第10話 皇二、追いかけられる。視点、皇二
自宅へ帰ると、やはり何気ない日常があった。
昨夜からメリディアナという留学生が加わったというのにだ。
いや、少し違う点としては風呂から出て自室へ戻った弟。
彼は自室へ戻ると決まってサキュチューブ撮影をしていた。
しかし、今日はない。
休みなのか父の説教によってなのか。
まぁ、それぐらいの日常の差異などどこの家庭にもある。
「メリディアナ、帰りました!」
扉を開ける音と共に彼女の声が一階から鳴り響く。
俺は母へ夕食は食べないことを伝え、自室へ閉じこもった。
異世界も、家も、学校も。
すべてが俺を拒絶し、定められた道へ進ませようとする。
こんな抗えない運命の元生きる男子中学生が他にいるのか?
ダメだ、勉強が手につかない。
俺はいつもより早く、身体を横にした。
ストレスのせいか、なんの夢も見ることはなかった。
いや、俺が拒絶してきた異世界へ行きたいと思えなかったからかも知れない。
「では、叔母様行ってきます!」
目が覚めたのは快活な彼女の声によってだ。
サキュ天のくせに、我が家へ完全に順応してやがる。
恐らく陽キャグループと遊びに行くのだろう。
注意事項をまた読ませようと脳裏によぎるが、即座にその考えを捨てた。
あんなやつのこといちいち心配する労力が無駄だし、昨日学校でもそれなりに慣れていたからな。
多少ぶっ飛んだ部分があるといっても、人間関係を壊すほどではないのかもしれん。
それに今日は待ちに待った土曜日だからな。
こっちとしても心身ともに休めたいところだ。
まぁ俺の場合は自宅で勉強漬けとなる訳だが。
いやしかし、彼女が自宅にいないのであればここはアオシスになるのではないか?
今俺は、家で彼女の行動を監視する必要もないわけだ。
そう考えながら、ポテチを爆食い。
よし、準備は完了!
ようやく久しぶりに、小さなお姉さんと再会できるぞ。
「ごらぁっ! 皇気、またしでかしやがったなぁ!」
何だ?
父は弟に再び大声を上げた。
「うるせーな親父!」
皇気も立て続けに叱られたとあって、最初から声を荒げる。
「うるせぇなだと! 貴様、私が休日に飲もうとした酒を空にしただろ!」
......それ俺じゃん!
うわぁ、やばい。
もしかして、俺が転落するために拝借したあの酒で揉めてるのか。
あぁ、早く事情を話さないと。
自室の扉のドアノブへ手をかけた瞬間、俺は立ち止った。
そこから一歩も足を踏み出せなかった。
親に歯向かわない良い子という俺のストレスの根本にあるもの。
それが今、破られようとしているからだ。
結局、コミュ障だから上手く話せないだろう。
という適当な言い訳を思いつき、俺は口喧嘩が終わるまで自室を出るのを止めた。
あぁ、結局俺は自分で自分を縛っているだけではないのか?
机へ顔を突っ伏し、自己嫌悪に陥った。
「もういい! こんな家、こっちからお断りだ! じゃあな!」
バタンと玄関の扉が閉まる。
あの怒りよう、1日やそこらで帰ってくるとは思えない。
俺は階段を降り、レンタルできる自習室で勉強をすると言い訳をして家を出た。
これ以上、弟へ迷惑かける訳にはいかない。
幸い、家出といっても見当は付いている。
彼がサキュチューブを一緒にやっている友達の家だろう。
小学校に上がる前の記憶ではあるが、俺も彼の家へ遊びに行ったことがある。
記憶を頼りに周辺を散策していると、学校の前に来た。
休日だというのに部活の勧誘か。
他の部活動を行っている部員をスカウトするため?
いや、彼らがどんな目的であるか考えている場合じゃない。
通りすぎようとするとも、プラカードを持ったその集団と視線が合ってしまった。
「君! 俺たちと青春を過ごさないか!」
こんなに大勢に囲まれたことがないため、緊張で言葉がでない。
俺はタイマンで話すにしてもコミュ障なんだぞ?
「あ、あの。俺、中3なんで......はいっ」
勇気を振り絞り、小さな声でそう発した。
すると、目を輝かせて接近してきた軍団は踵を返す。
「ちぇっ、中3かよぉ」
ふぅ、何とか乗り切れたようだ。
受験が迫る中三なんか、部員の足しにはならないだろうからな。
額に垂れる汗を拭きとり、俺も校門から遠ざかろうとした。
しかし、その足は止められる。
撤退したと思った部活勧誘団であったが、残党が1人目の前に立ちふさがったのだ。
「君、私は中三でも構わない!」
太い眉に暑苦しい顔と柔道服。
男というより漢と呼んだ方が適切ではないかと思った。
俺が滅多に接触することのない人種である。
悪いが、俺はこれ以上振り絞れるものはない。
ここは無言無視を決め込み、素通りしよう。
「待ってくれ! 頼む、この通りだ!」
漢はまたしても目の前に来て、今度は土下座をしてきた。
周囲に人影はないが、誰かがこんな状況を見れば怪しく見える。
俺は隙を伺い、逃走を試みた。
よし、土下座しているからこちらが見えないのだろう。
まだ顔を床に着けてあそこにいる。
30メートル程距離が離れたところで、俺は走るのをやめた。
はぁ、休日に体力を使うハメになるとはな。
だがこれで振り切れ......。
「待てー! 頼む部員になってくれ!」
うわ足速い!
さすが運動部だな。
て、関心している場合ではない!
こんな距離離したのに、もう10メートル差だ。
目の前に交差点があってよかった。
踏切の信号が丁度カンカンカンと鳴り、遮断機が降り始める。
しかし、彼はそれを知りつつも全力で走ってきた。
漢、もしかして遮断機が降りる前に渡ろうというのか?
あの速さなら可能かもしれない。
俺はまたしても運動不足の身体にギアを入れた。
くそっ、心だけじゃなく身体まで痛めつけにきたか運命よ。
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