第15話 お姫様、出発する

「おはようございます。坊ちゃま、起きてくださ…って、ええ!?」


メアリーの声だ。起こしに来てくれたのだろう。

僕は眠い目を眠りながらゆっくりと体を起こした。


「んー、おはよう。メアリー…」


「坊ちゃま…、昨夜はその、お楽しみだったんですか…?」


メアリーが少し頬を赤らめながら僕の方を見た。

お、お楽しみ…?


「お楽しみって、何のこ…」


ふにゅ。


「ふにゅ…? ってええ…!?」


僕の隣に…アイナがいた。

先程、僕の左手はアイナの控えめな双丘の片方に触れてしまったしい。


「坊ちゃまもまだお子様なのに隅に置けないですねえ…」


「ち、違うから! 僕は何もしてないから!」


僕はアイナの体を揺すった。


「アイナ! ねえアイナ! 君はなんで僕のベッドの中にいるの??」


するとアイナは僕の腕を支えにして起き上がった。


「おはよ~、カール君…」


「ねえ、アイナ、何でここにいるの…?」


「ん~、だってカール君。気持ち良さそうだっただもん…」


アイナが僕のしっぽをさわさわ触りながら答えた。


「あらまぁ…」


メアリーがその様子をニヤニヤしながら見ていた。




―――




今日は商業国家オルロヴァの一行が王都バイゼルへと発つ日だ。

屋敷の前では一行が出発の準備を行っていた。


「カール様、おはようございます。出発の準備も滞り無く…。どうかしました?」


僕の表情がどんよりしてたのが分かったのだろう。

フリーデルが首をかしげながら問い掛けてきた。


「私が出発しちゃうのが寂しいのよね? カール君。」


「そ、そうだね…」


僕は苦笑いをしながら答えた。


「カール様、フリーデル殿下。」


オルロヴァ使節団長のディオンが僕の前に来て一礼した。


「お見送り頂きありがとうございます。…それに農作物の贈り物も頂けるようで。」


「はい。当家の領地で初めて収穫された米になります。アイナ姫より幾つかの作物の種を融通頂ける提案を頂戴しましたが、それの対しての御礼を兼ねております。」


「は…。昨日姫より伺いましてな。それに関しては昨日のうちに手配しております。」


「ありがとうございます。それと積み込ませていただいた米の一部を、我が王への献上米と道中アベール侯爵領に寄られるのであればアベール侯へお渡しいただけると助かるのですが…」


「畏まりました。その様にさせていただきましょう。」


「ありがとうございます!」


僕はディオンに頭を下げた。


「では、そろそろ出発させていただきます。また機会があればよろしくお願いいたします。」


「じゃあね、カール君! また遊びに来るからね!」


「うん、是非また来てね。」


アイナが急に僕に抱き着いてきた。 

彼女の唇が僕の頬に触れた気がするが、きっと気のせいだろう。

アイナはくるっと身を翻すと、ぱたぱたと走りながら馬車に乗り込んでいった。




―――




出発から少しした馬車の車内…。中で向かい合うのはディオンとアイナだ。


「さてアイナ。お前はアレを、カール・ジーメンス伯をどう見た?」


ディオンがフーっと葉巻をふかした。


ディオンおとうさま、車内で吸わないでくださいまし。あまり吸ってるとお母様に言いつけますわよ。」


「ハハハ、それは勘弁してくれ…」


ディオンが葉巻の火を消した。


「で、どう見た?」


「カール君、アレは当たりです。彼は自分自身に自信をお持ちでは無いようですが、領民の事を考えている良い方だと思います。」


「優秀な人物か?」


「優秀かどうか、は分かりません。家を継いでからの半年での成果はフリーデル殿下の手腕があっての事だと思いますが、カール君の“才能”は他の人、家族だけではなく領民の事も想えるところだと思います。それが周りの人の心を惹きつけているのでしょう。」


「ほう…。お前がそう言うのだから、そうなのだろうな。お前自身はどうなのだ?」


「私は、そうですね。」


アイナは少し上を見た。そして右手を自らの頬に添えた。


「カール君はとても可愛らしいお顔をしてますし、それにしっぽがすごくもふもふで気持ちよかったですね。あと話していてとても楽しかったです。」


「そうか。王都までにいくつか未婚の貴族に合わせてみようと思ったのだが、やめたほうが良いかな? それにナイザール王国の国王も若く未婚なんだがな。」


「お父様が私を政略結婚に使いたいのなら、国を守るためには仕方ない事だと思います。」


ディオンの言葉に、アイナが少し顔を反らした。


「ははは…。それをしたら妃に怒られよう。」




娘の幸せを願うのは、万国共通なことなのだ。


僕が使節団長ディオンの正体が実は商業国家オルロヴァ太守だと知ったのは、しばらく後になってオルロヴァから作物の種が届いた時だった―――。

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