第15話 自己嫌悪と小石。視点、皇二

 はぁ、誰かと帰ると何か話さなくちゃと考えてしまう。

だから色々理由をつけて、メリディアナと別れようと思った。

なのに結局、彼女が素早く合流を果たし、隣の席にいた。

自他共に認めるガリ勉の俺に、彼女と楽しい会話をしろっていうのか?

普通の女子相手でも難しいし、こいつはなんと言ってもサキュバスみたいな格好した天使だ。

いや、今は留学生という設定を守るために傍から見たら普通の女の子ではある。

しかし、こいつが少しネジが抜けてることはこの数日で重々承知している。

あぁ無理だ、コミュニケーション弱者の俺には彼女と何を話せばいいか思いつかん!


 窓の流れる景色を見つつ、話しかけるべきかどうか悩むうちに家へ辿り着いてしまった。

彼女の方へチラチラと顔を向けて見たが、必ず目が合うんだよなぁ。

何故かわからないが、恐らくずっと無言でこちらを見ている。

この状況は喋らなくて済んだと喜ぶべきか、置いていこうとしたことに苛立ちを覚えてキレる寸前なのか。

後者ならこの扉を開ける前にアクションを起こしてもらいたいものだ。

親たちの前で彼女のぶっ飛びが発動したら、手につかん。

ビクビクしながら、玄関の扉をガチャリと開けた。

すると、突進してくるのではと見間違えるほどの勢いで父が鼻先近くまで接近した。


「おい皇ニ! お前、最近外出が多いようだが受験に差し障りないんだろうなぁ!」


 貫禄のある顔と怒号を前に、若干どう返答すべきか困惑した。

そういえば、昨日はレンタル自習室と言い訳したものの、今回は忘れて何も言わなかった。

うーん、下手な嘘をつけばなんと言われるか。

ていうか、俺のことより大事なことあるだろ親父。


「叔父様、皇気さんは戻られないようですけど。大丈夫なんでしょうか?」


 そうそれだ!

って、俺が口にしたかったことをメリディアナ……君がやるか。

父はムッとした顔のまま彼女に目線を合わせる。

しかし、すぐに表情を和んだ顔にコロっと変えて彼女に応えた。


「メリディアナちゃん、夕食出来ているから食べておいで」


 そう言われた瞬間、彼女の腹部から「ぐぅ」と音が鳴った。


「あはは! そうですね、お先に失礼します!」


 メリディアナは少し頬を赤らめ、その場を去った。

彼女が消えると、途端に父の顔は険しさを取り戻した。

というか、本当に弟のことは気にしてないのか。


「いいか皇二、よく聞け。皇気が家出した件なのだが」


 いや、流石に子どもが1日帰らないとわかったなら心配するよな。


「警察に連絡して大事になる前に見つけてもらおうという算段だ」


「大事?」


「あぁ、万が一騒ぎになるようなことがあれば天下りした地位も揺るぎかねない。考えて見ろ。大企業の取締りであるこの私が、口喧嘩ごときで息子を危ない目に合わせたら、風当りが悪いったらありゃしない」


 目の前の中年男性の長い愚痴を聞き、俺はうっすらと引っかかりを覚えた。

どこまでも自己保身や人目を気にして、弟のことを心配すらしていない。

親父がここまで酷いとは思わなかった。

という軽蔑する気持ちと同時に、彼へそれを咎める資格は自分にはないことに気づく。

俺はその後もじっと、マシンガンのような父の愚痴を聞き続けた。

そして喋り続けて若干酸欠を感じたのか、父は大きく息を吸った。

落ち着くと、両肩に手をかけて最後に言い残す。


「皇ニ、頼む! お前だけは、私を裏切らないでくれ! わかったか?」


「......はい」


 俺が心のこもってない一言で返すと、父は深く頷いて去った。


「それでこそ私の息子だ。さぁ、私たちも夕食を食べよう」


 食事を終え、俺は表情1つ変えずにリビングを去った。

これほど味を感じないことは初めてだ。

風呂はシャワーだけで済ませ、床に伏せた。


「皇二さ~ん」


 暗い部屋のベッドの上で、毛布に包まる俺へメリディアナが声をかける。

彼女がこの時間に扉を開けるのは習慣となっていた。

夢からストレスエネルギーを回収するため、活動していいかと毎晩訪ねてくる。

俺はいつもは声で返していたが、今日は手で追い払うように合図した。

しかし、数秒ほど行っても扉が閉まる音が聞こえない。

違和感を覚えた俺は、起き上がって彼女を見た。


「だーもう。いいよって意味だよ」


 そう声を掛けると、「そーですか」と頬を膨らませて扉を閉めた。

俺は気にかけることもなく、再び毛布の下に胴体を隠した。

暗い毛布の中、スマホを起動してサキュチューブを眺める。

さっき親父の愚痴を聞いて、引っかかったこと。

それは皇気が親父と口喧嘩している際、誤解を解きに行けなかった自分の姿だ。

その時、俺も親父同様保身に走った。

親から良い子に見られていたいという、勝手な都合。

そのせいで皇気を苦しめたことは、親父よりも酷いかもしれない。

結局俺は、敷かれたレールを踏み越えたくなかったのだ。

男子校行ってコミュ障悪化して、童貞人生に拍車をかけることとなっても。

行動する覚悟もない、ヘタレのこの性格が問題なんだ。


 あぁ、自己嫌悪に陥る前にサキュチューブで何か気分転換せねば。

スクロールしていくと、ある動画が目に止まった。

サムネイルは大阪西成区と書かれた赤文字があり、おばさんと皇気が並んで写っている。

タイトルは「家出して2日目、今日は大阪西成区に住むリスナー宅から」というものだ。

動画を視聴してみて判明したが、タイトル通り数少ないチャンネル登録者の家で泊まっているらしい。

再生数は数千回だが、彼の以前の動画と比べたら伸びている方だ。

コメント欄を見ると、「皇気君かわいい」とか、「うちも寂しいから来て」とか書かれている。

どうやら皇気の見た目も相まって、独身女性視聴者に一定数の需要が発生したようだ。

すぐに親へ伝えようと考えたが、止めた。

皇気の家出動画2本は、他と比べて本気度が明らかに違う。

彼を家へ帰すのが正常な身内の判断ではあるが、彼本人がそれを望んでいるとは限らない。

野宿で飢え死にするわけでもない現状を考えると、活動を見守ってあげるのがよさそうだ。

俺はこれ以上、弟を傷付けたくない。


 俺は皇気の無事を安堵しつつ、羨ましさを覚えた。

親と本気で言い争って、家出してもこうして自由に生きている。

俺がお前より後に生まれたら、そう成れたかもしれないと考えるとな。

ダメだ、動画見てスッキリしようと思ったのに。

こういう時は……寝るに限る。

こうしてまたサキュ天という変わった存在が傍にいたり、弟が家出して若干動画がバズり出しても、俺の変わり映えしない1日が過ぎた。

しかしそんな平凡な日々は、2日前に残した時限爆弾の起爆によって、変化が起こり始める。

まず最初に起こった異変は窓からだ。

朝方、窓にコツコツと何かがぶつかっている音が鳴り止まない。

寝ぼけた眼でゆっくりと上体を起こし、窓を開けたその瞬間だ。

額に小石がヒットし、一瞬で意識がスッキリとした。

ベランダから見下ろすと、そこには二日前に校門で出会ったあいつがいた。


「佐藤皇二! やぁ、一緒に登校しようではないか! そして、ぜひ柔道部へ! ガハハ!」


 大声で近所迷惑も考えずにこの人は。

こういうシチュってアニメや漫画ならかわいい幼馴染のはずだろう?

なんで太眉で暑苦しい顔の男に朝っぱらから会わなければならない。

しかし、このまま大声で呼ばれ続けたら親に気づかれる。

たくっ、俺の人生は正規ルート外れたら全部バットエンドに出来ているのか?

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