第42話 sideマリーナ-奴隷の姫

「おーい、もう少し左! そうそう。」


威勢の良い声が辺りに響いてた。

その声に導かれるように1体のハルピュイアが木材を持ち上げていた。

ここはハルピュイアの集落、「ハルピュイア・ビル」と名付けられた建設中の町だ。

場所は秘匿されていて地図にも乗っていない。

驚くべきことだが町の建設工事は多種族の手によって行われていた。

30名程の人族…これはナイザール王国の騎士団の兵士と言う事だ。

それに加え獣人、更に魔物に分類されることもあるハルピュイア。

そして私、妖精族エルフのマリーナがこの町の建設の主任を任されていた。

私の身分は、奴隷である。

何故奴隷である私がそのような重要な役目を任されているのか?

それは私が補佐として仕えているフリーデルの推薦があったからだ。



――――



「私が…ですか? 確かに私はフリーデル様の補佐を務めていますが、私は奴隷ですよ?」


私はそう切り返した。しかし、


「我が主のカール様は身分など気にしていない。それに確かに君は奴隷でいくつかの制約はあるが、君が優秀な者だと私は知っている。」


「し、しかし…」


「私はジーメンス家の屋敷の方も見なくてはならないからな。カール様は年齢にしては聡明だが、まだ大人の力が必要なのだよ。」


それはそうだ。

私の主でもあるカール様は、10歳…今年11歳になるのか。

見た目も可愛らしい、まだまだ子供である。


方や私は奴隷に身をやつしたとは言え、長命な妖精族エルフだ。

その経験で助けていくのは、当然とも言えるだろう。


「分かりました。…まずはここに拠点を建設するのですね。」


「その通りだ。基本的な方針は任せる。使える人材は…」


このようなやり取りが行われ、私は町の建設に従事することになったのだ。



―――



「マリーナ、ちょっと良いか?」


私の後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには私と同じく奴隷としてジーメンス家に仕える冒険者のビリーがいた。


「どうかしましたか? ビリー。」


「ああ、ちょっと警備の話だ。小屋の方へ来てくれ。」


「分かりました。」


私は工事現場を離れ、事務所として使っている小屋へと移動した。

小屋に入ると数名の兵士がいた。この兵士は先程工事に従事していた者達と同じ第2騎士団の所属だが、その諜報部隊<暗部>の人間だ。


「その方は…?」


そこには一人の学者風の男が縛られ、倒れていた。


「名前は分からないが、どうやら遺跡の出入りをしていたようだな。この町を見られる可能性があったから、眠らせて連行して来たんだ。」


兵士の一人が、確かジェラールと言っただろうか、私にそう報告してきた。


「…分かりました。ちょっとこの方の体を起こせますか?」


ジェラールが学者風の男の襟元を掴み、強引に体を起こした。

私はその男の顔の前に手を翳した。


「あなたは今、目を覚まします。…まずは名を名乗ってください。」


私の手が僅かに発光した。これは私の催眠魔法だ。


「あ、うう…」


男がうっすらと目を開けた。


「聞こえますか? まずはあなたの名前を名乗りなさい。」


「お、おれの名前は…アルヴィン…。王国に仕える、植物学者だ…」


この男はアルヴィンと名乗った。


「ジェラールさん、知っていますか?」


「すまないが、分からないな。」


ジェラールが首を横に振った。


「アルヴィン、あなたは何故ここに来たのですか?」


私はアルヴィンに更に質問を行った。


「植物の調査だ…。ジーメンス領の北には…、手付かずの自然が広がっている…」


「その他には…? 何か目的は無いのですか…?」


私は掌に更に魔力を込めた。深層まで探るこの魔法に、抵抗レジストできる者はそうはいないだろう。


「そんなものは…ない…。おれは、自分の知識欲を、満たしたかっただけだ…」


どうやら、この者は嘘を言ってはいないらしい。

私は催眠魔法を解いた。アルヴィンはガクッと気を失った。


「ジェラールさん、どうやらこの方は本当に植物の研究に来ただけの様です。」


「偶然ここに来ちまっただけなのか?」


「そのようですね。」


「では、どうする…?」


その問いに、私は腕を組んだ。ジーメンス領北の森に来たのは偶然で、この男に罪がある訳では無い。


「ジェラールさん、あなたならどうしますか?」


「決まってる。機密に触れた者は…後は分かるな。」


言いたいことは分かる。機密に触れてしまったものは例えそれがたまたまであっても、消してしまうべきなのが常道だ。


「言いたいことは分かります。しかしこの方はナイザール王国に仕える学者と言いました。そのような人間を処分するのは慎重になった方が良いでしょう。」


王国中央から離れたジーメンス領では詳しくは分からないが、もしこのアルヴィンが王国お抱えの学者であった場合、処分してしまうと不都合が生まれてしまうかもしれない。


「この件はフリーデル様の耳に入れてください。それとこの方の身柄は屋敷に移送を。もし何か催眠を掛ける必要あれば私も屋敷へ向かいますので連絡を。」


「承知した。暗部おれたちで引き受けよう。」


「それともう一つ。この町の防諜体制ですが、街道を監視する要員を配置してください。これは特に、カール様やフリーデル様の裁可は必要ありません。」


「そうだな。今回の件は暗部おれたちでも盲点だった。もっと早く気付くべきだな。…すぐ手配しよう。」


そう言うとジェラールは部下にアルヴィンを担がせ、部屋を出て行った。


「へえ、マリーナは手際が良いんだな。俺じゃ絶対にそう言うのは無理だよ。」


ビリーが感心する様に言った。


「あまり冷やかさないでください。私は自分に出来る事をしているだけですから。」


「冷やかしてなんか無いよ。…フリーデルの旦那が推薦するくらいだから優秀なのは分かっていたけどな。」


ビリーが肩をすくめた。


「…私はかつて少ないながらも一族を率いていた族長の娘でした。里は滅ぼされましたが、族長が死した後は私が一族を率いて流浪の旅に出ていたのです。」


私の一族はナイザール王国がある大陸とは別の大陸に住んでいたのだが、ある日敵対勢力に里を滅ぼされてしまった。その後の長き流浪の旅については、語るべきものでは無いだろう。


「そうだったのか、それは悪いことを聞いてしまったな。」


「いえ、昔の話ですから。それよりも…」


そこまで言ってから私は鋭い視線をビリーに向けた。


「あなた方冒険者チームは、ちょっと回復薬ポーションにお金を掛け過ぎです! この町の周りの魔獣討伐に回復薬ポーションが必要なのは分かりますが、第2騎士団の方々の2倍近く使っています。本当に必要量なのですか?」


私はビリーを問い詰めた。


「い、いやな。この辺中々に鋭い爪や牙を持つ魔獣がいてな。」


「一発ダメージを食らうたびに使っているのでは? そのダメージはそんなに大きいものなのですか?」


「そ、そういう訳じゃねえんだが、痛いもので…」


「男で、しかも鍛えているのだから、もう少し節約してください。…そうだ。催眠魔法で痛覚を消して差し上げましょうか? 私はそういう魔法も使えますよ! そうすれば回復薬ポーションの量も減るでしょうね。」


「か、勘弁してくれ~~~~~~~~~~」


ビリーは情けない声を出しながら、逃げるように小屋を出て行った。












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