第33話 ラリサとの話

その日、夜が更けていった。

テントの外でみんなで食事を取った後、奴隷達は彼等のテントへ、僕は自分のテントの中へ入った。尚、今夜の見張りは冒険者チームのうち2名が勤めてくれることになっていた。


「うーん、今日のご飯は美味しかったなぁ。」


今日のご飯はフリーデルが作ってくれたシチューとパンだった。

フリーデルは王族なのに料理も出来るなんて、まったく万能な人だな。


カサカサ…


小さくテントが開く音がした。

その方向を見ると、ラリサが中を覗いてきた。


「あの、カール様、入っていい?」


ラリサが何だか少し控え目な感じで僕に問い掛けてきた。

何かあったのかな?


「うん、良いよ。入っておいで。」


「ありがとう。」


ラリサがぴょこぴょことテントの中に入ってきた。

そして自らの武器を外し、自分の前に置いた。


「ラリサ、どうしたの? 眠れないとか?」


「ううん。そうじゃないの。わたし、あまり寝なくても良い種族だから。」


「そうなんだ。何かあったの?」


「うーんと。」


ラリサが一呼吸おいた。


「今夜はわたし、見張りしなくていいから、向こうのテント、行ってもすることがないの。だからカール様と、お話したかった。ダメ?」


「いいや、そんなこと無いよ。僕も今日はあまり疲れて無いから、せっかくだしお話しようか。」


僕はにこっと笑いながら答えた。

ラリサが自分から話をしたいってあまり言ってこないから、たまにはこう言うのも良いよね。


「うん、ありがとう。カール様。」


ラリサが少し微笑んだように見えた。


「カール様、昼間に、ボリスの昔の事、聞いたでしょ?」


「うん、そうだね。」


「わたしも、昔のこと、話そうかなって思って。そうした方が良いかなって。」


ラリサの昔の事…。

そう言えばだれからも聞いたことは無かったな。


「わたし、ノワールコンティナン、ってところの出身なの。」


ラリサが自分の過去を語り始めた。

ラリサの出身地、ノワールコンティナン。

それはかつて魔族が治めたとされている土地、暗黒大陸の事を指す。

ここにははるか昔には魔族の王が存在し世界に脅威を与えたそうだ。


「わたしが生まれたころは、魔族の王はいなかったから、他の種族とそれなりに共存していたの。」


「なるほど…」


「でも、わたしのいたところにも、人狩りが来た。」


人狩り…。それは奴隷とする為に他人を狩る集団の事だ。

かつては人族の者が中心になり他の種族、亜人や獣人などを対象にしていた。

しかし現在では狩る側も狩られる側も種族問わなくなってきた。

とても厄介な犯罪集団であるとも言える。


「それでわたし、奴隷になった。魔族だから戦闘要員として暗殺者ギルドへ売られ、辱めも受けた。」


ラリサが少し肩を震わせた。


「ラリサ…」


僕は近寄って震えているラリサの体を支えようとした。


「触らないで!」


「あ…、ごめん…」


僕は慌てて手を引っ込めた。怖がらせちゃったかな。


「あ、違うの。そうじゃない。わたしは、あなたに慰めてもらえる、資格が無いの。」


ラリサは僕の方を見た。

その眼に浮かんでいる色は、恐怖だ。


「わたしは、殺し屋。わたしの殺し屋としての最後の仕事は、ナイザール王国。その意味は、分かる?」


「え、それはどういう…?」


僕はそう問いかけた。

そう問いかけたが、僕の頭の中には一つの可能性は浮かんでいた。


「わたしの最後の仕事は、ナイザール国王の暗殺。依頼主は知らないけど、わたしのそのためにこの国に来た。でも、わたしはその仕事に失敗した。」


「やっぱり君は…」


僕はぎゅっとこぶしを握り締めた。


「わたしの仕事を阻んだのは、側近の貴族。その時は知らなかったけど、あなたの義父おとうさんを聞いた。」


ラリサはそこまで言うと、自分の胸のあたりを押さえた。

そして鞘に入った短剣の持ち手の方を僕に向けた。


「わたしは、カール様の、義父おとうさんかたき。もし敵討ちをしたいなら、わたしは、あなたに討たれる覚悟でここに来た。」


「・・・」


「もじ自刃せよ、と言うなら、わたしは喜んで、それに従う。どうする?」


ラリサが僕にまっすぐな視線を向けてきた。

目に浮かんでいる恐怖の色は消えていない。

だが、その目の力は強かった。


「やらないよ。」


僕は声を絞り出した。


「カール、様…?」


「ラリサが、僕の義父ちちの敵だとしても、僕は君を討つことはしないよ。」


「どうして…?」


「だって君は僕の護衛だろう。」


僕はラリサの肩に手を置いた。


「なんで、なんで…」


ラリサが目に涙を浮かべて体を震わせた。


「どうしてあなたは、わたしなんかに、優しくするの!?」


「どうしてって…」


「わたしは、たくさん誰かを殺してきた。たくさんのその家族たちを、不幸にしてきたのに…!! わたしは優しくされる、資格なんてないのに!」


まさに号泣だ。

ここまで感情を露わにするラリサは見たことが無い。

僕は、僕の腕の中で体を震わせているラリサに掛ける言葉が見つからなかった。












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