第13話 魔法が効かない!? 視点、メリディアナ

「愛菜ちゃん......どうしてここに。いたっ」


 大男の分厚く太い手は、腕という肢体1つを掴んでいるだけというのに、容易く私の身体を思いのままに動かした。

羽交い締めされ、肘から先以外は拘束されてしまったようだ。

足掻く私に力を緩めることもなく、男は先ほどまでより呼吸が荒くなった。


「ひひひ、久々の上玉で興奮するぜ。おいっ、俺の顔は撮るなよ愛菜!」


 このままだと本当に彼に襲われてしまう。

口を抑えられて助けを求めることはできない。

愛菜ちゃん、嘘だよね?

私は涙を押し殺し、彼女を見つめた。

彼女の方へ目線を切り替えた瞬間、瞳孔を開かずにはいられない光景が飛び込む。

ケタケタと笑いながら、スマホをこちらに向けているのだ。


「ハハハ! メリディアナ、あなたが悪いのよ? 私より目立とするから」


 愛菜ちゃん......私が悪いってこと?

また友達を苛立たせてしまったんだ。

顧みると、今までは運がよかっただけなのかも知れない。

私から遠ざかるだけで、危害を加えられたことはなかった。

だけど、今回限りでその運も使い果たした。

本当に私は誰とも心を通わせることはできないんだ。


「あら、ジタバタはもう終わり? まぁ、その方が脱がすには手っ取り早いからいいんだけどね」


 ノルマがまた遠ざかるけど、もうなりふり構っていられない。

私は足元に魔法陣を展開し、ターゲットとなる2人を見つめた。

記憶改ざんのために、まずは強制睡眠を掛ける。

陣が輝きを放つと同時に、2人の額に同様の形のものが展開された。

愛菜ちゃんの瞼がゆっくりと落ち始めた同時、男の締め上げる力が弱まった。

私は腕を両手で掴み、どかそうと動かす。


「うぉっと、逃がさないよ!」


「......嘘!」


 1秒ほど緩んでいた彼の腕は、途端にまた力を取り戻した。

逃がさないために、より一層力が強くなる。

首への圧迫が強く、呼吸が苦しい。

な、なんで眠らないの?

いや、効力がないということはまさか。

こんな魔法、こっちの世界じゃ使わないと思ったのに。

私は瞳の中に星型の魔法陣を形成し、2人の状態を確認した。

やっぱり、他の誰かが2人に魔法を掛けていた。

魔法の上書きはより強い魔力でしか行えない。

同等かそれ以下の魔力量で発動した場合、効力は一時的なもので終わる。


「さて、そろそろお胸を拝ませてもらおうか」


 頼みの綱が切れた途端、より一層この状況への恐怖が増した。

私はただ動くこともできず、笑いあげる愛菜ちゃんを見つめることしかできなかった。

男の手が懐へ近づこうとしたとき、視界の明るさが増す。

見間違えかと錯覚するがそうじゃない。

私の後ろから確かに、光が出ている。


「ど、どうする相羽(愛菜の苗字)! この瞬間を持ってお前の立場は、俺とフェアになったが」


 振り返ると、皇二さんがスマホ片手にそう言い放った。

挙動不審で視線を何度もこちらとどこかに往復している。

スマホから発せられる光で、愛菜ちゃんは目を細くしていた。


「誰かと思えば、ガリ勉じゃん。何、それでビビるとでも考えたの? これだから勉強しかできない陰キャは」


 彼女がくいっと顎を突き出すと、私を拘束していた腕は片方のみとなった。

それでも片腕だけで宙に浮かされてどうにもできない。

彼は私を持ち上げながら、皇二さんの前に立った。

見下ろす大木のような男の前で、彼はただ毅然とした面構えで対峙する。

震える足を見れば、瘦せ我慢であることは私にもわかる。

だけど嬉しかった。

彼は友達じゃないし、私のことを段々と煙たがっていた。

それなのに、動機はわからないがあなただけがまだ受け入れてくれている。

勘違いだけど、一瞬でもそう感じさせてくれた。

大きく振り上げた大男の拳。

あの腕力から繰り出される威力、とても無事では済まないでしょう。


「皇二さん!」


 考えるよりも前に、身体が動いた。


「おおっと、危ない!」


「なんだてめぇ、どこから出てきて」


 その声の主の方へ、自然と顔が向いた。

太い眉に濃ゆい顔!


「なんだよ次から次へと。うぜぇんだよ! 野郎どもは大人しく地べたで寝てろや!」


「ガハハ! 男と男の勝負ということだ! 燃えるなぁ!」


 快活に笑う彼は、怒り狂う大男と反対に余裕さがある。

しかし、あの人の体格は皇二さんよりも劣る。

彼の首元に差し迫るあの太い手は、簡単に太眉さんを痛めつけられるだろう。

こうなれば仕方ないですね。

愛菜ちゃん、あなたを人質にするしか方法は......。

私が振り向こうとしたとき、宙に何かが浮いた。

横目で見てもあまりにおかしな光景が映る。

大男の顔が逆さまになり、歩道橋の外へあったのだ。


「うあ”ぁ”!」


 その光景は鮮明に記憶に残るが、現実としては瞬きの間で事は終わっていた。

水しぶきの中へ消えていった彼は、岸まで泳ぎきった頃にはヘトヘトになっていた。

この秋の寒い夜に川に浸かったのだから、全快になるのに時間はかかるだろう。

それにしても、誰がこんなことを?


「ガハハ! 見たかね佐藤皇二くん。これが背負い投げだよ!」


 まさか、あの人がやったの!?

......すごい。


「で、どうするんだねそこの君は。女の子を痛めつける趣味はないが......」


 彼が言い終わる前に、愛菜ちゃんは電池が切れたロボットのようにその場に倒れ込む。

駆け寄るのが間に合わなかったものの、大怪我はなさそう。

どうやら本当に、誰かに記憶を改ざんされて敵意を向けたようだ。

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