第16話 冬のすごもり準備

「雪がちらついてきたわね。」


義母ははが窓の外を見ながらつぶやいた。

そう、ジーメンス領に冬が訪れようとしていた。

ジーメンス領は山の裾野に広がっていて、冬の冷え込みは厳しい。

雪もそこそこ積もるので、今までは農閑期となっていた。

領民も自分の家の中ですごもり準備をしている時期だ。


「カール様、私は研究棟に行って参ります。」


僕の後ろから、フリーデルが声を掛けてきた。


「あ、僕も一緒に行くよ。義母上ははうえ、ちょっと行ってきますね。」


研究棟、それはジーメンス家の屋敷の棟続きに建設された農業技術を研究開発するための使節だ。ここではオルロヴァから取り寄せた作物の種の栽培技術の研究、そして翌年の農業に使う土づくり研究を行っていた。

この建物の一室は薪を燃料にしたボイラーで、外よりも温度を高く保つことが出来るので、いろいろな研究・作業にうってつけだ


「お、カールじゃないか。」


「こんにちはベルントさん。土づくりは進んでる?」


「良い感じだよ。ここで良い土を作る方法が確立できれば、ワシらの生活も良くなるってものだ。」


ベルントはジーメンス領の農夫のまとめ役みたいな存在だったのだが、今回この研究棟を建設するにあたって農業技術の研究スタッフとして招聘した。

ベルントの長年の経験を活かしたかったのである。


「それにしても、この施設は凄いのう…。だいぶ金がかかったんじゃないのか?」


「あ、じつは…」


実はこの施設、ジーメンス領からの費用持ち出しが無い。

それが何故これほどの施設を作ることが出来たかと言うと、ずばりアベール侯爵である。オルロヴァのアイナから研究施設の建設を提案されたことをアベール侯爵へ手紙で相談したところ…


「何故そんな大切な事を早く言わないのだ。すぐ準備する。」


と言う短文の返信を寄こして数日で資材が届き、大工・職人が派遣されてきた。

同行していたアベール侯爵の官吏に費用に事を尋ねると、


「全て侯爵が支払い済みだから不要です。」


と何も受け取ってもらえなかったのだ。そして1カ月程度の工期を経て、研究棟が完成した。


「へえ、そのアベール侯爵様ってのはずいぶん太っ腹なんだなぁ。」


ベルントの言葉を受けて、僕はアベール侯爵の姿を思い浮かべた。

うーん、確かに“太っ腹”だなぁ

なんて侯爵に言うと怒られちゃいそうだ。


「ところでフリーデル。オルロヴァから頂いた作物の種についてはどう?」


「そうですね、いくつか試しましたが来年に向けて豆類の栽培は有望そうです。また冬に栽培できるものはいくつかの葉物野菜を候補に入れています。それに関しては報告をお待ちください。」


「うん、よろしくね。」


僕は頷いた。みんなのお陰で、自分の領地がどんどん良くなってくる。

忙しくしてるから、これ以上邪魔しちゃ悪いよね。

僕は働くフリーデル達の邪魔にならない様、研究棟を後にした。


「ふんふんふ~ん。」


屋敷のキッチンに差し掛かると、メアリーが鼻歌を歌いながら料理をしているようだった。


「あ、メアリー。お連れさま。料理中なんだね。」


「坊ちゃま! はい、そうなんですよ。今日は坊ちゃまも好きなハンバーグですよ。楽しみにしてくださいね。」


メアリーの料理はとても美味しい。

この屋敷には専属の料理人がいないから2名のメイドが料理をしてくれるのだが、メアリーの料理は特に美味しいのだ。


「そっちのは、おやつの準備かい?」


僕は調理場の隅の方に置いてある食材を指さした。

小麦粉や砂糖、ドライフルーツやチョコレート等が置いてあった。


「ああ! そっちはまだ秘密です!」


「ひ、秘密って…?」


「いいから! ご飯できたらお呼びしますから、今は出てってくださいねぇ!」


…主人であるはずの僕は、何故かキッチンを追い出されてしまった。











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