第39話 sideベルクール-国王、憂慮する

トントントン…

ペンで机を叩く音が室内に響く。


ここはナイザール国王の執務室、国王である私が普段政務を行っている部屋だ。

ナイザール王国は前王朝・ヘンドリクセン朝の最大版図には遠く及ばないが、それでもエレノオール大陸において大きな領土を有している大国だ。

その為に国内の問題も中々に多く、政務の分野は多岐にわたる。

もちろん補佐の宰相もいるし各分野に政務官もいるのである程度の分担は出来ている。

しかし最終的に大きな判断が必要なこともあるので責任は重大だ。


「…以上が農業分野の報告であります。」


農務政務官が報告書を読み上げた。


「…良い。下がれ。」


「はっ…」


私の一言で、農務政務官が部屋を出て行った。

私はその政務官が置いていった報告書に目を通した。

それには国内全土の貴族や王国直轄領での農地の作付面積や収穫量が記されていた。

記載されているのはあくまでも貴族や直轄領の代官から報告があった分に限られるが(もっとも大幅に虚偽の報告は罰則の対象にもなるが)、ある貴族領の収入が目を見張るものであった。


「ふむ。ジーメンス領は例年の小麦だけではなく米の収穫量も素晴らしいものだ。しかも三公七民だと…?」


三公七民、それは収穫した作物の年貢割合の事を指す。

領地で収穫された作物の三割のみを徴収し、残りは領民のものとすると言う事だ。

通常は四公六民や五公五民である様なところが多い。

ジーメンス領では他の貴族領等よりも税率が低く、また作物の収穫量自体も上がっているので領民自体も豊かになっていると言えよう。


「カールよ、大したものだ。」


私はふーっと息を吐くと、報告書を机の上に置いた。

ジーメンス領での事はこちらから派遣したフリーデルの手腕でもあるのだろうが、一人が優秀なだけではうまくいかない。


「それだけに…何故だ…?」


ベキ…!

私はペンを圧し折っていた。

近頃、ジーメンス領では私でも把握できない動向なにかが起きている。

しかしおそらく、そろそろ何らかの報告が間もなく入るだろう。


「陛下、失礼します。」


「来たか。首尾はどうだ?」


入ってきたのは王国の情報部の長ヘルゲだ。


「申し訳ございません。残念ながら良い知らせではありませぬ…」


ヘルゲが表情を歪めながら膝をついた。


「…申せ。」


「はっ…! 陛下の命にて情報部の部下数名をジーメンス領に向かわせましたが、1名を除き連絡が途絶えました。」


「…何だと? 残りの1名はどうしたのだ?」


「その者は負傷して我が方の情報部連絡所に駆け込んで参りました。その者が言うにはジーメンス領に入る前に何者かの襲撃を受け、部隊が壊滅したと…」


「馬鹿な…!」


情報部の要員はそれぞれにカムフラージュして目的地に向かうはずだ。

簡単に要員それと分かる訳がない。

それに情報部が潜入してくる可能性を想定していない限り、対処は出来ない筈だ。


フリーデルあにうえか? いや、フリーデルあにうえは剣を修めていて戦闘は出来るだろうが基本的に文官肌で諜報の専門家ではあるまい。

そもそもジーメンス領外でそんなことをするはずも無いだろう。


「ヘルゲよ。お前はどう見ている?」


「は…。恐れながら、可能性の話ではあるのですが…」


「申してみよ。」


「は…! 私が思うに、これには王国第2騎士団の手が絡んでいるのではないかと…」


「第2騎士団だと…?」


私は目を見開いた。

何故王国の情報部要員の失踪に、同じ国内の騎士団が関わるのか。

それはまず我が国の“成り立ち”について言及しなければならない。


我が国はそもそも、完全な中央集権国家とは言い難い。

前王朝においては中央集権化が行われた時期もあったのだが、現王朝に変わってからはベルクール王家(マルゴワール朝)を筆頭にしているものの、各貴族領との緩やかな連邦制国家と言っても良い。貴族達は我が王家を主として戴いているが、各々の領内ではそれなりに独立しているのだ。


王国国内の兵力としてはまずナイザール王国の兵として第1から第3までの王国騎士団が存在する。それぞれ5千名程の兵力を持ち、第1騎士団は王都周辺の中央管区、第2騎士団は東部管区、第3騎士団は北部管区の防衛を担当している。

尚王都の南からの侵攻は地形的に不可能との判断から兵を置かず、西は王家分家であるマルゴワール家の兵力が防衛を行っているのだ。

さらには各貴族の私兵等もそれぞれに存在している。


また国内の力関係は兵力だけに限らず、いくつかの派閥によっても左右される。

王国騎士団の騎士団長は臣下の貴族から選抜されたりする為、この派閥の意向が騎士団の動向を左右することもあるのだ。


「第2騎士団、今の騎士団長はアルトナー伯爵だったな。彼が絡んでいると思うか?」


「いえ、アルトナー伯爵は無派閥ですから、仮に情報部が東部管区に入っても何もしないと思いますが…」


「つまり、“前”の方か。」


“前”とは、先代騎士団長の事を指す。

第2騎士団の先代騎士団はアベール侯爵であった。しかもアベール侯爵はこの国にいくつか存在する中で最大の派閥の領袖でもある。


「ヘルゲよ、お前は前に申していたな? アベール侯爵とジーメンス伯爵が以前より親密に交流しているようだと。確かに、王都でもそのように思えたな。」


アベールとカールは親密になるのは私が仕掛けた部分もあるかもしれない。

しかしカール・ジーメンスのほうから望んでやっているのか?

アレは裏の動きをするような者には思えないが…。


「今回の話も状況証拠に過ぎませぬ。しかし第2騎士団は表の兵力だけでなく暗部、独自の諜報部門が存在します。かつての戦乱の際、第2騎士団は前王朝の指揮下を離れ、一時的に独立部隊の様な動きをしたことがあります。その時に戦場の状況を精密に分析すべく、独自の諜報部門の養成を行ったそうです。」


「私もそれは聞いたことがあるが…」


「前騎士団長のアベール侯爵は王国東部に蔓延っていた盗賊・叛乱勢力を討伐した英雄です。職を辞した今でも、騎士団内ではかなり尊敬されているそうです。そして第2騎士団の諜報部門を統括していたのは副官のロベルトです。もしかしたら第2騎士団の一部は、現騎士団長の統制を受けていない可能性があります。」


「なるほどな…」


状況証拠を積み重ねるとヘルゲの言う通り情報部要員の失踪に第2騎士団諜報部門が関係している、つまりアベール侯爵が絡んでいる可能性が高い。


「ヘルゲよ、アベール侯爵の周りは探れるか?」


「要員が近くに張り付いてはおりますが、アベール侯爵の屋敷の周囲の守りは固く…」


「ふむ…」


アベールめ、尻尾は出さないか。

カールが明確にアベールの派閥に入ったとは聞かない。


「カールよ、お前はアベールと何をしているのだ…?」


私は呟いた。これは頭痛の種がまだ続きそうだ…。














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