第24話 皇二、レールを外れる。視点、皇二

 俺は熱士に連れ回され、サラリーマンらが行き交う活気のよい商店街に訪れた。

夕方から少し陽が落ちてきたが、ここらはお店の灯りによって視界が明らかだ。

で、なんで俺はずっとこいつに従っているかというと。

コミュ障なのも要因の1つだが、殴った実績があるからだ。

魔法がかかっていたなら、本当に解除されたかどうかは俺では判断ができない。

となれば、目の前にいる間は迂闊に動けないのだ。


「ここだ。丁度前の客が出たな」


 彼の言葉を聞き、俺はふと普通の店ではないと脳裏によぎった。

6人ほどの客が一斉に扉から出てきたからだ。

そして、みんな散り散りとなっている様子を見ると1人で来店している。

恐る恐る看板を見ると、そこには「ラーメン○郎」という字面があった。

嘘だろおい、インスパイアとかでもなく大元かよ。

噂では実際はそこまでヤバくないと聞くが、大丈夫なんだろうか?

彼の後に続き、店内に入るといかにもな店主の大声が飛び交う。

ひえー、ガチガチのガチやんけ。

○郎とかルールが入り組んでいると聞くが、まったく知らないぞ俺は。


「全マシで!」


 熱士の一言に俺は反射的に乗っかった。

すべてがわからない以上、こいつと同じ選択をとるのが一番のベストだ。


「あ、言い忘れてたけどここはロット制だから。制限時間内に完食して、次の客に席を交代しないといけないんだ。いただきやす」


 軽いノリで熱士がそう言い放つと、俺は絶望した。

目の前に置かれた富士山かと思うほどのもやしの山。

もやし山にピタっと添えられた分厚いチャーシュー数枚。

この下にさらに麺があるときた。

しかも隣客の量と比べて明らかに。俺と熱士のやつは倍ほど大きい!

こんなもん、20分以内に完食しろとか無理だろ。

というか、時間制限なくても無......。

俺が箸を持った状態で停止していると、店主が鋭い目つきでこちらを睨んできた。

四の五の言っている暇は本当にないようだ。

口に放り込むように食べ始めると、隣から熱士が声をかける。


「佐藤皇二、お前には迷惑かけたな。俺がヘマしたせいで、こんな目に合わせちまった」


 太眉は、泣きながらそう言い終わるとズズっと麺を吸い上げた。

ん?

同じタイミングで出された同じメニューのはずなのに、もう山が消えてる。

喋りながらこのスピードで食うとか、化け物かよ。

ていうか、こんな早食いする店で泣くような重い話しないでくれ。

こっちは飯でそれどころじゃないんだよ!


「ズルル。さぁ食ってくれ佐藤皇二! わしのおごりだ! でな、わしが柔道を始めたのは......」


 なんだかよくわからないが、食べながら1人語りが始まった。

返答しなくても問題なさそうなので、俺は聞き流してラーメンに全集中した。


◆◇◆◇◆


「はぁ、食った食った」


 熱士は青ざめた顔はどこへやったというほどには、満足した表情をしていた。

爪楊枝を口に当てながら、彼は俺の前を歩いていく。

結局、真意はわかなかったな。

本当にただ、俺へ悪いと思ったから連れ出したのか?

ていうか、まじで食い過ぎて吐きそう。

河川敷まで歩き、そろそろ別れる場所だと気づいた。

その瞬間、熱士は歩くのを止める。

踵を返し、ズンズンとこちらに迫ってきた。


「佐藤皇二! ふんー」


 うわ、鼻息も口もくっせぇ!

ニンニクの匂いだけが頭を支配し、何を言ってるかさっぱりだ。

俺がたじろいでいると、熱士は伝わっていないことを悟ったのか膝を落とした。


「頼む佐藤皇二! 柔道部を救ってくれ!」


 熱士は出会った時と同じように、土下座をした。

涙と鼻水で、喋る言葉どれもが聞き取りずらい。

その姿をじっと眺めていると、二つのことを思った。

どうしようもなく自分勝手であると同時に、自分の情けさに気づいた。

皇気が家出した原因を、未だに親へ告げない。

メリディアナには俺が人生で苦しんでいることを知って、手を差し伸べようとしたのに変人とかいって拒絶。

柔道も辛くてただ逃げた。

レールに従う人生が嫌だと吐露していながら、同時にその道から外れることに怯えていた。

人を傷つけて、もういい子ちゃんなんて無理なのに。


「佐藤皇二! わしは必死に努力して、かつての柔道部で一番となった。馬鹿なわしでも出来るなら、みんなもついてこれる。そう思って誰の忠告も聞かず、無謀な練習をしてきた。あの2人だけなんだ! わしの馬鹿に付き合って、残ってくれたのは! だから、あいつらの最初で最後の大会だけは必ず叶えたいんだ!」


 熱士は砂利に何度も頭を付け、額から血が垂れていた。

それでも気にせず、ひたすら頭を下げる。。

俺はこいつのように、カッコ悪くても自分の後始末を行うことができなかった。


「た、立ってください。火山部長」


 俺は彼の這いつくばる手の甲に、自身の手のひらを重ねた。


「おぉ佐藤皇二! 引き受けてくれるか!」


 彼はさらに量を増し、臭い鼻水と涙を垂らす。


「でも、なんで俺に?」


「そりゃ、お前は頭がいいからな!」


 頭がいい......か。

この勉強しか取り柄のない、ただのもやし男がか。

はぁ......少しぐらい、自分でレールの外を歩いてみるか。

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