第18話 皇二、女神のようなマネージャーと出会う。視点、皇二

「さぁ行きましょう!」


 放課後、チャイムの音がキーンコーンカーンコーンと鳴る。

最後の授業が終わり、帰り支度を済ませた直後のことだ。

メリディアナは有無を言わさず俺の手を掴んだ。


「わ、わかったから! 手を掴むな!」


 周囲の勘違いした視線が痛かった俺は、廊下に引き連れ回されるタイミングでそう言い放った。

コミュ障とはいえ、一大事となれば言葉がスラスラと出るもんだ。


◆◇◆◇◆


 手を放してからも、彼女の美貌によって視線は集めていた。

通行人たちの目には、美女と野獣に見えたのだろうか。

いや、俺の場合は美女ともやしか?

そんなすぐにでも穴があったら入りたくなるような気持ちも、道場の前に来る頃には慣れてしまっていた。

しかし慣れたら慣れたで今度は、この柔道部と木の名札が貼られている扉の向こうに行くのかと、気だるさが湧いて出る。


「えーっと、ここで合っていますよね? あれぇ、鍵が掛かっている」


 メリディアナが扉を引くも、ガチャガチャと音を立てるばかりだ。

その様子を見て、「しめた!」と思わずにはいられない。

恐らく部活の鍵は職員室にあるのだろう。

急いできたから部員がまだ誰も到着していないと見た。

であるならば、今日は休みなんじゃないかとこいつを騙して......。


「やーやー! こんにちは!」


 俺が勇気を出して口を開いたその瞬間だった。

背後から現れたそばかすの女の子は、人差し指で鍵のついたキーリングをチャリチャリと回し、こちらに話しかけた。


「あっ、こんにちはです! あの、柔道部の方ですか?」


 メリディアナが声を掛けると「そうそう、マネージャーだけどねー」と、言いながら、扉を開けて中へと入る。


「ん、入らないの? 興味あるんでしょ?」


 扉から顔を覗かせる彼女に、メリディアナは即答で「あります!」と返した。


「皇二さん、私たち運がいいですね! 私てっきり今日はお休みかと思いましたよ」


 グッジョブと親指を立てて笑みを向ける彼女に、俺はただ苦笑をするしかなかった。

仕方なく中へ入ると、すぐに目の前に段差があった。

隣には木製の下駄箱があるが、脱げってことか。

俺が上履きをとっていると、メリディアナは右足を段差から降ろした。

こいつ、俺が脱がなきゃ完全にあのまま行ってたな。

ジト目を向けると、彼女は口笛を吹いて視線を反らした。


「うわぁ、皇二さん家にある畳よりもふわふわしている!」


 段差を上がると、口には出さないが俺も新鮮な感覚を受けた。

柔道で使う畳と家庭のって同じやつではないんだな。

って、何を関心しているんだ。

俺はこいつを入部させ、あの暑苦しい太眉男を追い払うためにここに来たんだ。


「うおぉ! 嬉しいぞ佐藤皇二!」


 噂をすれば数秒と経たずにご本人が登場した。

現れた矢先、熱い抱擁でお出迎えされた。

男同士でまったくもって気持ちが悪い。

引き剥がそうとするも、ビクともしない力であることを悟る。

諦めて為すがままを受け入れるしかない。

そう覚悟を決めたすぐ、マネージャーの子が救助に来てくれた。


「こらゲジゲジ! またそういうことしたらどうなるかわかってるでしょ!」


 耳を引っ張られた彼は、彼女の言葉を聞いて我に返ったように拘束を解除してくれた。


「すまん縁下陰子(えのしたいんこ)」


「馬鹿! 私じゃないでしょ?」


「あーそうだった! すまん、佐藤皇二!」


「あ、いや別に」


 なんだかよくわからないが、この部活の実質的な権力者は彼女のようだ。


「「インコちゃん、部長、おいす!」」


 2人のやりとりに気圧されていると、扉の方から2人の大柄丸坊主の男が現れた。

部長の太眉は暑苦しいが身長は低く、怖さはない。

しかし、後から現れた彼らはどこからどうみても如何にもな体育会系の図体をしている。


「おー田中と遠藤! 我が柔道部のナンバー2とナンバー3が揃ったぞ!」


 太眉はこれまた嬉しそうに彼らに熱く抱擁をした。


「部長、部員は俺ら3人だけでしょうが!」


「ガハハそうだった! わしとお前らだけじゃ!」


 男3人で笑い合っているその様、むさくるしいの一言に尽きるぜ。

あぁ、体育会系のノリに早くも根負けしてしまいそうだ。


「あのぉ、体験入部に来たメリディアナです! 今日はよろしくお願いします!」


 メリディアナは彼らのノリをまったく気にせず、笑い声を越える声で言い放った。

道場部屋全体に轟くほどの声量に、3人は思わず同時に振り向いた。


「ぶ、部長......これは夢かな? なんか、目の前に天使のような超絶美少女がいるんだけど?」


 大男2人は、お互いの頬をつねって現実かどうかを確認し合った。

2人の交差する腕を潜り抜け、熱士は両腕を組んで深呼吸を行う。


「全員注目! わしから大事なお知らせがある!」


 先ほどのメリディアナに負けない声量で彼がそう喋ると、この場の全員が同じ方へと顔を向けた。


「えー、知らせというのは他でもない! ここにいるメリディアナと、佐藤皇二が部員として加わることになった! これで部は廃部を免れ、無事最後の大会に出られるということだ!」


 ......は?

俺も含めたかこいつ今?


「ゲジ、この美少女ちゃんはそうっぽいけど。彼は本当に入部希望者なの?」


 縁下さんがこちらに目線を向けた瞬間、俺は激しく首を横に振った。

彼女がここの権力者である以上、ここで全力で意志表示せねばなるまい!


「うむ! メリディアナが今朝、言ってたぞ! 彼は少し口下手だから、本当は柔道がめちゃくちゃやりたいんだってな」


 メ、メリディアナてめぇ!

俺は思わず、こめかみに筋を立てて彼女を睨みつけた。

するとまたしてもグッジョブと返してくる。

なんなんだよこの女は本当に!

厄介事を呼び込むスキルでも持っているのか?

彼女を見つめていると、縁下さんが目の前に立った。


「佐藤君だっけ? ゲジがなんか迷惑かけたんなら、無理に入らなくていいよ。でも、せっかく来たんだから見学だけでもどう?」


 彼女の優しい提案につい、目頭が熱くなった。

うぅ、不幸中の幸いとはまさにこのことだ。

悪魔のような天使のおかげで、俺の人生は一生ハードモードなんじゃないかとこの瞬間まで思った。

だが、世の中にはこんなにも察しがよく女神のような方がいるんだ。

いやいかん、感動しすぎて返答を忘れていた。


「は、はい。その方向でお願いします」


 俺は涙を押し殺し、女神の提案を藁にも縋るようにすんなりと受け入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る