第25話 柔道部の危機。視点、皇二

 熱士の尻拭いをしたところで、自分に何かが返ってくる訳ではない。

けれど、俺のような半端者と違って彼は筋を通そうとした。

その努力を報われたものにできないなら、人生なんて本当にクソだ。

俺は深呼吸をし、部室の扉を開いた。


「す、すいませーん」


 勇気を出し、絞りだした声に応答はなかった。

閑散とし、道場には誰もいない。

早く来すぎたという時間でもなかった。

曜日を確認しても、活動日......おかしい。

もしかして、あの一件のせいで2人とも辞めた?

廊下に出て、どうするかと頭を悩ませた時だ。

こちらに視線を向ける、体格のいい2人組が遠くから見えた。

角に消えていった2人に、俺はなんとか追いつく。

やっぱり、田中と遠藤だ。


「佐藤、お前も退部届渡したのか?」


 2人は少し視線を反らしてそう呟いた。


「え? 退部したんですか?」


 熱士に存続を頼まれたのに、部員が3人も減ってしまった。

つまり実質的な部員は俺1人?

部活の最低人数、大会出場人数どちらも最低5人いなければならない。

4人も新入部員を集めるなんて、無謀もいいとこだ。


「あ、あの。退部は正式に受理されたの?」


「いや、届を持っている所をインコちゃんに取られた。大会に出場できなかった時、返すってな。まぁ熱士が戻るなんてこと、あるわけないから多分終わりだ」


 2人は少し名残惜しそうにしながらも、背を向けて歩きだした。


「まぁ、お互い受験だしよかったんじゃないか?」


 田中も遠藤も、本当はまだ気持ちは残っているはず。

ここで引き留めないと、柔道部は空中分解してしまう。

でも、なんといって戻ってもらえばいいんだ?

部員を2人加えるといっても、熱士があんだけやって俺一人しか捕まえられてないってのに。

それに、柔道は好きでもあんな事件があった部活に戻るなんて心情的億劫になるのは当然。

ダメだ、彼らを呼び戻す言葉が浮かばない。

いや、考えている場合じゃない!

俺は彼らを再び追いかけようとした。


「佐藤君、待ちな」


 その行く手には、壁があった。

壁といっても絶壁というわけではなく、掴める慎ましい柔らかさはあった。


「え、縁下さん!? ご、ごめん!」


 咄嗟に目の前に出現したから、勢い余って胸にタッチしてしまったのだ。

接触した腕を背に回し、かつてないほど思考回路がショートしている。

こ、これはセクハラで訴えられるかもしれない!

やばいやばい、どうすれば。

慌てていると、彼女はそれに対する反応をしなかった。

そして、淡々とした口調で話はじめる。


「佐藤君も退部届を持っているんでしょ? いいよ」


 彼女はそっと手を出し、腕をそのまま静止した。

あぁ、俺はなんて愚かなんだ!

柔道部が立ち行かなくなって、一番落ち込んでいるのは彼女だったの忘れてたなんて。

思えば、必死に先生に交渉していたりとしていた。

そうだ、こんな暗い顔をしている縁下さんを励まさないと。


「お、俺は辞めない。だ、だから部活勧ゆ......」


「そう。でも、嫌になったらいつでも声かけてね」


 彼女は俺が言い終わる前に、通り過ぎた。

そして今度もまた、何も思いつかなかった。

そうか......人と向き合わなかったから、伝えたい気持ちが言葉に出せないんだ。


◆◇◆◇◆


 その後、彼女の戻った道場へ二度足を踏み入れることはできなかった。

結局部活には出ず、そのまま帰って今こうして湯船に浸かっている次第だ。

はぁ、何も出来てないじゃないか。

このままでいいのか俺?

浸かって数秒、急ぎ足で自室の机に向かった。

ポテチ袋を空け、スマホを入れる。

今回はお姉さんではなく、パワーホイントを立ち上げた。

言葉が下手なら、行動で何とかするしかない。

挫けそうになると、メリディアナに言われた逃げるのかという言葉が何度も脳裏に蘇るんだ。

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