第38話 集落からの帰り

その日は僕達はハルピュイアの集落の一角にテント張らせてもらい、一晩を明かすことになった。どういう訳か、昨日に引き続きラリサは同じテントだ。

今夜は外に見張りがいないから、僕の護衛が必要と言う判断かもしれないが。


「うーん…」


ラリサが何か渋い表情を浮かべていた。


「どうしたんだい? ラリサ。」


「あのハルピュイアの長…」


「テオフィラ様の事かな?」


「うん。あいつがカール様に近付いた時、わたし、動けなかった。ふわっとした動きなのに、目で追えなかったんだ。」


うーん、ラリサ程の実力者が追えなかった動きって…


「ははは、それは…大変だったね…」


「笑い事じゃないんだって!」


ラリサが中腰になって僕の両肩を掴んだ。

その顔は少し紅潮していた。


「もしあいつがあのとき、カール様の、命を狙っていたら…。わたし、カール様を、守れなかった。」


「う、うーん。そうだけど、落ち着いて。」


僕はラリサをなだめた。

昨日からずいぶん表情が豊かになってきた気がするけど、そのぶん精神的な振れ幅が大きくなってきた気がするな。


「ご、ごめん。取り乱した。」


ラリサが僕の肩から手を離した。


「ラリサ。僕は戦いの事はよく分からないけどテオフィラ様は殺気が無かったように見えたよ。」


「それは、そうだね…」


「なら心配することは無い。ラリサも疲れてるのかもしれないから、今日はもう休もう。」


「え、でも、わたし…」


「だーめ。僕は眠いからもう寝るね。それじゃおやすみなさい。」


僕は横になって布団を被った。


「う、うん。おやすみ、カール様。」


ラリサも僕から少し離れ…いや近い所で横になったようだ。

でも、昨日よりも距離が近い気がするのは、きっと気のせいだろう。



―――



翌日僕達はハルピュイアのテオフィラに挨拶した後、今回の調査はいったん中止してジーメンス領に帰ることとなった。

今回の調査の目的は北方の山脈の調査への橋頭堡となる地を見つけるのが目的だったが、その目的は達成できたためだ。


「ハルピュイアの集落は、私達の調査の拠点となり得ます。まずがハルピュイア達の要望に応えるのが先ですね。その後この近くに我々のキャンプ地を作れればと考えています。」


フリーデル談だ。

確かにこの集落は森に入ったところにあるし前日に泊まった遺跡からもそこそこ距離もあるので人の目にも触れにくいだろう。


さて、そろそろ出発の時間だ。

テントを畳み、荷物の積み込みを進めていた。


そこに現れたのはテオフィラとロコの親子だ。


「これはテオフィラ様。」


僕は手を止めて一礼した。


「作業の邪魔をしてすまぬな。カールの坊や、今回のお前達の帰路で、ロコを連れて行ってくれるのだろうか?」


「はい、それは構いませんが…。準備は必要ありませんか?」


「はっはっは、我らには準備するほどの物など無いのだよ。のう、ロコよ。」


テオフィラが笑いながらロコを見た。


「ハハウエ、恥ずかシイヨ…」


ロコは横で赤面していた。


そんなこんなで出発の準備が整い、僕達の馬車がハルピュイアの集落を出発した。

ロコは客人に当たるので僕の馬車に乗せることにした。

その為馬車には僕の他にフリーデル、ラリサ、ロコの4名が乗ることになった。


「えーっと、ロコさん…」


「ナンダ?」


「これからよろしくお願いしますね。」


「ソウダナ。」


ロコが何だかムスッとした表情だ。

何か機嫌が悪いのだろうか?


「ロコさん、どうかしましたか? 何かご機嫌が悪いようですが…」


「アア! ハハウエは何を考エテいるのか、ワタシには分からないンだよ。」


「うーん…」


僕はポリポリと頭を掻いた。


「僕にもテオフィラ様のお気持ちは分かりませんが、あなたにいろいろと勉強させてあげて欲しいとおっしゃっていました。当家にも教育者がいますので是非一緒に勉強しましょう。」


「ウウウ、勉強カ…」


ハルピュイアの集落ではテオフィラほど人族にも伝わるような言葉を流暢に操れる者はそれほど多く無さそうだったから、勉強の機会はあまりなかったのだろう。


「そうだ、ラリサも一緒に勉強するかい?」


「え、わたし?」


「うん。僕も公務の間にアベール侯爵様から派遣していただいた教師にいろいろと習っているんだ。戦えない分、勉強しないとかなって思って。」


「う…ん、カール様と一緒なら、良いよ。それなら護衛も、出来るから。」


「よし、じゃあ決まりね。と言うわけでロコさん。一緒に頑張りましょうね。」


僕はロコににっこりと笑い掛けた。

まあロコの表情は相変わらず何とも言えないなと言うような感じだったが…









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