第36話 sideアベール-腹黒貴族の過去
ナイザール王国の王都バイゼル。
国の主が住む王城からほど近いところに、王の配下たる貴族達の別宅が立ち並ぶ区画が存在する。とは言っても全ての貴族がこの区画に屋敷を構えられるわけでは無い。
この区画に屋敷を構えられるもの、王の側近や名家、派閥や金を持った貴族がそれだ。
そしてこの区画の東の端に、ひと際大きい屋敷がある。
屋敷の主はクリストフ・オリヤン・アベール。爵位は侯爵だ。
アベール侯爵家はナイザール王国の歴史の中で多くの期間、国の中枢に近いところにいた名家である。
現当主・屋敷の主のクリストフ・オリヤン・アベールはナイザール王国第2騎士団の先代騎士団長で、現在は無役であるが彼の派閥は国の中で大きな力を持っている最大派閥だ。
今日はそのアベール侯爵の過去について語っていこう。
―――
「ああ、忌々しい。」
儂は部下からもたらされた書類を見ながら悪態をつく。
「ロベルト、どう思う?」
儂は少し離れた所に控えた男に話しかけた。
彼はロベルト・グラナドス。儂の旧友であり、かつて率いてきた騎士団の副官であった。もう30年ほどの付き合いだろうか。
「フン、どうせ“処分”してしまうのだろう? クリストフよ。」
ロベルトが儂が渡した書類を軽く読むと、テーブルに投げ捨てた。
「そうだ。儂に敵対するものは、処分するのみだな。」
「なら俺に聞く意味はあるのか?」
「ああ、無いな。だが部下に意見を求めるのも、主の度量と言うものよ。」
「そういうものなのか?」
ロベルトが肩をすくめた。
ロベルトは本当に意見を言うべき時をわきまえている男だ。
何も言わないという事はそういう事だ。
「しかしクリストフよ。」
ロベルトが対面のソファに深く腰を掛けた。
「お前は最近あの狸獣人の子供にご執心の様じゃないか。どう言う風の吹き回しなんだ?」
「ああ、カールの事か…」
儂はそこまで言うと、テーブルに置かれていたお茶を飲み喉を潤わせた。
「そんなにおかしく見えるか? ロベルト。」
「お前は…獣人を恨んでいたんじゃないのか?」
「ああ、そうだな…」
儂は、獣人を恨んでいた。ただ差別的に恨んでいたのではない。
世間は儂を人族至上主義者と言うが、ただ人間が偉いとかそれ以外を見下すとか短絡的なつもりは一切無かった。
儂にはかつて嫡男として大切に育てていたつもりの一人息子がいた。
息子は将来我が侯爵家を継ぎ、そして王国第2騎士団の次代騎士団長になるべき男だった。
儂が第2騎士団長だった
儂は王命を受け、騎士団を率いてその討伐に当たった。
儂が率いていた第2騎士団はナイザール王国東部管区を担当し、息子もその分隊長として前線を渡り歩いていた。
こんな事を親である儂が言うのも何だが、息子は剣を良く修め、優秀な騎士だった。
自慢の息子だったのだ。彼はきっと良い騎士団長になるだろう。
あの時はそう思っていた。
しかしあの日、その夢は打ち砕かれた。あれは、10年ほど前の事だったか。
あの日、息子は王国の東の果てに近い街道に巣くう盗賊団の討伐任務に当たっていた。
その盗賊団は人数こそ多いわけでは無いがその中心メンバーの多くが獣人で構成されていた。
獣人は一般的には人間より強い力を持つ種族が多い。その獣人が徒党を組んでいる訳だから、その脅威度は大きいものだった。
第2騎士団の精鋭部隊を率いる息子がその討伐任務を任されるのは必然だった。
しかし…、息子をはじめとして彼等が帰ってくることは無かった。
「クリストフ…、大丈夫か…?」
副官のロベルトが儂を心配する目はいまだに忘れられない。
「ああ、大丈夫だ…。儂は…」
儂はあの時、気丈に振舞っていたのだと思う。
息子を失った恨みは、必ず晴らさなければならない。
その一心で、儂は部下を率いて出陣した。
結果、儂の騎士団はその盗賊団を壊滅させた。
「や、やべて…、だず、けて、ぐれ…」
子供を胸に抱いた獣人が、儂に命乞いをしてきた。
儂は冷たい視線を向けて剣を突き付けた。
血だらけのその獣人は、狸獣人の様だった。
「お前達獣人は、そうやって命乞いした民を殺して金を奪っていたそうだな。そのような者達の命乞いなど、聞けると思うのか?」
「う、うう…」
目の前の狸獣人は苦しそうな表情になった。
「儂の息子も、貴様等に殺された。…息子は任務の上での事だ。だが、儂も人の親なのだ…」
儂は狸獣人の腕を斬り飛ばした。
「ぐ、ぐぎゃあああああ!!!」
狸獣人が悲鳴を上げた。
「ぐ、ぐぐぐ…。お、おれも、この
狸獣人が赤ん坊を庇うように残った腕で抱きしめた。
「…ち!」
儂は舌打ちした。
…もし、儂がこの親子を見逃したらどうなるのだろうか?
もしこの先に逃げたとしても、魔物や獣が棲息をしている。
親の獣人はこの怪我ではおそらく生き残れないだろう。子もしかりだ。
だがもしこの赤ん坊が生き残ったとしたら、親の敵として儂を恨むだろうか?
「ククク、それも面白いかもしれんな。良いだろう、行くが良い。無事に生き残ることが出来ればお慰みだ。」
儂は踵を返した。
そして王都に帰った儂は、盗賊団討伐の英雄として迎えられた。
当時の国王から褒美も与えられたのだが、しばらくして儂は騎士団長を辞した。
儂は職を辞した後自らの派閥を作ることに腐心した。
その後この親子がどうなったか、儂は知る由も無かった。
「おい、クリストフ。どうかしたのか?」
儂はロベルトの言葉にハッと我に返った。
「いや、ちょっと昔を思い出してしまったようだ。大丈夫だ。それより…」
「それより、なんだ?」
「国王陛下が、儂とそのカールが“何かし始めた”事に気づいたフシがある。対処できるか?」
「あの
ロベルトが腕を組んだ。
「ああ、王の器としては悪くない。先王よりも優秀なくらいだ。それで、対処できるか?」
「第2騎士団の一部は、まだ俺が動かすことが出来る。特に暗部の方はな。それに今回はオルロヴァも絡んでいるのだろう。あそこの警護兵は皆第2騎士団だよ。あとは分かるな?」
「理解している。儂の周りは良い。ジーメンス領に国王陛下の草が入り込まないようにしてやってくれ。」
「承知した。では早速動くとしよう。」
ロベルトが立ち上がって部屋を出ようとした。
「ああ、クリストフ。」
「なんだ?」
「お前も人の親だな。」
その言葉に一瞬戸惑ったが、儂は肯定するように頷いた。
「ああ、そうだな。いつまでたってもな。」
「ではな…」
ロベルトは右手を上げると、儂の部屋を出て行った。
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