第32話 虎獣人・ボリス

「ボリス! 僕に手伝えること無いかな?」


僕は虎獣人のボリスに話しかけた。


「おやあ、カール様。手伝ってくれるんですかい?」


さすがは力自慢のボリスである。

ボリスはきっと重いであろうテント設営の為の資材を持ち上げながら振り返った。


「うん、僕だけ何もしてないのもちょっとね…」


「そうですか。ではあっしが重いものを運びますから、そこにあるのをあそこまで運んでくれますかい?」


ボリスが尻尾で指した先にはロープやそれをひっかけるための金具類が置いてあった。


「うん、分かったよ。」


「それが終わったら一緒にテントの設営をしましょう。」


僕はボリスと共に荷物を運び終えると、今度は一緒にテントの設営を始めた。


「そこを通して…、それをフックに通してください。」


ボリスは丁寧にテントの設営の仕方を教えてくれた。

僕達は手際よく、大小二つのテントを設営し終えた。

大きいテントがボリス達奴隷が泊まるテントで、小さい方が僕の為のテントと言う事のようだ。


「カール様、お疲れ様です。手伝ってくれてありがとうございました。」


ボリスがわしゃわしゃと僕の頭を撫でてきた。


「っと、すいやせん。無意識につい…」


ボリスはしまったという顔になった。


「あ、いや、大丈夫だよ。こちらこそ、テントの建て方を教えてくれてありがとう。」


「どうってねえことで…」


ボリスが照れ臭そうに頭を掻いた。


「しかしカール様。あなたはやはり変わった方だねえ…」


「え、どういう事?」


「いやね、前も言ったんだが、あっしらは奴隷であなたは貴族だ。」


「ああ、あなた達の扱いの事?」


「ええ。あっしら獣人は国が国なら、そりゃ畜生以下の扱いを受けるわけですよ。奴隷じゃなくてもね。あっしみたいな虎獣人は頭は良くねえが力がある。いろいろなところで過酷な労働に回されたり、酷い場合は戦争の最前よ。」


ボリスが言いたいことはよく分かる。

奴隷達が嵌められている隷属の首輪は、それくらい“効力ちから”があるのだ。


「あっしもそれを覚悟していました。買われた先がド田舎の山奥って聞いてたからね。あ、悪口じゃねえですよ。」


「ははは、ド田舎の山奥なのは間違いないね。」


僕は笑いながら答えた。


「そうですな。そんで来てみたら確かに力仕事はさせられるが、凄く扱いの良いご主人様ときたもんだ。カール様は、あっしらを大切に扱ってくださる。」


「そ、そうかな…」


「そうですよ。あっしはカール様の為なら命を失っても惜しくねえ。そう思ってるのさあ。…なあ、あんたもそう思うだろ?」


ボリスが僕の後ろに立つラリサに視線を向けた。


「わたしは、カール様を、守るのが仕事。命を懸けるの、当たり前。」


ラリサが少し首を傾けた。

しかし何かを思い出したように頷いた。


「うん、ボリ…ス? が言ってることも分かる、よ。でも、アイナ様の洋服、着るのはちょっと恥ずかしいな。」


「それはよく分からんが、とりあえずあっしらジーメンス家の奴隷はみんなここにきて良かったと思ってる筈さ。」


ボリスがうんうんと頷きながら言った。


「そう言ってもらえると、主人である僕も嬉しいよ。そいや、ボリスはここに来る前はどうしてたのかな…? 聞いても大丈夫なら、教えて欲しい。」


「あっしですか? まあ、そこのお嬢ちゃんや冒険者組程たいそうな過去があるわけじゃあありませんがね…」


ボリスがぐびっとコップの水を飲みほした。


「あっしはこの大陸、エレノオールの更に北にある大陸の出身でさ。とある商会が持つ交易船の水夫をやっていたんですよ。しかしね、雇い主が騙されちまいましてね。丸ごと奴隷に落ちてしまったのさ。あっしにも妻と息子がいたんだが…」


「…その奥さんと息子さんはどうなったの?」


「二人とも流行り病でね…。生きていれば、ちょうとカール様くらいになってたはずだ。だからさっき思わず撫でちまった訳ですよ。何か、息子とキャンプに行ってるみたいな気持ちになっちまって。」


「そう、なんだ。何か辛い事聞いちゃってごめん…」


僕はぺこりと頭を下げた。


「いや、良いんですよ。確かにあっしも己の不運を嘆いたこともあったが、いつまでもそれだと妻と息子の供養にもならねえ。そう思うことにしたんで。」


ボリスはにこやかにそう言った。


奴隷達はそれぞれ、色々な過去がある。

彼等はその過去に向き合っているのかそうじゃないのかは僕には分からない。


それでも僕はこの人たちの今の人生を預かっている訳だから、少しでも幸せな生活を送れるように出来る事をしていこう。






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