第8話 好転するわけでもない人生。視点、皇二

 怒ると怖い担任だったこともあり、授業中は黒板をカツカツとチョークを付ける音がしっかりと後ろの席まで聞こえた。

メリディアナはあの後、本当に紙にピクリとも反応せず授業を受けていた。


「であるからして......」


「先生、もう終わりだよー」


「あっ、すまん」


 という先生と最前列の席に座るクラスメイトのやりとりが行われた。

その数秒後にはチャイムが鳴り、1時限目の終わりを告げる。

途端に教室中の至る所で喋り声が聞こえ始めた。


「ねぇ、これみて。競走馬がアソコ食いちぎられたって」


「えぇ!? 損害額1億円!?」


 あぁ、十中八九メリディアナの件だろうな。

やはり彼女を野放しにしておくわけにはいかない。

俺は教科書等を急いでバッグへしまい、隣の席を見た。


「でさー、メリディアナちゃんは彼氏いるの?」


 すでに人だかりが出来ている!?

彼女の席の周りは人の壁と言っても過言ではない有様だ。

あの中を割って入り、彼女を連れ出すなんて芸当できない。

だが、彼女も同時に複数人に声を掛けられたこともあって困惑している。

この好機を逃すと、注意事項を改めなければならない。

何かいい手はないものか。


「あーこのワンちゃんかわいい! 買いたーい」


 ふいに誰かの会話が鮮明に耳に入る。


「あんたん家、ペット禁止でしょう!」


 そのやりとりから俺はある作戦を思いつく。

スマホの音量をMAXにし、少し怖いが窓のふちへ置いた。


「ワン! ワン!」


 サキュチューブにあった犬の鳴き声を再生する。

すると、メリディアナの周りにいた誰かがそれに反応した。


「え? 校庭に犬侵入した!?」


 その一言が入ると、ビックイベントとばかりにこちらの窓際へ駆け寄る。


「どこどこ!」


「いなくね?」


◆◇◆◇◆


「皇二さん、なんなんですか一体。あなたが私を家に泊めてくれたのは感謝していますよ。でも、留学生設定やら家ではこうしとけとかもう頭パンパンですよ。

まだ詰め込ませる気ですか私の脳みそに」


 はぁ、急いで教室を出たこともあって息が上がってしまった。

彼女を無言で連れ出したせいか、愚痴をつらつらを吐かれる。

だいたい、俺は君のためを思ってしていることなんだがな。

家に泊めているのも、留学生設定やらも。

まぁいい、助けたのは俺のただの性分だ。

彼女に恩着せがましくするのもおかしな話だよな。


「これ、読んどいて。天使ってバレないように」


「はぁ、わかりましたよ! せっかく友達が出来そうだったのに」


 何だよその言い草。

あぁ、これが現実ってわけか。

結局俺のやる事って全部空回りってわけだ。

美少女といえど、所詮現実の存在。


「じゃあ俺は行くよ」


 彼女のノルマが終わるまでの一時しのぎ。

いじめっ子から課外授業の間保護してあげただけ。

別にこれ以上、無駄に会話する必要はない。

注意事項通りに動けば、彼女もこの世界で騒ぎになるようなことはしないだろう。


◆◇◆◇◆


 ようやく昼休みか。

俺は過去問集を机に置き、片手でカロリメイトを握った。


「メリディアナちゃん、一緒に食べよー」


 隣では陽キャの女子グループが彼女に接近していた。


「ツーツーツー」


 彼女は俺の指示通り、翻訳機をオフにしている。

まだ多くを喋っていないため、完璧に日本語をマスターしていないというフリをさせた。

これにより、彼女の言動がおかしくてもコミュニケーションが上手くとれなかっただけ。

と相手が勝手に処理してくれるだろう。

俺は少し聞き耳を立てつつ、過去問集の問題を解いていった。


「ねぇどこから来たの?」


 彼女は上を指しつつ、モグモグと母に渡された弁当を口に運んだ。


「上? いや北かぁ、どこだろう」


「ロシアじゃね?」


 などと他愛もない会話を繰り広げている。

友達がいないと言っていたけれど、秒でクラスに溶け込んだ彼女に少し苛立ちを覚えた。

人助けした俺はなーんでこんな代り映えしない毎日なんだ?

結局いつもの男子校直行便にまた乗車しているじゃないか。

昼休みが終わり、体育が始まった。

持久走がスタートすると男子と女子で分かれて走ることに。

俺は体育が一番苦手だ。

勉学に1日のほぼを割いてしまっているため、少し走るだけで息が上がる身体になっている。

ぜぇぜぇと呼吸しながら、隣の女子の体育を眺めた。

メリディアナは髪を後ろで束ね、三角座りで先生の話を聞いている。


「おー、体育着姿もかわいいなメリディアナちゃん!」


 ほかの男子は彼女の姿を見て、走力を取り戻したらしい。

おかげで俺はついにビリ欠で寂しく走ることとなった。

空しいなぁ、ほんと。

親や教師の圧力のおかげで勉強だけが俺の取り柄となってしまった。

体育でこんな惨めな姿となった今、俺には勉強がある。

と、嫌いなはずなのにそれによって自分を勇気付けてしまった。

 

 色々と思いふけった1日も、ようやく放課後が訪れる。

俺は彼女が陽キャ女子たちに囲まれている間に、そそくさと教室を出た。

オレンジ色の空を眺めながら、校門をくぐった。

すると、背後で俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「皇二さん、待ってくださいよ。一緒に帰りましょうよ」


「メリディアナ......」


「はい! それと注意事項なんですが、翻訳出来ないとコミュニケーションがかなり難しいです。使ってもいいですか?」


「う、うん」


 嬉しそうに言ってきやがって、さぞかし楽しい学校生活だったんだろうな。


「それと、愛菜ちゃんが今度一緒に遊ぼうって言ってくれたんです。2人も友達がやっと出来たんですよ!」


 愛菜? あぁ、陽キャグループのボスか。

噂じゃ不良の彼氏がいるって聞くが。

まぁいいか、俺には関係のないことだ。


「だからですね、皇二さんもよかったら」


 俺は彼女がそれを言い終わる前に歩きだした。


「俺、お前の友達じゃないから」


「えっ......」

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