第38話 仕返しのつもりが......。視点、皇二
俺とメリディアナは、どういう訳か母が独身時代に住んでいたアパートに到着した。
道中にかいつまんで説明されたが、つまるところ離婚調停中の別居地ということらしい。
俺が家出してからはお互い一歩も譲らない口論をし、話し合う余地がないことを悟った母はアパートを借りるという大胆な行動に出た。
「さぁ、入って2人とも」
「おぉ、広い!」
メリディアナは目を輝かせて部屋を見渡した。
俺も彼女ほどリアクションを大きくとる訳ではないが、少し驚いた。
なにせ独身時代の住まいを想像すると、木造アパートのワンルームになると考える。
しかし、実際にあったのは2dkと広々とした鉄骨の賃貸だ。
「じゃ、私は明日仕事で早いから先に寝るわ。2人はここに置いたお金で銭湯行ってらっしゃい」
「仕事!? それに銭湯って」
母は布団を敷くと洋室に入り、布団にくるまった。
そうだ思い出した!
あのエリート意識の高い父は、当然結婚相手にもスペックを求める。
母も専業主婦になる前は、名の知れた一流企業に勤めていたと聞いたことがあった。
「皇二さん、戦闘に行かなきゃ行けないんですか!? 一体誰と戦わないといけないんでしょう」」
ふいにメリディアナは怯えた様子でそう呟いた。
その姿を見て俺は、ちょっとした仕返しを思いつく。
「さぁ、行けばわかるんじゃないかなぁ」
そう言い残した後、机の上に置かれた小銭を懐にしまってアパートの階段を下った。
後を追う音がないので見上げると、手すりから顔を覗かせてじーっとこちらを凝視していた。
どうやら、さっきのが予想以上に効いたらしい。
「嘘だよ! 銭湯はお金を払ってお風呂に浸かる場所だから!」
流石にやりすぎたのかと、俺は落ち着かせるように彼女に階段下から声をかけた。
しかし、彼女はジト目を向けて降りてこようとしない。
どうしたらいいのだろうか、信じてもらうには......。
そうだ、俺がさっき不安を取り除けたのは温もりを感じたからだ。
抱擁されると、人の体温に触れると、気持ちが安らいだ。
抱き着くなんてことは出来ないけど、手を繋ぐぐらいなら......よし、勇気出せ俺!
「ほら、一緒に銭湯行こう?」
夜空で冷たくなった彼女の手。
俺はそれを、ポケットから取り出した少し暖かい手で包みこむように握った。
彼女の手を掴み、ゆっくりと一段を下る。
抵抗はなく、彼女の足は腕を引くたびに遅れて動いた。
「わかりました。銭湯が何かはわかりませんが、皇二さんのことは信じます」
「う、うん。ありがとう」
なんだかこうも素直に行動が変わってくれると、それはそれで恥ずかしい。
女の子の手を握るなんて、俺としては結構大胆なことだったんだけど。
メリディアナはそういうことも、気にしないタイプなのだろうか。
そう思って数秒後、段を1つ下るたびに彼女の手の体温が急激に温かくなるのを感じた。
熱いというほどではないが、俺の手が逆に温められる程度にはそう思った。
振り返ると、白い湯気が彼女の顔から沸き立っていた。
「だ、大丈夫? 熱?」
「あ、いえ。友達なら手を繋ぐのは普通。そう私も知っているんですけど、その、異性の友達とは初めてで。ごめんなさい、私変ですよね」
あぁ、やっぱり彼女も意識はしていたんだ。
切り替えて無に徹しようとこっちは考えたのに、面と向かって真実を語られると、こちらも関が決壊したように手汗が出た。
「こっちこそ! キモいよね」
俺は手汗を悟られないよう、すぐに彼女の手を放した。
しかし、離れる俺の腕を彼女が掴んだ。
「キモくないです! 友達なら当然のことなので、私は何ともないです!」
湯気は出ていながらも、キリっとした顔つきで彼女はそう言い放った。
「メリディアナ、異性の友達とは普通は手を繋がないよ。恋人だと思われるから」
俺は彼女の誤解を解くため、説得にかかった。
こんな恥ずかしいこと、またやるのは俺のメンタル的にきつい。
彼女の誤った知識も正さないといけないし。
「そう......なんですか。じゃあ皇二さんはなんで?」
「それは一時的なもので、落ち着くと思ってつい」
「全然落ち着かないんですけど? 心臓もバクバクしてるし、何なのこれ?」
メリディアナは動揺したためか、敬語口調が崩れ奇怪な行動をとり始めた。
両頬に空気を溜めた後、それを「ぷすぅ」と吐き出すというのを何度も繰り返す。
「何してるの?」
「え? すっごい頭も身体も熱いので、熱気を外に出そうと......ぷすぅ」
彼女は10回ほどそれを繰り返すと、流石に呼吸が苦しくなったのか普通に酸素を取り込み始めた。
しかし、湯気は一向に湧き出ていた。
俺はというと彼女の奇行のせいか、冷静になり外を眺めていた。
「あ、雨」
俺がそうボソッと呟くと、彼女はうな垂れた顔をぐいっと立て直して口を開く。
「皇二さん、ちょっと私雨に当たってきます」
「あ、うんいいかもね。銭湯行くし」
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