第52話 領地経営

参勤から帰った僕は、いつもの領地経営へと戻った。

不在の間の執務は…まあ代わりの人員がいる訳じゃないので、予想通り溜まってしまっているな。


「うーん、これはなかなかの書類の量だね。」


僕は目の前の書類の束を見て思わずため息をついた。

農業関係については最近では軌道に乗っているとはいえ、領地として何か準備するべきものがあれば領主である僕の決裁が必要なこともあるのだ。

新しく建設しているハルピュイアビルや北の山脈の開発についても、もちろん言うまでもない。


「ふむ…。今後カール様と私が同時に王都や他の場所へ出張するときに執務を任せられる代官が必要ですね。」


目の前にいたフリーデルも腕組みをしながら答えた。


「誰か適任者はいるかな?」


「そうですね、マリーナならば任せられるとは思いますが、マリーナかのじょは今ハルピュイアビルの建設に掛かりきりですし…」


なるほど、その通りだ。

聡明で多言語を操ることが出来るマリーナなら行政官に適任だが、領地経営の補佐までは物理的に厳しい。

しかし他の者達の顔を思い浮かべてみても、それぞれ一芸に秀でてはいるが、行政官向きでは無いだろう。


「うーん、なかなか厳しいね。」


「ええ。しかしこれからも忙しくなりそうですので、いつまでもこのままではいられません。私も考えてみましょう。」


「うん、頼むよ、フリーデル。…そうだ。ハルピュイアビルと言えば最近そちらの状況はどうなんだい?」


「は…!」


フリーデルが鞄から書類を取り出した。

ハルピュイアビルからは週に1回状況報告の手紙・書類が届けられていた。


「町の建設については順調です。以前申し上げましたように万が一の何者かの攻撃にも備え防壁の建設も行っています。」


“何者かの攻撃”かあ。

何事も無いのが一番だけど、いろいろな準備も必要ではある。


「試験採掘している鉱脈から発掘された鉱物については既にハルピュイアビルへ運び込み、荷駄の準備を待っております。アイナ様から既にオルロヴァへ話を通していただきましたから、オルロヴァの役人がハルピュイアビルへ来る予定となっています。」


「品定めしてもらうわけだね。どのような鉱物が取れているのかな?」


「はい。現在採掘出来ているのはオブシディアンとサファイアです。」


オブシディアンとは黒曜石とも呼ばれる鉱物だ。割ると非常に鋭利になるので、古くから矢じり等に用いられてきた。また小型のナイフとしても使えそうだ。

サファイアは言わずと知れた宝石だ。質さえよければ、外貨獲得手段になるだろう。


「そのうちハルピュイアビルの様子を見に行けるかな?」


「そうですね。オルロヴァの役人が来訪するタイミングで一度訪問しましょうか。…しかし。」


フリーデルが、机の上の書類の束を見た。


「そうだよね…。これを片付けないとね。」


僕もそれを見て再び大きなため息をついた。



―――



それから数日間はフリーデルと共に溜まってしまっていた領地経営の業務にあたった。(たぶん、今までで一番仕事をしたと思う…)


一方で領地外の情勢であるが、特に動きは無いようだ。

もっとも僕の方で外の情報を知る術は無いから、アベール侯爵やフリーデルなどのルートからもたらされる情報を待つしか無いのだが。


「カール君、お疲れ様~」


今日の仕事を終えて執務室を出ると、アイナが声を掛けてきた。


「喉乾いたでしょ? 食堂の方で冷たい飲み物を用意してるから飲みに行こうよ。」


僕はアイナと共に屋敷の食堂へ向かった。

そこにはメイドのメアリーが冷たい紅茶を準備してくれていた。


「坊ちゃま、お疲れでしょう。ささ、そこに掛けてください。」


僕はメアリーに促され、食堂の自分の席に座った。

目の前には美味しそうなクッキーが準備されていた。


「このクッキーはアイナ様が作ったんですよ。アイナ様はお菓子作りの筋が良いですね。実はアイナ様はいろいろな所からレシピを取り寄せてお料理やお菓子作りを勉強されてるんですよ。」


「そうなんだ!? ありがとう、アイナ。」


僕はにこっと笑いながらアイナを見た。

僕の大切な女性ひとは実に勉強家だ。


「えへへ、どういたしまして。」


御礼を言うと、アイナは顔を赤くしながら照れていた。

可愛い。


「でもカール君も凄いよ。私よりも年下なのに一生懸命お仕事してるんだからさ。」


「そうかな。でもフリーデルが助けてくれるから…」


僕はそこまで言ってから、アイナの顔をじっと見た。


「と…、何かな? カール君。」


「そうだ、アイナ。ちょっと聞きたいんだけど…」


そうだ。人手不足は、みんなで助け合った方が良い。

僕はアイナの手を握った。
















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