第39話 皇ニ、速報に耳を疑うを視点、皇ニ
カランコロンと桶の音が鳴り響く。
昭和の香りがしそうな、レトロな雰囲気の銭湯が目の前にあった。
番台にいるのは、この道数十年という貫禄のあるお婆さん。
メリディアナは煙突からモクモクと煙が立ち昇るのをみるや、不安から興味津々へと切り替わった。
先に入ろうとするのを見て、俺は彼女の腕を掴んだ。
「待て待て、俺たちずぶ濡れなんだから少しは水絞ろう」
俺の言葉を受け入れたのか、彼女は足を止めて服に手をかける。
そして、挙げた服を捲り上げると天使の制服?
といえる肌面積の非常に多い、ほぼ水着のような黒い衣装が目に飛び込む。
黒い羽に黒い服、俺らこの世界の人間が抱いている天使像とかけ離れている。
しかし、それゆえに天使という存在のリアリティが俺は感じられた。
って高尚な分析して平静を装ってみたものの、裸同然の姿を見せられて動揺せざるを得ない。
「じゃあ入りましょうか! 銭湯楽しみです!」
こいつ、怯えたり無邪気に動きやがって。
いつもながら、察する力は無いに等しい。
だけど……。
「ふぅー」
男湯の暖簾を再びくぐり、俺は壁近くに設置された青いベンチに腰を下ろす。
周囲を見渡してみたが、老人と2、3組の親子しかいない。
どうやらまだ入浴中のようだ。
まぁ天使といっても女の子だから、時間はかかるのは無理もない。
若干のぼせ気味だから、ここでぼーっと過ごすのも悪くない。
はぁ、人生のこととか辛いこととかなんも考えずただ呼吸する。
身体が心地よく冷やされていくのを感じ、開放感に満ちていった。
あぁ、ダメだけど今寝たら気持ちいいだろうなぁ。
「……ん!?」
眠気眼に突如、頬にビクッとするほどの冷たい物体が接触した。
慌てて視界を左右上下に展開すると、何かの液体の入った瓶詰め2本を携えたメリディアナがいた。
片方を落としかけるも、俺が無意識的にそれをキャッチする。
これは、フルーツ牛乳?
「えへへ、美味しそうな飲み物があったので一緒に飲みましょう!」
「は!? いいよ帰って……か」
言い終わる前に彼女は素早く隣に座り、瓶を開ける。
そして、空いた瓶を俺の顔近くに寄せる。
「何これ?」
「乾杯です」
「はぁ、もうわかったよ」
ここで引き下がるのもなんだか気が引ける。
「親しき人とは乾杯が必須、そう学びました。してくれてありがとうございます」
あぁそうだよな。
一緒に飲みたいからって、彼女は俺のこともう友達が何かだと考えているのだろう。
あの酷いことした俺に対して、慰めたに飽き足らずこんな風に接してくれる。
謝らないといけないはずなのにこいつの行動にまた少しムッとして。
よし!
「「あの!」」
声をかけると、彼女とほぼ同時だった。
その瞬間、お互いに沈黙が数秒続いた。
「私からいいですか?」
俺は無言で頷き、彼女から目を背けて聞き耳を立てる。
「柔道部の件、色々強要してしまってごめんなさい!」
出てきた内容は、俺への謝罪だった。
嘘だろ?
俺が傷つけたのに、彼女はずっとそのことを言いたかったのか?
生きた心地のしない毎日を送っていた俺に、辛いながらも踏み出す勇気をくれたのは彼女だ。
与えられてばかりの俺にできることは、今のところ思いつかない。
だからせめて、俺も謝る!
「メリディアナ、俺こそ……」
「えーただ今速報が入りました。元官僚のご子息が警察の調査により、誘拐されたことが判明いたしました」
備え付けのブラウン管テレビにその文言の後、弟の名前と顔写真が映った。
俺は反射的に映像に目をやり、聞くだけでは信じ難い情報をじんわりと真実であることに気づかされる。
忘れていた。
弟は強いから、好き勝手しても大丈夫だろうといつしか動画を確認しなくなっていた。
けれど、彼が家出したのは俺のせい。
親父が公にするのを伏せていたのに、何故こうなったかはわからない。
けれど……。
「メリディアナ、力を貸してくれないか?」
けれど、今度は俺の番そう感じた。
柔道部のグループチャットに応援は参加できない旨を説明し、再度メリディアナに顔を合わせた。
メリディアナごめん……お前にも皇気にも俺はちゃんと謝りたいんだ。
その為には、皇気の問題を解消しないと。
「わかりました皇ニさん。だけど……」
メリディアナはフルーツ牛乳を飲み干すと、少し間を置いてから再び口を開いた。
「私、あと1週間しかこちらの世界に居られないんです。課外活動の期限までしかお力になれませんが、皇気を救いたい気持ちは私も同じです」
え?
メリディアナがあと1週間しかこの世界に存在できないってこと?
それはつまり、残り7日でこいつともう会えなくなる。
嘘……だろ?
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