もブルターニュ公もみんなジェルメの意思なんて無視して、利用することしか考えてなくて。悪魔なのはあんたたちの方よ!」
「うるさい! 耳を切り落としてやろうか?」
男が刃物を取り出す。思わず身がすくんでしまうけど、負けたくない。こんなところで命を諦めたくない。
『羽根のような命の重みを手放さないで』
そうジェルメが励ましてくれた。
「あたしはジェルメの味方だもん! あんたたちの言う事なんて絶対聞かないんだから!」
「減らず口が、後悔するんだな」
殺気立った男が牢の鍵に手をかけた。入ってくる気だ!
一番奥の角まで下がり、震える息を詰める。膝がガクガクしている。
あたしなんかに何ができるだろうか?
でもじっと怯えているだけなんてもう嫌だ。修道院の戸棚に隠れて震えることしかできなかった、あの時とは違う。
「絶対にここから抜け出してやるんだから!」
「あ"あ"あ''ぁぁぁーーーうるっっせぇなぁ」
突如、地下中に響き渡ったデカくて汚い声に、心臓が止まりそうになる。
「酒飲ませろおおおおおぉぉぉぉーーーーーっっ!!!」
まるで獣の咆哮だ。こもった空間にうわんうわん響いて、それから体に悪そうな空気全体が衝撃に揺れる。
ガツンンンッッ!!
「なに?」
それは奥の牢で起こっているようだ。
ガガアァーンッッ!!
やばいくらい何かを叩いている。
ズゴァァァアアアアアン!
さっきよりもっと大きい。これは鉄の音だ。何かが激しくぶつかってるみたいな。
本能的にマリーは両手で耳をふさいだ。
ガオオォォン!
ズガッギィィィンン!
グアアァシャアアアアッ!!
聞いたことがないような破壊音に、刃物を持った男もぽかんとしている。
「ふへっ…?」
間抜けな声の元に、バガアアァン! と鉄板が飛んできた。それはたった今素手でぶち破られたばかりの、変形した扉だ。
燭台の頼りない灯りにゆらりと影が動いて、危険な生物が牢から放たれる。
「助けてえっ!」
マリーが叫ぶと猛ダッシュで大きな影が迫り、拳を振るう。なすすべもなく刃物の男は崩れ落ち、転がった蝋燭だけがジジッと揺れた。
鍵は開いていた。牢から飛び出て、マリーはその男にしがみつく。
「怖かった…怖かったよぉ…」
「おうよ、お嬢ちゃんにしちゃ頑張ったじゃねぇか」
意外にもザントライユは優しく受け止めてくれて、少しだけ涙が出てしまった。今だけは、ばっちくてもいいや。
「どうしてこんなところにいるの?」
「忘れたのかよ? ジェルメのせいだぜ!」
「あ、そういえば地下にぶち込んでくださいってジェルメに言われてたっけ」
「んだぜ。仕方ねぇから大人しくしてやってた」
「うん。居てくれてよかった。臭いけど最高」
「ようやくオレ様の魅力が分かったか? ギャッハッハッハッハ!」
早くここを出てお風呂に入ってもらわないと、鼻から脳がおかしくなりそうだ。
すると「むぅ~! むぅ~!」と奥から変な音がした。
「なに…? 動物? 何かの声がしない?」
「あぁん?」
ザントライユの後ろに隠れてついて行くと、物入の隅っこにグルグル巻きにされた人が収納されていた。噛まされていた猿ぐつわを外すと、あっ、とマリーの声が出る。
「その顔…、もしかして本物の占い師⁉」
「そーうです! 私が本物の凄腕占い師ルネですぅ! あんのインチキめ、私をこんな目に遭わせて許しませんよー」
くるくる髪の毛と細い吊り目で、プレラーティの変装はかなり似てたと言える。
更に縄を解いてやると、自分が連れてこられた隠し通路から脱出できるという。
「ええ、私が証拠ですからもう安心ですよ! 被害者としてそのプレなんとかが犯人だと供述しましょう。きっと
ぺらんぺらん喋りながら進むのはかなり狭い通路で、体の大きいザントライユは何度も頭をぶつけていた。出たところはパーティーの名残なのかところどころに篝火が焚かれていて、どうやらそこは宮殿の裏庭のようだ。
その時、不意に暗闇から誰かが現れ、先頭のザントライユが上半身を逸らす。
「ぶっ」
「ぶぶっ」
後ろに続いていたマリー、占い師の順に背中にぶつけて鼻がぺしゃんこになった。
「その子を離せ」
決して友好的ではない、中性的な不思議な声。それから両手に持った短刀がヒュヒュッと素早い唸りを奏で、ザントライユに向けて繰り出される。
「ちょちょちょちょちょ何だってんだいきなりよぉ?」
「黙れ、傭兵ザントライユ。その子をお前に渡すわけにいかない」
「オレ様のファンかぁ? これもアイドルの宿命なんだが、このお嬢ちゃんはオレ様に城をくれる約束だから、妬くなと言っても無理だろうなぁ。城より高いもんくれるってなら考えてやってもいいが」
「アタシの邪魔をするな」
アタシと言ったから、どこまでも冷たい相手は女性なんだろう。一瞬、グリーンのスカートが篝火に照らされた。ドレスを纏いながら、信じられないほど機敏な動きで攻撃している。あの強いザントライユが、反撃する間もないのだ。
「ちょっとちょっとぉ! こんなとこで戦い始めないでくださいよぉ! いったん中止して、今は仲良く。ね、お互い退きましょうって」
マリーを押しのけて占い師が間に入る。この人、意外に度胸あるのかも。
「お美しいマダム、どうやら誤解があるようです。私は見ていましたが、この少女は彼に助けを求めていた。そして彼は私をも助けてくれたのですよ」
胸に手を当てて、やたら紳士的な態度の占い師。まるでこれから占いでも始めるようだ。
「そうだったのか? てっきりアンタら二人がマリーを誘拐しようとしているのかと思っていた」
「てことは私もグルですかぁ⁉ この悪人面の⁉」
「アンタに責任はない。こいつの顔が悪いせいだ」
「いよっ! このオレ様にゃ麗しの褒め言葉だぜ」
ザントライユを完全スルーしたグリーンの女性が、マリーを向く。ぼうっとした灯りではっきり見えなくても、どこか憂いのある顔立ちがとてもきれいな人だと分かる。
「マリー・ドゥ・レ。この男たちは敵ではないと思っていいか?」
「あ、はい。大丈夫です」
「では宮殿の中へ戻れ。アタシは追わなきゃならない」
「追うって誰を?」
「偽占い師がジャンヌ・ダルクを攫っていった」
「え⁉ ジェルメが⁉︎」
「私を
「安心しろ。追うのは得意なんだ。必ずアタシが見つけ出してやる」
そう言って女性は走って行ってしまった。一体誰なんだろう。
「ありゃあイングランド王家の密偵だな。ガチだから任せとこうぜ」
「イングランド? なんで?」
「フィリップの坊主はイングランドと同盟してたんだぜ」
「そっか…、でも今は協力してくれるんだもんね」
ジェルメを救うためなら何でもするつもりだ。イングランドは敵とか嫌いとか言ってる場合じゃない。
「待〜ってくださいよぉ。私がいなきゃ困るでしょう? ところでジャンヌ・ダルクって?」
ザントライユの大きな背中を追って、占い師と共にマリーも宮殿へと向かった。
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