第43話 植物学者アルヴィン

ある朝、僕は急ぎの用事があるという事でフリーデルに呼ばれていた。

アイナと共に執務室に入ると、そこにはフリーデルと数名の黒づくめの男がそこにいた。そして、ソファに座らされている男が一人。眠らされているようだ。


「フリーデル、みんなおはよう。…その人は誰かな?」


僕は執務室の机の前でフリーデルに問い掛けた。


「はい、まずはジェラール殿の報告をお聞きください。」


フリーデルの言葉を受け、黒づくめの男が一人前に進み出た。


「は、ジーメンス卿。私は王国第2騎士団<暗部>小隊指揮官のジェラールと申します。」


ジェラールが僕に敬礼をした。


「この男は王国お抱えの植物学者のアルヴィンと言う者の様です。こちらの屋敷とハルピュイア・ビルとの間にある遺跡周辺に立ち入っているところを発見し、我が方の者が確保したものであります。現在はマリーナの催眠魔法によって眠らせております。」


僕はフリーデルの方に視線を向けた。


「フリーデル、この人の事は知っているのかな?」


「はい。私も話をしたことはありませんが、王国教育機関の植物学分野の講師に間違いはありません。」


「なるほど…」


どういう理由か分からないけど、この人は僕達も立ち寄ったことのある遺跡まで行っていたようだ。


「ジェラールさん、ハルピュイア・ビルの存在に気付かれた様子はありますか?」


「いえ、催眠魔法による尋問の為にハルピュイア・ビルに連行をしましたが常に眠らせておりましたのでその心配はないかと。」


「その尋問では何か言っていましたか?」


「植物学の研究の為にジーメンス領北の森に訪れたようです。マリーナの催眠魔法によるものですから、内容に間違いはないかと。」


「分かりました。…それで今後の対策は?」


「は。こちらの屋敷からハルピュイア・ビルまでの監視の強化に加え、街道においても警戒の人員も増やしたところです。」


「対応はそれで構いません。念の為ロベルトさんにも連絡を。その後の対応はお任せします。このアルヴィンさんの扱いはこちらで検討します。」


「畏まりました。では我々はこれで…」


ジェラール以下、<暗部>の数名が執務室を退出していった。

その姿を見送ると、僕は自らのソファに腰かけた。


「フリーデル。それでこの人はどうしようか?」


「王国教育機関の人間ですから、粗末には扱えませんな。まあ、それも事情次第で何とでも出来ますが。」


「だよね…」


僕は対面のソファで眠ったままのアルヴィンを見た。


「フリーデル、この人を起こせる?」


「は。マリーナの魔法であれば、私も解呪の方法を知っております。…お待ちください。」


フリーデルがアルヴィンに手をかざしながら、何やら呪文を唱えた。

少しするとアルヴィンがゆっくりと目を開けた。


「う…、こ、ここは…?」


「目が覚めましたか。僕はカール・ジーメンス。ここは我がジーメンス伯爵家の屋敷です。」


「ジ、ジーメンス卿…!?」


アルヴィンが慌てて立ち上がろうとしたが体がふらついてうまく立ち上がれない様子だ。


「あ、そのままで。あなたは我が領地でお倒れになられていたところを当家の者が発見したのです。…まずはお名前をお聞かせください。」


名前は知らなかったことにした方が良いだろう。


「は。俺は…いえ、私はアルヴィン・フランツと申します。ナイザール王国の教育機関で植物学者をやっております。」


「ああ、やはりそうでしたか。当家のフリーデルがあなたに心当たりがあると言っておりましたので…」


「フリーデル…、フリーデル殿下ですか!?」


アルヴィンが僕とフリーデルの方を交互に見た。


「はい。私は確かに王族ではありましたが、今はカール様にお仕えしているのです。」


「そうでしたか…」


アルヴィンがそう言うと息を吐いた。


「この度はお助け頂きありがとうございました。私はジーメンス領の北の森の植生について研究をしたくそちらを目指していたのですが、遺跡のようなところに到着してからの記憶がありませんで…」


「なるほど…。アルヴィン先生、でしたか。あのあたりは魔物も出る地域ですので、当家としては立ち入りをご遠慮していただいているのですよ。」


「そ、そうなのですか…?」


「それに当家の領地内で学術調査をされるなら、まずは当家に話を通して頂かなくては困ります。重ねて申し上げます様に、あのあたりは魔物も出ますので、学者殿が一人で行かれるのは危険を伴いますので。」


僕の言葉を聞いたアルヴィンが真面目な表情になった。


「大変申し訳ございません。しかし、私は植物学者として、真剣な研究活動を行ってまいりました。」


「ほう…」


「ジーメンス領の北の森の植生は、遠くから見た限りではありますが、王国中央とは違うものと考えております。私のカンですが、北の山脈にある何か、の力を受けているように思えます。」


僕はフリーデルと顔を見合わせた。


「…アルヴィン先生、北の山脈にある何か、とは何とお考えですか?」


フリーデルが口を挟んだ。


「それは、今の段階では分かりません。しかし強い魔力を帯びたもの、鉱物、あるいは魔力塊があると大きな植物が育ったりすることがあると聞いております。」


大きな植物…、あるな。ハルピュイア・ビルよりかなり北へ行ったところに相当に大きな大樹が生えている。それは、遠くからでも見えるほどだ。

その大樹に影響する何かの元を見つけるのは、僕達の事業の発展に結び付く可能性がある。


「私はその大樹を調べたいのです。ジーメンス卿、お許しをいただけませんでしょうか。」


アルヴィンが懇願するような目でこちらを見た。


「知識欲、と言うわけですか。…許可して差し上げたいのはヤマヤマなのですが。」


うーん、僕はどう判断するべきだろう。

僕は腕を組んだ。


「…そうですね、ではアルヴィン先生。どうしてもご自身の目的を果たしたいのであれば条件があります。それは重い条件です。」


「…条件とは?」


「その先は私が説明しましょう。」


フリーデルが言葉を続けた。


「あなたが北の森に入るならば、あなたは我々が許可するまで王都へ帰ることが出来ません。完全に監視下に入っていただくことになります。」


「監視下…ですか?」


「さあ、お選びください。あなたはここに留まり我々の監視下で研究を行うか、王都に帰り貝の様に口を閉ざすか…。カール様はお優しいですが、私は容赦することは知りませんので。田舎では不慮の事故で亡くなる方も、不思議ではありませんからな。」


フリーデルが腰の剣に手を掛けながら悪そうな笑顔を浮かべた。

うんうん、これは僕は割り込まないでおこう。










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