第19話 皇ニ、投げる。視点、皇ニ

 見学することに落ち着いてたのはいい。

だけど、道場の片隅で練習を眺めているのは退屈だ。

加えて、女の子が男に混じって走り込みしているのに、俺は体育座り。

何だかとーっても、居心地が悪い。

それにメリディアナは本当に柔道をしたいのだろうか?

ふいにこちらに視線を向けてくるが、もしかして俺を入部させたいがための行動?

仮にそうだとしたら、余計なお節介と言わざるを得ないな。


「佐藤君だっけ? ごめんね、うちのバカ部長のせいで」


 ふいに縁下さんが声をかけてきた。

隅でポツンといる姿に、申し訳なく思ったのだろう。

俺が何かしら返答しようと腰を上げるも、彼女は「そのままでいいよ」と優しく話した。

その言葉に甘え、腰を再び床に落とすと同時、彼女は隣に座った。

突飛な状況に、思わず身をのけぞった。


「あ、もしかして私って怖い……かな?」


 そばかすの頬を掻きながら、彼女は少し残念そうにそう漏らした。

俺は緊張しながらも、立て直して元の位置に戻った。

バスの中でメリディアナとも隣に座ったことはある。

あいつは容姿だけを見れば非現実的過ぎて、隣にいると緊張が多くなった。

しかし、縁下さんはというと等身大のザ•普通の女の子って感じでめちゃくちゃドキドキする。

ショートカットでボーイッシュな髪型だけど、目は丸くて輪郭もちゃんと女子。

そばかすと小麦肌の弾けるような笑顔がとても魅力的だ。


「でもさ、あいつバカだけど悪い奴じゃないんだよ。

自分のせいで部員が辞めていっちゃったこと、すっごい後悔しててさ。

だからせめて、残ったあの2人のために必死で柔道部を維持しようとしているんだよ」


 ずっとニコニコしていた彼女の顔が、物憂げな表情へと変化した。

見惚れて話半分だったけど、あの太眉にもそれなりの事情があったってことか。

まぁ、どんなか過去があったってそれはそれだ。

彼女の優しさに感動した、見学だけは引き受けたが。

これ以上この部に時間を割くほど、俺の人生は余裕があるわけではない。

見学を終えたら、俺の役目は終わりだ。


「あのさ、良かったら私と少し練習やってみない?」


 彼女は笑顔に戻り、こちらに続けて話しかけた。

け、見学だけで良かったんじゃないのか?

そう喉まで出かけたものの、言葉に詰まった。

しかし、練習は流石に嫌だなぁ。

運動下手だし、手首をやってしまうリスクもある。


「やっぱり怖い?」


 たじろぐ俺の前で、彼女はまた悲しげに眉を落とした。


「いえ! 全然怖く……ないです」


 彼女はきっと、部長と同じく柔道部を存続させたい一心なのだろう。

見学と提案はしたものの、僅かでも俺に興味を持って欲しい。

そんな健気な気持ちで声をかけたんだ。

なのに、怖いと思わせたら流石に気が引ける。

入部するつもりはないけど、感動の分の恩返しはしないとなるまい。


「そっか、ありがとう。じゃあ立って、まずは受け身から」


 と、彼女に言われるがまま身を起こした。


「おっけ! 上達早いね佐藤君」


 あの後、基本となる4種類の受け身をそれぞれ10回ほど軽く練習させられた。

起きては転んでを繰り返し、まるで起き上がり小法師だと恥ずかしくなった。

やっとこさ終わりの合図らしき、彼女の言葉が耳に入る。

受け身だけでも結構しんどいなと息切れするが、彼女が口を開いたのを見て、続きを予感した。


「よし! じゃあ投げ込みやるか!」


 な、投げ込み!?

それってつまり、身体を密着させるってことだよな?

縁下さんと……女の子と身体をくっつける。

彼女の襟を掴むと、胸や身体がはっきりほどピッタリした黒いアンダーシャツが見えた。


「適当に投げていいわよ。私も基本は覚えてるからさ」


 いや、そういうことじゃないんですよ!

これは俺の脳がピンクすぎるだけなのか?

ダメだ、彼女の真剣な目に鼻の下を伸ばした表情をしてはならない。

というか、バレる訳にはいかない!


「はっ!」


 俺は素早く彼女の片腕を両腕で挟み、背に乗せて床に叩きつけた。

照れた顔を見せまいと衝動的にしてしまったが、我ながら自分の行動に少し引く。

女の子を柔らかい畳の上とはいえ、叩きつけてしまった。

罪悪感と不安を感じながら、倒れた彼女の顔を覗いた。

すると、彼女は会ってから一番目を輝かせていた。


「佐藤君、一本背負いじゃんそれ! もしかして、柔道習っていた?」


 彼女は仰向けのまま、感嘆したような声でそういった。


「い、いや。て、テンパっちゃって」


 なんだか知らないが、怪我がなくて良かった。

安堵のため息を吐く俺の前で、彼女は飛び起きて接近してきた。


「そっかそっか。でも、センスあると思うな。どう、楽しくなってきた?」


 ご機嫌な彼女の言葉とは反対に、俺は気持ちとしてはやる前と大差がなかった。

女の子を投げ飛ばしたからって、気持ちがいいものではない。

でも、せっかくの彼女の気持ちを下げる訳にはいかない。

ここわお世辞でもいいから、言ってあげるか。

と、声を出そうとしたその瞬間だった。


「おー佐藤皇二! 柔道に興味を持ってくれたか! よし、遠藤と投げ込みじゃ!」


 突如として熱士が俺の背中を押し、大男の前まで動かされた。

おいおい、女の子を倒すのは気が引けるとは言ったが……これは話が別だろ。

あの歩道橋で出会した愛菜の彼氏と大差ない巨大じゃないか。

裾と襟を持つと、先ほどとは打って変わり、ピクリとも動く感じがしない。


「おー皇ニさん、ファイト!」


 怯える俺を、メリディアナは察するでもなく応援してきた。

お前、人を巻き込んで楽しそうにしやがって。


「ふざけんじゃ……ねぇ!」


 頭に血が上り、またしても無我夢中で身体が動いた。

縁下さんを投げ飛ばした技と同様、背に乗せて彼を畳に落とす。


「おぉ! やるじゃないか佐藤皇ニ!」


 意識を取り戻すと、目の前に倒れる大男に驚いた。

これ、俺がやったのか?

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