第4話 いじめっ子現る。視点、皇ニ

「悪魔? サキュバス?」


 メリディアナと名乗る変態女は、またしても首を傾げる。

だがそんなのどうでもいいやと数秒後には股間へ迫った。


「待て待て! 実際の天使がどういうものか知らないけど、人殺しはセーフなのか?」


 俺は酔いと生命の危機の両輪によって、かつてないほどベラベラと言いたいことが口から漏れた。

今のセリフが少し効いたのか、彼女は谷間から手帳みたいなのを取り出す。

見開いて何かをじーっと読み始めた。


「あ、読み終わったらね。じゃっ!」


 マウントポジションから離脱し、俺はひそひそと扉の方へと向かう。


「あー! 騙しましたね!」


 彼女は手帳をしまい込み、飛行してこちらへ急接近する。

流石にこんなアホな気の反らし方で逃げれる訳がない。

よかった、空になった一升瓶を掴んどいて。

俺は彼女が来るタイミングを見計らい、瓶を振り上げた。

これは夢か妄想か、はたまた異世界へ転生するための試練。

どれでもいいけど、化け物相手にこれぐらいやってもいいだろ!

振り返ると、接近しながらもこちらの攻撃に気づいて目を閉じる彼女がいた。

もう、化け物のくせになんだよ!


「止まれ!」


「は、はい!」


 振り上げながら俺は大声で女の子を制した。

浮遊していてやはり普通の人間ではないのだろう。

けど、両腕で顔をガードして怯える素ぶりをした。

俺はこれでもまだ、やはりやり過ぎたのではないかと少し反省する。


「ごめん」


「いえ、こちらこそ。」


 お互いに頭を下げ、しばらくの沈黙を得て彼女が先に口を開く。


「殺すのはダメみたいです。校則に書いてありました」


「へ、へぇー」


 校則で書いてないと殺すのだろうか?

天界の倫理観がこちらとどれくらい差異があるのか。

やはり迂闊に行動すれば何かしら危ない気がする。


「でも、あなた死のうとしていましたよね?」


 これはどういう発言だ?

もしかして、さっきの校則に補足でこう書かれているとか?

ただし、自殺しようとする生きる意志のない者は可とでも書かれているのだろうか?

いけない、ここで行動を間違える訳には。


「よ、夜風に当たるために屋上に来ただけだよ。そ、それと星空とか見ようかなって」


 空を指すも、都会なのでもちろん星はほぼ見えない。

苦し紛れに吐いた嘘は、すぐさま見抜かれる。

そう確信できるほどには冷や汗が止まらなかった。


「まぁとにかく、どうせ大した理由じゃないですよね? 簡単に自分の命を投げ出すような人なんですから、私のノルマに加わってくださいよ」


 ......簡単か。

確かにこの地球上で日本という国に生まれ、食べ物に困らず、命の最低限の保証がされた環境に生きている。

未だに紛争地帯で苦しむ子どもたちや、貧しい国なんかに比べれば本当に軽い動機だ。

それでも、わがままだとしても、生きづらいと思ったんだからしょうがないだろ。

天使、いや化け物にそれを説いたところで意味はないんだろうけど。


「ノルマって?」


 俺は落ち込みながらも話をすり替える。


「あー、それはですね」


 それから色々と彼女の事情を知ることとなった。

彼女はどうやら、見た目は悪魔そのものだが本当に天使らしい。

こちらの世界の天使像と異なるようだが、役目は基本的に善的な物だ。

この世から旅立った人が、ちゃんと天国へ行けるように色々と働きかけるらしい。

まぁここまでは知っている天使っぽい行動。

だが、ここからが少し違う。

天使は人の夢を栄養にしているらしいのだ。

彼女は天使見習い学校の課外学習によってこちらの世界へ赴き、自ら夢を回収しにきた次第だ。

ぶっ飛んだ話だがとりあえずここまでは受け入れてやろう。

しかし、ここまでの話と会ってからの変態行動に辻褄が全く合わないだが?


「ノルマって夢を食うんだよね? なのになんでその、猿ぐつわしてたの? それとあれ」


 彼女は待ってましたと言わんばかりに、俺のセリフを聞き終わると笑顔になった。


「この猿ぐつわですか? これは私の唯一の友達であるアブラヘルちゃんがしろって」


 化け物にも友達がいるんだな。

俺にはいないのに、なんだが負けた気分だ。

にしても、友達が猿ぐつわつけろってどういうノリだ?

まぁ女子には男子にわからない冗談があると聞く。

これもその類なのだろうか?

いや、見た目は女の子だけど全く異なる生物なんだけど多分。


「後、あれは何で口に入れていたの?」


 俺は残る疑問を解消すべく、動物のイチモツを指した。


「あーそれは、私の唯一の友達であるアブラヘルちゃんがノルマの隠し高得点対象として生物のイチモツがあるって。

馬のイチモツまずくて飲み込めなかったんだけど、アブラヘルちゃんが褒めてくれたから」


 こ、この子アホなのか?

さっきは俺のこと核心を突くような分析してたのに、なんでいじめられてるとわからない?

しかも”私の唯一”って、嬉しそうに2回も言った。

どうしよう、化け物だと思いたいが可哀想になってきた。


「で、私の唯一の友達のアブラヘルちゃんが人間のイチモツが一番得点が高いって……」


「あのさ、アブラヘルちゃんの話多分嘘だと思うよ?」


「何でそんな酷いこと言うんですか! 私がやっと仲良くなれた唯一の友達なのに!

まだ校則ちゃんと読んでないですけど、アブラヘルちゃんは嘘つきません!」


 彼女の為を思って言ったセリフが、どうやら逆鱗に触れてしまったようだ。


「もう良いです! イチモツ出して下さい!」


「だからそれは無理だって!」


 彼女と言い争いをしていると、間に落雷が落ちる。

そして轟音と共にレディースのような格好をしたヤンキー女が現れた。


「よぅメリディアナ、順調か?」


 どうやら彼女がアブラヘルらしい。

スマホらしき小型の板でこちらを撮影し、ニタニタと笑っている。

いかにも性格の悪そうなヤンキーだ。

こんなわかりやすい悪人に騙される奴いるのか?


「アブラヘルちゃん! うん、ほらあそこに馬のイチモツがあるでしょ? 今からこの人に貰う所です」


「だからあげないって!」


「アハハ! メリディア、あんた本当に馬鹿だねえ」


 ほらな、お前で遊んでるんだこいつは。

困惑する彼女は、アブラヘルの様子を不安げに見つめていた。


「アハハ! ごめんごめん。冗談だよメリディア、私たち親友だろ?」


「あ、うん! やった、親友になれた!」


 ちょ、ちょろすぎるだろ!

メリディア、君はそれで良いのか?

ていうか、人の心配している場合じゃないや。


「そういうわけで、堪忍してください人間さん」


「止まれ!」


 またしても俺は瓶を張り上げ、彼女の停止を試みる。

そして今度もハッタリに騙され、怯えてくれた。

よし、今のうちに逃げっ……。


「使えねぇなメリディアナ。仕方ない、普通にノルマを手に入れるか」


 突如、視界がブラックアウトした。

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