第7話 はた迷惑な傭兵

 こういうのをたらい回しというんだ。あたしなんて誰にとっても迷惑な存在というのがよく分かった。


「マリーは命を狙われているの。修道院がブルターニュ公に襲撃されて、殺される寸前だったのよ⁉︎ まだ追われているし、お願いよ。頼れるのはあなたしかいないの」

「分かっている。私とて力になってやりたいが、今は時期が悪い。内情はアンジュー家と同じなのだよ」

「そんな…」

 ジェルメは唇を噛んだ。


「もういいよ」

 全員の視線がマリーに注がれる。


「ジェルメは一生懸命にやってくれたし、総督様に迷惑をかけるわけにいかないもん。後は自分で何とか…」

「無茶よ! マリーが悪いんじゃない。待って、必ず何とかするから」


「だって、ブルターニュ公にはフランスで一番力を持つリッシュモンていう弟がいるんでしょ? あたしなんかのためにそんな人に対抗とかありえないよ…」

「でも私は諦めない。きっと何か糸口があるはずだから、見つけてみせる。ここはオルレアンよ、あの時だって状況は絶望的だったんだから」


 あの時。さっき話していた十一年前のことだろう。ジェルメのことを知りたくて、マリーは思い切って聞いた。


「ここでジェルメが戦ったの?」

「ええ…、イングランドとの戦争が激化していた頃にね」

 なぜかジェルメは、少し躊躇ったようだった。そんな二人のやり取りを見つめていたバタールがテーブルで両手の指を組む。


「アジャンクールに次ぐ第二の決戦、ヴェルヌイユの戦いでフランスが大敗した後、このオルレアン市はイングランド軍に包囲されたんだ。周りの主要な拠点都市はほとんど占拠されて、フランスの運命はまさに風前の灯火だった。半年かけて兵糧攻めにされて、私すらもう諦めかけていたんだよ」

「え、やばっ」

 そんなピンチがあったとは知らなかった。


「しかし、あの手この手でなんとか交渉を続けた結果、イングランドと同盟し共に包囲を敷いていたブールゴーニュ軍を撤退させることができたんだ。敵の包囲に穴が開いたその期を逃さず、我々は一気に攻勢に出た。陣頭に立ったのは一人の少女だ」

 バタールはジェルメを見たが、ジェルメの表情は固いままだ。


「『フランスを救え』少女はそう叫んだ。領主のためではなく、王のためでもなく。フランスを作るのはあなたたち一人一人なのだと。すると戦士たちが一つになり、得体の知れない大きなものが生まれた気がしたよ。半年間続いた包囲を、少女がわずか二日でひっくり返した。どうやっても取り返せなかったトゥーレル砦を陥落させたんだ。それがオルレアンの奇跡さ」


「その少女はジェルメ…?」

 マリーの問いにジェルメは答えず、椅子に腰かける。


「それにあの時は英雄ラ・イールに、ジル・ドゥ・レもいたんだよ」

 不意にバタールの口から出てきた父の名前。この地にジル・ドゥ・レがいて、ジェルメと共に戦った。そして今また、自分とジェルメがいる。なんだか奇妙な一致な気がした。


「そうよ…、あの時もそうだった。ブールゴーニュよ!」

 ダン! と座ったばかりのジェルメが両手をついてまた立ち上がる。


「あの時も戦いのカギを握ったのはブールゴーニュ軍の動向だったわよね。なら今回もブルターニュと利害関係が無く、且つ対等に渡り合えるのはブールゴーニュ公しかいないんじゃない? シャルル・ドルレアン様を取り戻したのもブールゴーニュ公のご尽力でしょう? そんなことができる方は、このフランスに他にはいないわ」


 フランスには王家の親戚に当たる公爵家が五つある。オルレアン家とアンジュー家に、アランソン家、ブルボン家、そして最大勢力がブールゴーニュ家だ。

 ブルターニュは公爵の名を戴いているが、王家の血筋ではない。つまり外様とざまですらないブルターニュが国の中枢権力を握るのが、アンジューをはじめとする他の公爵家には面白くないのだ。


「確かにそうだが…、ブールゴーニュと君には少なからず因縁があるんじゃないか?」

「今はそんなの気にしている場合じゃない。うん、これしかないわ。助けを求めて来た人を歓待するのは格式ある貴族の義務だもの。行くわ」


 ジェルメが言い切ると、面食らったバタールが「おいおい」と手を伸ばす。

「いくら何でも軽々しいんじゃないか? 遠すぎるし、行ったところで助けになってくれる保証もない」

「でも他にないもの」


「それに君も知っているだろう、ブールゴーニュ公フィリップは変人で曲者で、考えが読めん。自分にとって不利益と思えば、同盟相手をも平気で裏切るような男だぞ?」


「オルレアンの戦では、同盟していたイングランドを裏切って撤退したんだものね。そのおかげで私たちは攻め入ることができたのだけど。でも今回は、例えばマリーをブルターニュ公に引き渡したとして、フィリップ様に何か利益があるかしら? 無いと思うの」


「それはそうだが…」

「じゃあきっと大丈夫よ」

 ジェルメの瞳を見ると、バタールはそれ以上反論しようとしなかった。こういう人間だったと思い出したのだろう。


「分かった、私からもフィリップ殿へ手紙を出そう。それと君たちの旅支度も整えさせてくれ」

「感謝します。お言葉に甘えさせてもらうわ」


「ブールゴーニュの都ディジョンまでは二週間といったところか。危険な旅になるな。を連れて行くといい」

「あいつ?」

「君も良く知る男だ。イングランドの捕虜から解放されて以来、うちに入り浸ってるんだ。連れ出してくれると私も助かる」


 その男は離れに居候しているという。早速向かうと、案内役の下女が不満をぶちまけてきた。


「あンの男、最低だよ! 酔いどれで汚ったないし減らず口だしチップはくれないし部屋でゲロ吐くし! 一刻も早く死んで欲しいねぇ! イングランドから一生帰ってこなきゃよかったのにって毎ぃぃぃ日思ってるんだよ」


 マリーとジェルメは顔を見合わせた。

 なんかやだな…。どうしよう、そんな人と一緒に旅をしなきゃならないの…?


 案内された離れの扉をノックするが、返事はない。ジェルメが扉を押すと、すんなり開いた。中は狭い物置で、見るからに埃っぽい寝台が一つ。けれどそこではなく、寝台の脚に抱きついて床に男の人が寝ていた。もう正午をとっくに過ぎてるのに。


 ンゴゴゴォ———ッ ズゴォ———ッ ブッッ‼


 今のオナラだよね⁉ 大いびきかいて寝てるのにオナラした! くっさ!


「最悪」

 おもむろにジェルメは床に落ちている空き瓶を拾う。そして無言のまま振り上げ…

 えっ、えっ、そのまま下ろしたら⁉ ガシャーン! ってなって男の人の頭が…!


 思わずぎゅっと目をつぶったが、瓶が割れる音はしなかった。

「えっ」

 目を開けてみると、今までグースカ爆睡していたはずの男の人が半身を起こし、瓶を持つジェルメの手首をつかんでいた。


「元気そうね、ザントライユ」

 伸ばしてるんじゃなくてただ伸びただけのこげ茶の髪を一つに束ねた、見るからに不摂生な髭面の男。髪や顔や着衣の何もかもが手入れされてない。


「ジェ~~ルメェェェ~~~‼」

 満面の笑みで飛びついてきた男を、心底迷惑そうな顔でジェルメは押し返す。


「またイングランドに囚われてたの? もう何回目?」

「さあな、忘れちまった。今回はランカスターの冷血総帥が死んじまったからみんな優しくてよ、痛めつけてくれる奴がいなくて物足りなかったぜぇ」


「相変わらず馬鹿なの? よく生きてるわね」

「お前さんに言われたくねぇや! んでそいつは? 隠し子か?」

「馬鹿なの? ねえザントライユ、あなたの力を貸して。退屈はさせないわ。ていうかバタールが早く出て行けって」


「バタールの奴ひでぇな。お前さんを追い出すってか」

「馬鹿ね。あなたのことよ」

「ああん? しゃあねぇなぁ、いいぜ」


 ぶわああと特大のあくび。話聞く前にいいぜとか言っちゃうんだ。なんなんだろうこの人…。しかも全身がお酒臭い。


「彼はザントライユ。傭兵よ。こんなだけど腕だけは確かで」

 傭兵というのはお金で雇われて戦う人たちのことだ。戦争はもちろん、襲撃や殺人なんかも請け負うと聞いたことがある。そして戦がなく職にあぶれれば、手近な街を略奪する最悪な奴ら。修道院を襲ったのも、ブルターニュ公に雇われた傭兵だとジェルメが言っていた。


 そんな人の力を借りるっていうの…?

 マリーはゴクッと唾を飲んだ。

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