第55話 sideラリサ-修行する (3)

「うわ~、良い匂いだね!」


狸獣人の少年がニコニコしながら食堂に入ってきた。

わたしの主人あるじのカールだ。

わたしがカールに会ってから1年くらい経っただろうか。

目の前の主人あるじは、うーん、少しだけ背が伸びたかな。

わたしは少しぼーっとしながら目の前の少年の横顔を見つめていた。


「そうでしょうそうでしょう! 坊ちゃま、手はちゃんと洗いましたか?」


メイドのメアリーが慣れた手つきで応対していた。


「うん、ちゃんと洗ったよう。」


「よろしい! では坊ちゃま、奥へ…」


メアリーに促され、カールが自席に座った。

わたしは思わずその後ろへ控えた。

それはいつも通りの護衛の仕事での動きであった。


「あれ、ラリサ。何してるの…?」


「え、っと。何っていつも通り…」


「駄目だよ、今日はラリサ護衛のお仕事は休みって言ったよね。そうだ、今日は一緒にご飯を食べよう。」


「え、でも…」


「良いから良いから。あ、メアリーもみんなの分よそったら一緒に食べようよ。」


「は~い、ちょっと待ってくださいね。」


メアリーが小走りでキッチンの方へ向かっていった。

そしててきぱきと配膳を続けていく。


「あれ、そう言えば今日のラリサはエプロンを着けているのね。」


後から席に着いたアイナがわたしの姿を見て言った。


「そうなんですよ、アイナ様。実は今日のシチューはラリサが作ったんですよ。」


「あ、あう…」


わたしは(おそらく)顔を赤面させながら俯いた。

は、恥ずかしい…。


「へえ…」


アイナがわたしの顔をじとっと見た。


「ラリサ、ちょっとこっちに来なさい。」


「あ、はい…」


わたしはアイナの傍らに跪いた。

そしてアイナがわたしの耳のあたりに顔を近づけて耳打ちした。


「(このシチュー、カール君への愛情は込めたんでしょうね?)」


「(え、ええ…、愛情って…)」


「(どうなの…?)」


「(うん…、わたし、頑張った…)」


「(うむ、よろしい…)」


アイナはそう言うと、わたしの肩をぽんっと叩いた。


「ねえ、二人とも何を話しているの?」


少し離れた所で、カールが少し顔を傾げていた。


「何でも無いわ、カール君。さあ、ラリサ。あなたも椅子をここに持ってきて一緒に食べましょう。」


「は、はい…!」


わたしは言われるがまま、カールとアイナの隣に椅子を持ってきて腰を掛けた。

主人あるじとその婚約者の間に奴隷が入るなど、常識では考えられない事だ。

わたしは(おそらく)顔を赤面させたまま肩を縮こまらせた。


「わあ、美味しいね。さっきメアリーが言ってたけど、これ、ラリサが作ってくれたんだってね。ありがとう!」


カールが無邪気な顔でわたしの方を見て来た。

カールに御礼の言葉を言われた。胸のドキドキが止まらない。


「あ、あう。…どういたしまして。」


わたしはしどろもどろになりながら答えたあと、チラッと横のアイナの顔を見た。

アイナはわたしの一瞬わたしの視線に気づいた様子だが、すぐに涼しい顔のまま食事を続けていた。

うーん、この人はいったいどういうつもりなのだろう。

わたしはそう思いながらも、自分が作ったシチューへスプーンを進めた。








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