第20話 ストレスフリーな生活。視点、皇二
自室の勉強机の前、俺はシャーペンを握った。
その瞬間、ピリリと人差し指の少し皮が剥けた部分に痛みが走る。
のけぞるほどでもないが、気にしないでいられるものでもない。
遠藤とかいう奴を投げ飛ばした後、投げ込みが交互に受け身と投げ役が変わることを知った。
まったくの素人相手へ、躊躇なく叩きつけるか普通?
まぁこの怪我は道着を掴んで擦れてしまって出来たのだけれど。
それにしても、最初の一発目は良かった。
柔よく剛を制すとことわざがあるが、もやしの俺が巨漢を投げ飛ばすなんてな。
「失礼します! 今日もノルマ回収してもいいですか?」
背後の扉が開くと、風と共にシャンプーの匂いがほんのりと鼻腔をくすぐった。
ローラーの付いた椅子に腰かけながら、回転して振り向くとメリディアナがいた。
くしで髪をとかしている様子や、匂いから推測するに風呂上りか。
居候のくせに馴染みすぎだろ我が家に。
「ど、どうぞご自由に」
「はぁーい」
去り際に少しニヤつてたなあいつ。
十中八九俺が柔道部に入部した件についてだ。
結局あんなに部活に入りたそうにしてたくせに、メリディアナは部員にはならず、マネージャー枠に収まった。
何がしたいのかわからない上に、今の罠にかかったなというような笑みが腹が立つ。
しかし、あいつのおかげで良いストレス発散を見つけられたのも事実。
ここは相殺して彼女のあの顔を許すことにしよう。
それに、入部するといっても朝練だけという条件付きだ。
勉強と軽い運動、これで鬱屈した日々も少しは快適になるのではないかと考えている。
◆◇◆◇◆
翌日、筋肉痛を伴いながら向かったのは柔道場だ。
軽い運動ぐらいなら付き合ってもいいと思ったが、走り込みだけで体力の大半を持ってかれる。
あぁ、やっぱり俺に運動の素質はないようだ。
「頑張ったね佐藤君! 後少し頑張ろう」
荒い呼吸をする俺に、誰かが手を差し伸べるように声をかけた。
見上げるとそこには縁下さんがいた。
彼女の微笑むような応援のおかげで、このむさくるしい部活動も乗り越えられるというものだ。
というか、この部活を続けられる主要因といってもいい。
「ガハハ! メリディアナ、君も投げ込み参加するかぁ?」
メリディアナと熱士たちが次の練習を開始していた。
女子部員1人では大会に出れないため、マネージャー枠に加わったらしい。
だけど、メリディアナは身体を動かすことが好きなのか部員に混じって練習をしている。
熱士は特段いつもと変わらない対応をしているが、遠藤と田中は素人目でもわかるくらい動きが鈍っている。
「どうした2人とも! いつもの調子でさぁ、投げ込め!」
「遠藤、や、やろう」
俺は彼らが何故落ち着かない様子なのかすぐに理解した。
声をかけると、遠藤は助かったと言わんばかりに安堵のため息を吐く。
「田中さん、練習になりませんよそんな引き腰じゃ。さぁ、投げてください!」
メリディアナがそういうと、田中は目をつぶって彼女を背負った。
しかし、その瞬間田中は彼女を背負ったまま静止した。
「あんな胸を背中に押し付けられたら、練習どころじゃねえな。本当、助かったわ佐藤」
感謝するのはいいが、こっちは初心者なんだから手加減してくれよ。
遠藤は軽々と俺の身体を持ち上げ、畳の上へ落とした。
受け身をとってはいるが、ズシンとくる衝撃に毎度のことながら少し鳥肌が立つ。
◆◇◆◇◆
こんな感じの日々を2、3週過ごしたところ身体にいくつか変化が起きた。
寝起きがスッキリしているのはもちろん、筋肉がついたためか長時間座っていてもあまり疲れなくなった。
加えて、血行が良くなっているためか集中力が高くなっている気がする。
乗り気ではなかったが、受験勉強に役に立つとは思わなかった。
関心しながら風呂場へ向かう途中、リビングから父と母の会話が耳に入った。
「ねぇあなた、皇気のこと心配じゃないの?」
「あぁ? 心配に決まっているだろ? 私の役員としてのメンツに傷が」
「そうじゃなくて。私......いや、なんでもないわ」
あぁ、ストレスフリーな日々を過ごしていたのに一瞬で気分が悪くなった。
俺は忘れるためにも風呂場に入り、早々に浴槽に身体を浸けた。
親共の会話を聞いて不快になったものの、自分も似たようなものだよな。
ここ数週間は皇気のこと忘れていたようなものだ。
上がったらあいつのチャンネル覗いて、大丈夫かどうか確認しなければ。
となれば、長く浸っている暇はないな。
そう思い、浴槽から落ち上がった直後のことだ。
鼻歌をしながらメリディアナが現れる。
もちろん彼女も風呂場に来たからには、生まれたままの姿である。
エッチな動画で女性の裸を映像越しで見てはいるものの、実物はやはり違う。
立体感のある胸や、腰などが平面である動画とは桁違いの迫力だ。
「あ、失礼しましたー」
お互い顔を合わせ、若干思考が停止した。
しかし、俺より先に彼女は冷静に対処を行う。
恥ずかしいとか、男の裸を見たことに何か反応がないのだろうか?
と思ったが、扉の奥の脱衣所からガタゴトと物音が響いた。
助けに向かおうと考えるも、こんな格好じゃやはり出れない。
「メリちゃん、たんこぶ出来ているわよ!」
どうやら母親が彼女の心配をしに行ったらしい。
俺は一件落着したのを確認し、彼女の身体が鮮明に頭に浮かんでしまうのを消すために浴槽の温度を高め、もう一度浸けた。
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