第16話 しつこい勧誘者。視点、皇二

「皇二、朝食食べないと持たないわよ」


 俺は母親の小言すら耳に入らないほどに血相を欠き、玄関へ向かった。

扉を開けた後も駆けようと思っていたところだが、数メートル先で太眉が仁王立ちしていたため急ブレーキを掛けた。

暑苦しい顔面が数センチに迫ったところで、男と初キスしてなるものかと馬鹿力を使った。

なんとか慣性を押し殺し、持ち直す。

冷や汗を拭いて彼の顔を見ると、前歯が1つ掛けているのがわかるぐらいにはニッコリとしていた。


「おはよう、佐藤皇二! さぁ一緒に登校しながら、部活について話そうじゃないか」


 やっぱりそれか。

ここは無視を決め込み、とりあえず家から離れよう。

親に気づかれると面倒になる。

一言も返さず、軽く会釈して歩きだす。

だが当然、意に返さず付きまとってきた。

まぁここまでは想定通り。

この先にある横断歩道、今は青信号となっている。

こいつの隙と、赤への切り替わりのタイミング。

それらを逆算した歩行スピードを維持し、白線をまたぐ直前に走る!

と、緻密な計画を立てて実行してみたものの、重大な見落としをしていたことに気づいた。


「なんだ佐藤皇二! そうか、学校に先に着いたら部活に入部するってことか! いいぞー」


 そう、俺が運動能力皆無であることに!

しかし、運よく火山熱士(ひやまあつし)の脳筋思考のおかげで結果は成功したようだ。

勘違いした彼はそのまま遥か先へと走り去った。

「ふぅ、一息できる」と、一瞬思うも、悩みの種が増えたことにげんなりした。

恐らく今日からあいつは、俺が部活に入るまで家へ通ってくるだろう。

昨日、親父がきつめの忠告をしてきたしな。

部活勧誘の話が耳に入れば、本当にめんどいになる。


「皇二さ~ん、お弁当と朝食用のサンドイッチ届けてって言われたんですけど! それと、行ってらっしゃい、気を付けるのよ。あなたは我が家の宝なんだからね。万が一、変な人に絡まれたら即通報するのよ。あ、その次にお家に電話してね。大丈夫、すぐ駆けつけるからって言ってましたよ」


 背後からまくし立てるように誰かが話しかける。

声からしてあいつだろうと予想すると、やはりメリディアナがそこにいた。

急に出たためか、母が心配してメリディアナに頼んだのだろう。


「あ、ありがとう。それと、ご......」


 あぁ、コミュ障発動してしまった。

このまま流れで迷惑かけてすまんと謝りたかった。

しかし、こう面と向かってとなると緊張する。

言い淀んだが最後、なかなかもう一度言うのは厳しい。


「いえいえどういたしまして。さぁ、行きましょう」


 他人から見ればかなりキモいであろうキョどりをした俺に対して、メリディアナは察するようにそう言い放った。

そして数歩先を歩いた後、ピタっと彼女は止まる。

振り向いて、こちらを見つめてきた。

俺はその一挙手一投足に驚きを隠せなかった。

何故なら、こいつは空気読めないどころか騙されて馬のイチモツを口に咥えるクレイジー。

そんな彼女が、空気を読んできた。

何故だろうか、少し口角の上がった彼女の表情を見るとドキドキする。

って俺は童貞拗らせ過ぎだ。

ちょっと優しくされたくらいで期待するな!

それと、彼女の根本は変人だということを忘れるな!

俺は頬を叩き、自分に言い聞かせた。

深呼吸をし、歩きだそうとしたその瞬間。


「ガハハ! 私の勝ちだー佐藤皇二! さぁ、柔道部に入部してもらうぞ!」


 うげぇ、学校に辿り着いて折り返してきたのかよ。

熱士は砂煙を足元に纏いながら、走り迫ってきた。

どんだけ体力有り余ってるんだこの男。

というか、勝手に勝負着いていよいよ逃げ場がない。


「皇二さん、柔道に興味があったんですねぇ。へぇ、意外です」


 メリディアナは小さく口を開け、関心した素振りを見せる。

しかし、幸いにも俺がいるのは白線の上。

そして、横断歩道の信号は点滅して赤へと再び切り替わろうとしている。

俺は彼とのすれ違い様、全速力で向かいの道路まで向かった。

振り返ると、流石に咄嗟のことで彼もすぐには反応できなかったようだ。

赤信号に切り替わり、俺とメリディアナたちの間に車がせわしなく横切り始める。

まぁ何はともあれ、今日はこれで切り抜けられただろう。

メリディアナに言いそびれたことも、スマホで伝えればいいか。

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