第21話 熱士の暴走。視点、皇ニ
風呂を出てもまだ彼女の身体が頭から離れなかった。
彼女が天使である以上、同年代というわけではない。
しかし、それでも未だに脳にこびりつくほどには魅力的な容姿ではある。
あんな変人なのに、人の気も知らないで好き勝手する奴なのに、外見で許されるのが癪でならない。
俺はムラムラと苛立ちを抑えるため、力尽きるまで腕立て伏せを繰り返した。
乳酸が蓄積し、身体を持ち上げようとしたところで限界がきた。
床にうつ伏せになり、眉間から垂れる汗を肌で感じた。
疲れたけど、何とか性欲を抑え込めたようだ。
よし、皇気の動画を拝見するか。
「はい! 今日のお宅の評価は星1つ!」
な、何だこれは?
以前に視聴した動画の雰囲気とは、真逆のように感じた。
泊めてくれた人へ浴槽が小さいとか、デザートがないとか、さらには年収とか職業。
ボロカス言いまくってるけど、以前の感謝の心はどこへ行った?
「ここのところ底辺の家ばっかでつまらないから、今度はもう少しレベル高い人募集してきてね」
お前、自分の今の立場わかってるのか?
確かに再生数は5桁を超えて、収益はそこそこあるかも知れない。
けど、お前は今ホームレスのようなものなんだぞ?
なのに、こんな炎上しそうな動画なんて挙げたら……。
案の定、コメント欄は批判が大半を占めている。
彼の自由を制限する権利は俺にはない。
けれど、これ以上過激に慣れば非常に危険。
どうにかして、皇気に忠告できないものか。
んー、わからない!
弟といえど、嫌われていたから連絡手段は皆無。
仕方ない、せめてコメント欄でそれとなく注意するか。
埋もれるかもしれないが、他に手段がない。
送信ボタンを押下し、スマホを机に置くと通知オンが鳴り響いた。
これから勉強しようって時に、誰だ一体……熱士?
彼はダイレクトで俺へ、放課後も練習に出るよう声をかけてきた。
俺はそれへ断りの返答を送った。
入部する時、ちゃんと朝練しか出れないことは伝えたはずだ。
今更になって何故?
その後、彼の異常にしつこい返信に辟易し、通知をオフにした。
なんかいつもの様子じゃなく、おかしい感じがした。
明日が少し不安だ。
◆◇◆◇◆
翌朝、道場に訪れると予想は最悪な事に的中した。
熱士は朝練からぶっ飛んだハードワークを課してきた。
走り込みは重りをつけ、いつもの10倍。
その他の練習メニューも10倍。
おまけに休憩一切なしだ。
「ゲジ……熱士! こんなのやっぱおかしいって、みんな壊れちゃうよ!」
縁下さんとメリディアナは見ていられなかったのか、部長へ詰め寄った。
「そうですよ熱士さん。皇ニさんなんか、もう過呼吸気味ですよ」
彼女の言う通り、俺の身体はかつてないほど悲鳴をあげていた。
途中で離脱しようとも思ったが、熱士の目つきが殴るような鋭さがあり、躊躇わざるを得ない。
「うるせぇ! マネージャー如きがしゃしゃり出るんじゃねぇ!」
熱士の怒号と、バチンという叩く音が同時に聞こえると、道場内の全ての人の視線を集めた。
縁下さんは、倒れそうになるのをメリディアナに支えられていた。
「熱士! お前何やってんだよ!」
あまりの事態に普段は温厚な田中と遠藤も、鬼気迫る顔で彼の暴走を止めに入る。
「離せお前ら! 練習を続けろ!」
大男に羽交締めされたものの、熱士の手足は殺気を帯びていた。
「ふがっ」
そして彼の後頭部の頭突き攻撃によって、遠藤は鼻血を垂らし狼狽えた。
その隙を狙い、田中に向かって沿道の巨体を投げ飛ばす。
大男2人が、簡単に沈黙させられるなんて。
キーンコーンカーンコーン!
チャイムが鳴ると、彼は舌打ちして道着を脱ぎ始める。
「いいか、俺の方針に従わない奴はただじゃおかないからな! それと佐藤皇ニ、お前は放課後も絶対来るように!」
扉を強く閉め、彼は去った。
台風が遠かった後のように、俺らはただ唖然と扉の方を見つめていた。
しかし縁下さんがぼそっと呟き、静寂は切り裂かれる。
「あいつ、反省したんじゃなかったのかよ」
縁下さんは俺らに何も言わず、その場を去ってしまった。
「あー、こりゃまた熱士の悪い癖が出ちまったなぁ」
「だな、部員が増えて再発しちまったのかね」
田中と遠藤は、空気を和ませるように軽い口調でそんなやりとりをした。
「田中さん、遠藤さん、再発ってどう言う事ですか? 教えてください!」
メリディアナは2人にストレートに聞きに割り込んだ。
2人は顔を合わせ、お互いに深く頷いた。
「そうだよな。2人には話さなきゃな。実はな、この柔道部は……」
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