第44話 初夏、パン作り
ジーメンス領が初夏を迎えた。
屋敷のバルコニーから外を眺めると、そこには黄金に輝く小麦畑が広がっていた。
遠くの方では一部収穫が行われている箇所もあるようだ。
「オイ、あれは何なんだ?」
バサバサと羽音を立てながら赤毛のハルピュイアが舞い降りてきた。
ジーメンス領で暮らしているハルピュイア、ロコだ。
しばらくジーメンス領で勉強していたのもあり、だいぶ言葉が流暢になってきたような気がするな。
「やあ、ロコ。おはよう。あれは小麦と言う作物だよ。小麦の実はいろいろなものに加工して食べることが出来るんだ。」
「コムギ? それはワタシも食べられるのか?」
ロコは初めて聞いた、と言うような顔だ。
「ご飯の時、パンとか食べてるでしょ? あれの原材料が小麦なんだよ。」
「ええ!? あのふかふかしてオイシイのはアレから出来てるのか?」
「そうだよ。でもパンの原材料…、小麦粉にするにはまだ少し先でね。」
僕はロコに収穫後どのような経過を取るかを説明した。
理解しているかしていないか、ちょっと微妙は顔をしているけどそれはまぁ仕方のない事だ。
「とにかく、ワタシは楽しみだ。ここで食べるパンはオイシイからな!」
ロコはニコニコしていた。この子の笑顔は太陽の様に明るい。
「あら、カール君。ここにいたのね。」
「やあ、アイナ。おはよう。」
「カール君、また女の子と二人でお話してるー。」
「え、ええ!?」
何かアイナが不機嫌そうな顔をしている。
「お話って…。小麦畑を見てたらロコが来たから、小麦について話してただけだよ。」
「ふーん…」
「本当だってば~。ねえ、ロコ。」
僕は助けを求めるようにロコの方を見た。
「オウ、そうだゾ! カールから、あのコムギと言うのはパンになるって聞いたんダ!」
「ロコがそう言うならそうみたいね。でも!」
アイナが僕の腕にしがみついてきた。
「たまには私も構ってくれないと困るわ!」
うーん、それは一理ある…。
「分かったよ。今日は公務も無いから、これから何かしようか?」
「やったぁ、私やってみたいことがあるの!」
アイナがやりたいことっていったい何だろう?
僕はアイナに引っ張られるがまま、バルコニーを後にした。
―――
こねこねこね…、僕は一生懸命に生地をこねていた。
僕のとなりでは既にこね終わった生地に粉を入れていた。
「良い感じですよ、カール坊ちゃま。こね終わったらパン酵母を加えて発酵させます。ちょうどアイナ様がやられているのがそうです。」
パン作りの先生はメイドのメアリーだ。
「しかしアイナがやりたいのがパン作りだったなんてね。」
「そうなの。私も料理をいろいろ出来るようになってきたんだけど、パン作りはしたことがなかったからね。カール君とロコの話を聞いて、今日やりたい!って思ったの。」
アイナはとても楽しそうだ。
「それにしてもメアリーは凄いわね。お料理だけじゃなく家事関係は何でもできるのかしら?」
「いや、もっと褒めてもらっても良いんですよ。…まぁ、ジーメンス家は使用人も少ないですから、いろいろ出来るようになっておく必要がありますからね。」
メアリーが照れ臭そうに答えた。
うん、確かにうちの使用人たちは有能だと思う。
王都みたいな大都会みたいなきらびやかなものとは無縁ではあるが。
「そうなのね。実家のオールブリンク家にも使用人はいたけれど、メアリーほど何でもできる人はいなかったからなあ。」
アイナの目はまさに尊敬のまなざしだ。
そんな話をしばらく続けていると、パン作りもそろそろ次の行程に移れる時間になったようだ。
「1次発酵が終わりましたので、次はパンの成形ですね。…これをこうやって。」
メアリーが生地を小分けにし、作業台の上に叩きつけていく。
「これはガス抜きを行っています。その後に丸めたりパンの形にしていくのですが、まあ最初は多少不格好でも良いでしょう。この生地にバターを入れれば塩パンも作れるですよ。」
僕とアイナはメアリーに教わりながら、パンの成形作業を続けていった。
「できたー。うーん、でも何か不格好だな。」
僕が成形したパン生地はどうも、形や大きさが一定ではない。
となりのアイナのは…っと。僕は横を見た。
「アイナ、上手だね…」
アイナのは綺麗な丸い形になっていて、大きさも揃っていた。
「うん、私、こういうの得意かも。」
うーん、僕と違って手先が器用だ。
「カール君のも…、えっと、味があって良いんじゃないかな。」
「えー、何か悔しい!!!!」
僕は頬を膨らませた。何かジェラシー!!!
「形が出来ましたらオーブンに入れて…」
その後も僕達はパン作りの作業を続けた。
納得できるまで何回か生地作りからチャレンジし…、出来上がった大量のパン。
その日から2日程、ジーメンス家の食卓に大量のパンが並んだのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます