第12話 メリディアナ、落ち込む。視点、メリディアナ

 天上の電灯は一般的に見るものとは違う。

球体のそれは部屋中を照らし、壁や床・机などにまだらの光の点を作る。

その点も一色ではなく、赤・青・緑とバリエーションが豊かだ。

それに各個室から薄っすらと聞こえる楽しそうな声。

このカラオケというお店は見るもの全てが新鮮。

何の変哲もないこのソファーに腰かけ、歌わずともこの空間に佇むだけで興奮を覚えた。


「はいはい! いいよー愛菜!」


 歌っている彼女と、マラカスで応援するお2人。

3人ともスカウトマンが去った後に見せた不自然な笑顔は消えている。

いや、あの笑顔は私の思い過ごしかもしれない。

さっきも今も、みんな純粋に楽しんでいるはず。


「はいはい! いいよー愛菜ちゃん!」


「メリディアナちゃん、合いの手下手すぎ」


 マラカスとタンバリンで歌っている愛菜ちゃんを応援していた2人は、私に笑いながら話しかけた。

あ、合いの手っていうんだこれ。

私はすぐさまスマホを取り出し、"合いの手"というワードを検索した。

な、なるほど。

歌と歌の合間に挟まなけらばいけなかったんだ。

通常一般的な掛け声として「はいはい!」や「ふぅふぅ!」などが挙げられる。

よし、これで応援しようっと......思ったんだけどな。

私が小さな液晶版から顔を戻したころには、すでに愛菜ちゃんは歌い終わっていた。

一緒に座っていたお2人が彼女へ拍手する様を見て、私は急いで後に続く。


「どうよ私の十八番!」


「さいこーだよ愛菜!」


「さ、最高でした!」


 音程は少しずれていましたけど、指摘しないのがここは吉です。


「あはは! メリディアナ、ちゃんと聞いてなかったでしょ? 途中でスマホいじってたの知ってるんだから」


「ご、ごめんなさい。合いの手がわからなくて、調べようと思ってつい」


 あぁ、そうでした!

彼女へ合いの手を入れずに私は関係ないことしていた。

うぅ、これでは楽しんでいない人みたいになっているよ多分。


「いいよいいよ嘘言わなくても。本当はあのスカウトの所にメールでも送ってたんじゃないの?」


 愛菜ちゃんはメロンソーダという飲み物をストローで飲み終わると、ニヤリとしながらそう言い放った。


「いや、本当に違うんですよ!」


 私は勘違いさせてしまったと焦りに焦り、彼女の目を見つめて答える。

そう答えると同時に机に手を置き、身を乗り出していた。

その姿を見て愛菜ちゃんたちは数秒ほど沈黙した。

そして、愛菜ちゃんが「ぷっ」と吹き出すと笑いが漏れる。

他の2人も続いて口角を上げた。


「冗談よメリディアナ。あ、私少しトイレ行くわ」


 彼女は笑い終わるとそう言い残し、扉を開けた。


「「私もー」」


 そして立て続けにお2人もその扉の奥へと消えていく。


「わ、私も!」


 こ、これは恐らく連れションという文化!

残っていては友達とは言えない!

私が扉に手をかけると、愛菜ちゃんの友達の1人が一瞬鋭い眼光でこちらを見た。

扉の前で立ちふさがる彼女は、すぐさまニッコリとした顔へ戻る。


「メリディアナ、あなたはそこにいてね? みんな居なくなると、空き室と判断されちゃうこともあるから」


「で、でも私も」


「お願い!」


「は......はい」


 ちょっと圧を感じてしまった私は、この長細い空間の中に取り残されてしまった。

もしかして連れションの選択肢は間違った知識だったのでしょうか?

少し怒っていた気もしたし、何だか雲行きが怪しい。

でも、ここから挽回するために全力で合いの手をマスターしないと。

私はスマホで女子中学生が歌う定番曲をリストアップした。

そして、実際に曲を流して歌と歌の間に合いの手を入れる。

10曲ほど合いの手をマスターし、11曲目をスマホで確認した時とあることに気づく。

え、もう時間ギリギリじゃないですかこれ!

愛菜ちゃんたち、もしかしてお腹の調子が悪いのでしょうか?

3人の心配をしていると、ピピピと扉の隣の壁に設置されていた電話機が鳴り始める。

受話器をとると、店員の方が延長しますかと質問してきました。

ど、ど、どうすればいいんですかこれはー!


「ちょ、ちょっとお時間よろしいですか?」


「はいどうぞー」

 

 携帯でお三方に呼びかけても反応はなし。

うーん延長すべきか、帰るというべきか。

帰るとしたら愛菜ちゃんが一曲歌っただけ。

延長したら3人の様子を確認しに行き、さらに時間を伸ばすべきか考えられる。

そうですね、ここは選ぶべき択は1つ!


◆◇◆◇◆


 私は店員さんに時間を延ばしてほしいと述べ、受話器を戻すとすぐにトイレへ向かった。

女子トイレへ入ると、走った勢いのまま閉じられた扉をコツコツとノックした。

しかし、私の呼びかけに答える声は誰一人として聞いたことのないもの。

3人ともどこへ行ったのでしょうか。

その後、部屋へ戻った私は2回目のコールでカラオケ店を出ることを決意しました。

屋外へ出ると、夕日が射してはいるものの薄っすらと夜へ移り変わっていく。

そんな橙色の空が暗くなりそうな光景が目に映る。


 はぁ、これはまた......グッパイですかねぇ。

しかも今回の失敗は相当きつい代償を支払うことになりました。

なんと、カラオケ店の料金全部私持ちです!

あぁ、最悪です!

帰りの電車賃もないし、皇二さん家までは4駅ほどの距離。

歩いていくしか、ないですよね......はぁ。


◆◇◆◇◆


 ぼーっと落ち込みながら歩き続けた結果、ようやく彼の家の最寄り駅から1個分離れた距離まで到着。

額の汗を拭きとると同時にひんやりとした風が通る。

身体を震わせた私は当たりが完全に夜であることに気づく。

私は歩き疲れて少し、歩道橋で休んだ。

愛菜ちゃんたちには愛想つかされるし、お金はすっからかんだし、脚が重たいし。

何で私ってこんなに不器用なんだろうか。

いや、自分でもわかっている。

私は人の感情や考えていることを察するのが超絶に下手くそ。

おまけに口からポロっと、たまに人を怒らせてしまう発言をする。

そのせいで周りからどんどん人が去っていき、いつも1人だ。

自覚して、2回目に同じ過ちをしないようメモにしていつも読んでいる。

頬を垂れる雫が川に落ちていく。

あぁ天使なのに、人々の日々のストレスを回収して少しでも頑張って生きれるようにするのが役目なのに。

なんで私がこんな落ち込んでるの!


「そろそろいいかぁ、愛菜」


 涙を抑えようとしたその時、誰かが腕を強く掴んだ。

見上げると180cmはあるのではないかという大男がいた。

彼は私を掴んでいながらもこちらを見ていない。

背後にいる誰かへ顔を向けている。

愛菜ってもしかして......。

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