第46話 sideアルヴィン-学者の矜持

何と言う事だこれは。

目の前にいる長身の男、この男はナイザール国王の兄であったハズ。

その傍らには狸獣人の少年。


「さあ、お選びください。あなたはここに留まり我々の監視下で研究を行うか、王都に帰り貝の様に口を閉ざすか…。カール様はお優しいですが、私は容赦することは知りませんので。田舎では不慮の事故で亡くなる方も、不思議ではありませんからな。」


王兄殿下おうけいでんかが剣に手を掛けながら冷たい口調で言った。

ああ、これは俺の返答次第では、そういう事なのだろう。


「ハハハ…」


俺は何故か笑いが込み上げてきた。


「な、何を…?」


狸獣人の少年が困惑したような表情を浮かべた。

この少年は、確かジーメンス卿だったな。


「ハハ、ジーメンス卿。俺は、私は、笑いが止まりませんよ…!」


ジーメンス卿と王兄殿下おうけいでんかは、俺の事を狂人だと思っているかもしれない。


「ジーメンス卿。私が遠くから見たあの巨木、あれは私の興味を引いて止まない。北の森には他にも私の探求心を引くものが数多あるハズだ!」


俺は立ち上がって手を広げた。


「私は植物学者だ。研究は私の使命でもある。もし私から研究を取り上げると言うのなら、私は命を絶つだろう!」


俺は右手を胸に当てて一礼した。


「ジーメンス卿、王兄殿下おうけいでんか。私、不肖アルヴィン・フランツに研究の機会を与えていただき感謝いたします。私を監視下に置く必要あれば、どうぞ私に隷属の首輪をお嵌めください。」


「アルヴィン先生、あなたは自らの探求心の為に自分から奴隷になろうと言うのか?」


「ええ、王兄殿下おうけいでんか。確かに私は貴族の家に生まれましたが、私にとって身分など些細なものでございます。学者として研究が続けられれば、私はそれで十分なのです。…もし私が邪魔になれば、その剣で斬り捨ててくださればよろしい。」


王兄殿下おうけいでんかがふーっと息を吐いた。


「分かった。では望み通り、ジーメンス家の奴隷として隷属の首輪を嵌めさせていただく。主はジーメンス家当主のカール様、奥様のアイナ様、そして私だ。制約は…」


「細かい説明は不要です。私は研究さえできれば、決してジーメンス家を裏切ることはありません。」


「そ、そうなんだ。よろしくね…」


ジーメンス卿はまさに苦笑いと言った感じだった。

その日、私はジーメンス家の奴隷となったのだ。



―――



そして今日、俺は森を進んでいた。

しかし、このあたりは地図がある訳では無い。

その為迷わぬ様コンパスを確認し、時折目印を付けながら前へと進んでいた。


「へえ~、学者センセイは自分から奴隷になったのかい? あんた貴族なんだろう?」


剽軽な感じのこの男。俺と同じくジーメンス家の奴隷である冒険者のビリーだ。


「そうだ。だが俺は研究さえできればそれで良いのだよ。」


「フーン、変わった奴だねえ。俺は頭が良く無くて分からないんだが、学者センセイってみんなそう言うもんなのかい?」


ビリーの言葉に、俺はかつての同僚たち…、王家の学院や研究施設にいた研究者の事を思い浮かべた。


「ウーム、俺みたいなのはそうはおらんな。一部では政治の世界と同じで派閥争いとかもあったもんだよ。」


「ええ、あなたは変人です。私は、自分が催眠魔法を掛けた男がまたノコノコやってくるなんて思っても見ませんでしたよ。」


近くを歩いていた妖精族エルフの女性が言った。


「ハハハ、そいつは褒め言葉として受け取っておくよ。えーっと、あんたはマリーナだったな。」


「そうですが?」


「あんたは魔力マナを視るのが得意だろう? まあその面ではそこの魔術師のお嬢ちゃんに聞くのでも良かったのだが、精霊と仲の良い妖精族エルフの意見を聞きたい。この森の奥にある巨木、あの周りの魔力マナを何と視る?」


「へえ、あなたはなかなか妙なことを気にするものですね。」


「この森の植生は実に不思議だ。生命力に満ち溢れている。」


俺は目の前の草木の葉を一枚もぎ取った。


「草木一つ一つはありふれたものに違いない。だがあの巨木に近付けば近付くほど、その生命力が増しているのだぞ。」


「出てくる魔物モンスターも強力になっているがね。」


ビリーが口を挟んできた。


「さあ、それだ。この森にも当然食物連鎖がある。魔物モンスターが強力になると言うのであれば、それの源泉があるはずだ。」


「まぁ私はあなたの研究と言うのに興味はありませんけど、確かに巨木の周りには魔力マナが溢れているようには思えますね。そのあたりを調べれば、我が主マイマスターが求めているものが見つかるのかもしれません。」


おそらく、マリーナの言う通りなのだろう。

巨木の近くにはきっと何かがある。

俺は自らの知識欲・探求心が満たされればそれで良い。

ハハハ。まったく、ここは退屈しなそうだ。

俺は自らの首に嵌められた隷属の首輪を撫でた。









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