第47話 錯綜する思い。視点、メリディアナ

 背中全面に広がった火傷は、回復魔法のおかげで右肩以外はすべて消え去った。

右肩を修復することも時間をかければ可能だけど、皇二さんが悪夢に取り込まれた今、これ以上待てない。

背もたれにしていた岩を手すり代わりにして立ち上がると、アブラヘルちゃんはこちらを向いた。


「2人を返してください......と、言っても無駄なんですよね?」


 彼女が私に恨みを持っているのを知った。

だから何を言っても無駄なのは、鈍感な私でもわかる。

私がすべきなのは、彼女を倒し悪魔の指輪を奪うこと。

あれを手に入れれば、悪夢を消滅させることができるはず。

だけど、天使同士で戦うなんて......。


「メリディアナ、お前も少しは察しが良くなったな。そうさ、お前がやれることは1つだけ。私と戦って、この輪っかを手に入れることだけだ」


 本当にそれだけが出来ることなの?

そういえば、悪夢に投げ込まれる前に皇二さんが彼女に何か言っていた。


「そこまで私や天使の存在を恨んでいるのは、寂しいから?」


 そう言うと、彼女はまたしても炎の塊を飛ばしてきた。

間一髪、毛先を僅かに掠る程度に済んだ。


「寂しい? やっぱお前は鈍い女だ。そんなことどうでもいいからよ、早くお前も撃ってこいよ! じゃなきゃてめぇの男が弟と一緒にくたばるんだからよ!」


 炎弾を連続して繰り出す彼女に、私は回避するしか出来なかった。

いくら敵対したとはいえ、やっぱり初めて友達になってくれた彼女を傷つけることはしたくない。

それに、本当に彼女が孤独を感じてこうなってしまったなら私は......嫌いになれない!


「おらおら!」


 もう!

何か考えようと思考を巡らすたび、攻撃を回避することに気をとられてしまう。

何度目かで私の思考は、いつしか別のことに疑問を持った。

そういえば、てめぇの男ってどういう意味なんだろう。

こんな状況でなんで私、こんなことで頭いっぱいになっているんだ?


「好きなんだろあの人間の男がよ! 早くしねえと死んじまうぜ!」


 好き?

そうか、彼女は皇二さんと私の関係を恋仲だと勘違いしていたんだ。

私が、大切な人って話したから。

いやでも、そもそも私って皇二さんのことどう思っているの?

最初は友達になりたいと考えていたけど、いつしか彼のことがほっとけなくなった。

自分の不器用な喋りに怒られたこともあったけど、こうして受け入れてくれる彼に対して大切な人と思うようになった。

それって気づいていなかっただけで、ひょっとして私は彼のこと......。

皇二さん、ここへ来る前にどう思っているか質問してきた。

あれはもしかして、私のことを......いやそんなはず。


「めんどくせえな、これでもくらえ!」


 彼女はすぐに回避できないほどの巨大な炎の塊を形成し、投げ飛ばす。

避けることは出来ない、ならば!

私は自身の前方に楕円を描き、反射する防御魔法を発動した。

炎の塊は直前で反転し、アブラヘルちゃんの方へと直進する。


「お前、どこでそんな上級魔法を!」


 上級でもなんでもない、学校できちんと学んでいれば扱える魔法。

彼女が日頃からサボってなければ、この反射魔法を解除できる。

しかしアブラヘルちゃんはその対処法を知らないだろう。


「アブラヘルちゃん、2人を返してください! じゃないと大怪我じゃ済みませんよ!」


 脅したくはないけど、この方法じゃなきゃ傷つけずに助けるなんてできない。

さぁ、アブラヘルちゃんそろそろ観念して......。

しかし、彼女は口を堅く閉ざした。

限界まで速度を上げ、炎の塊から逃げようとした。

私が炎の塊の攻撃を交渉のため減速させていたのもあって、ほぼ攻撃は外れてしまう。

だが彼女の指先に若干炎が触れたためか、指輪は先端の石以外の部分が破壊された。

空中を舞う石に気づいていない彼女の隙を突き、私はそれを手中に収めることに成功した。


「やった! これで2人を夢から戻せる!」


 石に魔力を注ぐと、悪夢を形成する黒雲の球体はぐらぐらと揺らぎ始めた。

そして、数秒を跨ぐと皇気さんが目を覚ます。

後は皇二さんだけです!

更に魔力を込めようとした次の瞬間、手元に集中していたためか突進してくるアブラヘルちゃんに気づかなかった。

懐に入る彼女は、石を奪おうと私に殴りかかる。


「ちっ! 取り返せないなら、こうしてやる!」


 彼女は私の手を掴み、魔法陣を展開した。

これはさっきから彼女が放っていた炎弾の陣。

危機を感じ、咄嗟に手を開いてしまった。

石は真下の火山口へと見えなくなるまで落下していった。


「ハハハ! これでお前は一生思い出すな、この日のことをよ!」


 あまりの事態に、私は思わず彼女の頬を叩いた。

悪夢に取り残された皇二さんを、もう救う手立てが完全になくなったからだ。

私は彼女のことをまだ友達で思いたいと考えていた。

なのに、手を出してしまった。

なんなんだろう私は一体。

指輪が消失したためか、一瞬にしてゲートが出現し、学園の指導員が私達の前に現れた。


「ようやくアブラヘル、お前の居場所を特定できた」


 教員は有無を言わさず彼女を拘束し、私の方にも顔を向けた。


「メリディアナか、お前にも事情を聞かなければならない。さぁ、一緒にゲートへ来い」


 嫌だ、まだ私は皇二さんを助けてない!

教員の言葉を無視し、私は地上に降り立った。

黒雲を見つめる自分に、意識を取り戻した皇気さんが涙を浮かべながらも話かける。


「メリディアナさん、兄貴は俺を抱きしめてくれたんだ。例えどうなろうと、今のお前を俺は受け入れるって。血を流しながらカッターを握り締めて」


 皇二さん、私がしたことを皇気さんにもしたんだ。

思えば彼は会った時からずっと......優しかった。

その優しさがもしかしたら私は......。


「お前馬鹿か! その規模の悪夢に触れたら、天使だろうとどうなるかわからねえんだぞ!」


 アブラヘルちゃんがそう言い放つ声が聞こえた。

だけど、それでも私は......。

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