第33話 父との喧嘩。視点、皇二

 暑苦しい顔と口調、どこからどう見ても目の前にいるのは火山熱士だ。

彼に気づいた遠藤と田中は、重苦しい空気だったにもかかわらず陽気な挨拶を交わした。


「あ、熱士! げ、元気だったか?」


 熱士は俺に小声でお礼を言い、畳の上へ登った。

そして駆け寄って来た2人に「おう!」と、返す。

謹慎しているはずだが、一体なぜ学校にいるんだ?

そう疑問が頭によぎったが、それよりも別の感情が湧き上がった。

熱士が何故だかわからないけど、羨ましい。

何でこんなこと、考えているんだ?


「縁下、お前にはいつも迷惑をかけた。ほんとにすまなかった!」


 俯く彼女へ、彼は誠心誠意ただ頭を下げた。

縁下さんは拳を作り、一気に立ち上がった。

涙を堪えているのか、いの形で口に力を入れている。

耐えきれず一筋右目から垂れると同時、彼女は熱士の胸元に突きを入れた。


「は、早く書け馬鹿」


 拳の中には、くしゃくしゃになった提出用紙があった。

熱士は少し驚いた後、「あぁ!」と一言返した。


「にしても、何で学校に来られたんだよ」


 遠藤は、鉛筆で用紙に名前を書き込む彼へ喋りかける。


「あぁそれは、校長の友人のじいさんがたまたま通りかかったところでぎっくり腰になったんだよ。ボランティアの一環もあって、担いで病院に運んだら、そのじいさんが校長に融通を効かせてくれたみたいなんだ」


 なんとも運のいい話だが、こうしてここにいるのだから事実なのだろう。

本当、熱士は凄いの一言に尽きる。

俺に頼り切るわけではなく、自力で解決する努力も無くさない。

それに比べて、自分の納得のいく形にならないだけで俺はまた逃げようと……。


「こ、これで大会のメンバーは確保できたね! 俺は、怪我してるし大会まで大人しく家で休むことにするよ」


 あぁ、逃げてる自覚はある。

だけど、ここでの俺の役目は完全に終わったような気がするんだ。

もちろん、完全に前の状態へ戻るわけじゃないんだ。

この経験を活かし、高校ではもっと自分の決めたことを進んですればいい。


「佐藤君、ありがとう! 君がいなきゃ、熱士も戻れなかったと思うんだ。大会絶対見に来て!」


 道場を出ようとした俺の背中に、彼女はそう声をかけた。

初めてまともに、誰かに認められた気がした。

嬉しさと共に、悲しみが湧き上がる。

恐らく、彼女の感謝の理由は熱士を中心にしているからだろう。

薄々察してはいた。

彼女に気持ちがざわめくことは何度かあったし、これが失恋なんだろうな。

まったく、ここ1ヶ月だけで我ながら良い青春を作らせてもらったと思うよ。

俺は彼女に何も返さず、無言でその場を去った。


 夜道を走り、家の玄関前へ辿り着いた。

そうさ、レールに敷かれた生き方をしていたらこんな様々な感情を抱くことはなかった。

これで良かったんだ。

明日から夏休み……よし、俺は男子校には絶対に行かないぞ!

こんな辛酸舐める青春は中学までだ!

高校からは幸せハッピーライフを目指す!

その為には、女の子の多い共学に行くしかない。

よよよよし、俺は親父に言うぞ!


「ただいま」


 ドアノブを引き、玄関に足を踏み入れると親父がいた。

先ほどの熱士とは違い、威圧感に満ちている。

反論される覚悟で突入したわけだが、完全に不意打ちだ。

ガラスが弾けるように意志は砕け、コミュ障が発動した。


「皇二、担任から柔道部にいると聞いたぞ。お前、ふざけたことしてくれたな」


 お、落ち着け俺。

どの道進路について話したら、怒鳴られたんだ。

この際、柔道部の件に付け加えて返そう。


「お、おや」


「ならん!」


 口を開き、僅か二文字のことだった。

どうやら、唾をまき散らしていることに気づかない程には怒りが限界なのだろう。


「あなた、まだ皇二は何も......」


 母は皇気が家出してからというもの、以前より若干顔がやつれた。

それに登校するときの長い挨拶もなくなった。

皇気の一件のせいなのか、少しは改心したのだろう。

それに比べ、親父は息子が失踪したというのに何ともないのか?

いや、ここまでキレているのは使いたい言葉ではないが"スペア"が消えたからか。


「おい、何とか言ったらどうだ? まったく私の遺伝子を受け継いでいながら、どうしてこう欠陥品ばかり」


 あぁ、もしかしてこの人は俺の未来の姿なのかもしれない。

レールを外れず、視野の狭まったまま大人になったんだ。


「親父、俺は男子校には行かない。柔道部も、大会にはこの怪我で出れないけど......必ず行く!」


 存在として大きく見えた親父だったけど、新たな認識をしてみると恐れる気持ちが自然と消えた。

ゆえに、すっと口から流れるように思いを言い放てた。

とはいえ、親父の剣幕に対して初めて反論して我ながら戸惑う。


「やっと出たのがその戯言か。男子校に行かない? 柔道の大会? そんなものが将来の何になる? このたった数年我慢するだけだ。それだけで、将来安泰となるのだ。それのどこが不満なのだ? まったく、馬鹿な息子だ」


 何と言われようが、俺の意志はもう変わらない。

今受け入れられなくても、ずっとこの先も言い続けてやる。

俺は父を無視し、二階へ上がろうとした。


「待て! 私は絶対に認めぬぞ!」


「あなた、もういい加減......」


「うるさい!」


 怒気が更に高まった声が耳に入り、スルーすることができなかった。

振り返ると、父の手が頭上にある。

俺は寸前で腕を掴んだが、父は睨みつけてきた。


「離せ」


「......叩かないなら」


 暫く沈黙が続くが、親父が動く。

掴まれていない方で拳を作り、それは俺の腹部に迫った。

捻挫していてこっちの手は使えない。

掴んだ手を離しても間に合うとは思えない。

俺は咄嗟に拳を腋に挟み、父の左脚を右脚で巻きこんだ。

変則的だが、大外刈りなのかな?

わからないが、父は体勢を崩して床へ仰向けで倒れ込む。


「お、お前何を!」


「皇二、あなた」


「俺にも今していることが将来の役に立つとは断言できない。けど、親父みたいな暴力を振るう奴から誰かを守ることぐらいは......できたね」


 唖然とする父に、俺は躊躇わずにそう口にした。

恐らく、畏怖する対象の呆気ない様を見たからだろう。

倒れ込んだ奴は自身の惨状に更に腹を立てたのか、茹蛸のように顔面を赤くした。


「うせ......ろ。うせろこの家から!」


 怒り狂った父は、ついにその言葉を発した。

何度も何度も、おもちゃをせがむ子どものようにその言葉を連呼する。

収まりが付かない事態になってしまった。

俺は仕方なく、父の怒りが静まるのを待つため家を出た。

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