第46話 皇気の苦痛。視点、皇ニ

 視界がシャットアウトし、目を開けても暗闇しかない。

しかし、運良く計画通りに悪夢に入れて助かった。

何故なら、俺はこの夢の中でチート能力を使えるからだ。

それから数秒が経ち、突如明かりが広がった。

ここは、俺の自室?

どうやら夢ではあるが、離婚する前のあの家にいるようだ。

よし、一様能力が使えるか試してみるか。

勉強机の上にある消しゴムを破裂されるつもりで、指を鳴らす。

何も……起きない?

何度も「パチン」と音を出してみたが、破裂すると言ったことはない。

思えばあの屋上の一件以来、夢を見たことがなかった。


あぁ……何でこんな所に来ちまったんだ!


 本当になんで夢見なくなったことに気づかなかったんだよ俺!

頭を抱えていると、下の階から皇気の声が聞こえた気がした。

俺はゆっくりと、音を立てないように階段を降りた。

またあの巨大ゴキブリに襲われるかもしれないからな。

慎重に声のするリビングの扉を開けると、そこには皇気の姿があった。

机の上にスマホを横にして置き、聞き覚えのあるセリフを並べていた。


「いぇい! コウキンちゃんねるのコウキンです!」


 あいつ、夢だと気づいてない?

撮影が終わり、声をかけようと近寄った直後のことだ。

彼は手で薙ぎ払い、俺との距離を取った。


「来るな! 悪夢の映像を残せば、俺ももう一度バズる! お前が俺の邪魔するな!」


 こいつ、悪夢にあることを認識している!?

それに、電話で話した時と違ってまた態度が冷たくなった。

どういうことなんだこれは?

動揺していると、背後にある窓にコツンと何かが当たるのに気づいた。

静まる空気の中、ガラスに当たる何かはボソボソと言葉を発してるように感じた。

振り向くと、立体的な文字がガラスに衝突していた。

今ぶつかったのは「しね」という言葉。

次のは「動画おもんな」という言葉。

次第に文字は増え、ガラスに間髪を入れない勢いとなった。

「しね」、「ガキは消えろ」、「低評価押しました」、「早く消えろ」などなど。

ボソボソした文字群は、次第に声量を増していった。

ガラスにヒビが入ったのを見て、俺はこの文字たちがゴキブリと同様の危険な存在であることをようやく認識した。

すぐに皇気に、それを伝えようと考えたがまた撮影を開始。


「皇気、ここから出るぞ! そんなことしてる暇ない!」


 彼の間スマホを奪う。

突如、皇気は俺は突進してきた。

馬乗りになった彼に、奪われないため背にスマホを隠した。


「返せ! 俺のスマホ返せ!」


 皇気は俺の頬を引っ掻いたり、腹部に拳をぶつけたりと猛攻を仕掛けてくる。


「悪夢から出るんだ皇気! その後いくらでも撮影すればいいさ!」


 彼の振り上げた腕を掴んだ瞬間、液体が胸辺りに沁みた。

見上げると、瞳から大粒を垂らす皇気の姿があった。


「俺は俺という存在を認めて欲しかった。だが実際は、お前のスペアにすらなれない人間だった。家出して、一時期は人気を博したサキュチューブですら、今は批判だらけだ。

この誘拐事件だって、俺が引き金」


「皇気、お前も色々悩みを抱えていたんだな。俺もだ! だから悪夢から抜け出して一緒に考えていこう!」


 彼の悲痛な声に、俺は応えた。

しかし、それでも彼の暗い顔は晴れなかった。

皇気の顔が一層闇深くなると、言霊のような批判の文字たちはガラスを破壊して室内に入り始めた。


「無理だ。俺はもう、誰にも認められない。だからせめて、生きた証を残したい」


 そういうと、皇気はカッターを懐から取り出した。

俺は危険を感じ、スマホを彼に渡した。

しかし、それでも彼の気は変わらなかった。


「ありがとう兄貴、これでようやくバズれるよ」


 皇気は再び机にスマホを置き、配信ボタンを押した。

そして、今度こそ本当にカッターを振り上げる。

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