第6話 ベルクール三世

玉座の間での謁見の後、僕はベルクール三世の部屋を訪れた。


「失礼致します。」


「おう、よく来たな。さぁそこに座るがよいぞ。」


質素なソファに腰かけていたベルクール三世が僕を手招きした。

僕はそれに従い、ベルクール三世の対面に腰を下ろした。


「わ、私達も、は、入って良いのかな。」


「ま、まさか俺達も国王陛下に呼ばれるとは…」


僕の二人の従者、ハンスとメアリーも何故か同道するように、と言う事だった。


「えー、ハンス、と、メアリーだったか? どうだ、ナイザール国王の部屋に来てみた感想は?」


ベルクール三世がニヤリとしながら、二人に問い掛けた。


「え、えっと、意外と質素な部屋ですね?」


「ば、馬鹿! お前…」


確かにその通りだ。大陸屈指の大国の国王の部屋と言えば、絢爛豪華なものを思い浮かべるだろう。

しかしこの部屋はそれとは程遠くそれなりに値打ちのあるものもあるのだろうが、ソファやベッドも質素なものだし、調度品も町で買えそうなものばかりだ。(さすがに、ジーメンス領では手に入らないかもしれないが)


「はっはっは! その方の言う通りだ。これは現王朝の初代様の考えでな。王は自分の部屋に置くものは庶民が買えるもので揃えよ、と言われていてな。」


ナイザール王国は数十年前に王家が元々の王家の傍流に変わっていた。曰く、現国王の3代前の王が贅沢を好まなかったらしい。

現国王もその教えを守っているのだそうだ。


「まぁ国内の全貴族に対して無理強いはできんが、私は今の生活に不満は無いからな。…っと茶と菓子が来た。粗末なものだが遠慮せず食べてくれ。」


王の従者が香りのよいお茶と焼き菓子を持ってきてくれた。


「さてカール。謁見の時にも言ったが、先代ジーメンス伯は真に残念であった。伯がいなければ、私は命を落としていたかもしれぬ。」


ベルクール三世の顔は真面目な表情に変わった。


「賊はどこの国も者かは分からずじまいだった。近頃は敵対国も無いと思っていたし、国内の反逆勢力も…。私の認識が甘かったと言う事だな。すまぬ…」


ベルクール三世が頭を下げた。


「そんな、おやめください。国王陛下。義父ちちは臣下の務めを果たしたという事でしょう…」


「カールよ、お主は強いのう…」


「いえ、そんな事は。今だって、ほら…」


僕はベルクール三世の前に両手を差し出した。僕の手はかすかに震えていた。


「僕は…怖いです。僕は、僕には義父ちちの代わりを務める自信がありません。義母ははも体を壊していて、義父ちちの死を聞いたらどうなるか…」


義両親りょうしんは本当に僕の事を愛してくれた。

義父ちちを亡くしたショックで、義母ははまで亡くなってしまったら…


「そうだ。そうであろうな。お主は私よりも年下だったな。弟のような年のお主が、領地を守る重圧に立ち向かわなければならないのも辛かろう。」


ベルクール三世は僕の手を握った。


「そのあたりは、私も考えている。先程の謁見でアベール侯爵に任せたジーメンス伯爵家への恩賞もある。アレはお主の様な獣人を嫌っているようだが、仕事自体は優秀な男だから王命にて指示したことに対して手は抜かないだろう。」


そうだ。あの侯爵は人族至上主義と聞いていたが、どういう訳か僕寄りの発言をしていた。何かの思惑があったのかもしれないが。


義母上ははうえ殿の病気の事も考えよう。お主達が帰る際に王宮医師を同行させる。それと領地経営については補佐するものを付けよう。それで良いか?」


「あ、えっと、陛下、ありがとうございます。」


僕は頭を下げた。


「約束しよう。補佐官については邪魔だと思ったら追い返してくれて構わぬでな。…ただひとつ条件がある。」


「条件ですか…?」


僕はベルクール三世の顔を見た。条件とは、いったい何だろう?


「私の事は、公の場以外では私の事は“ケルト”と呼ぶこと。良いな?」


「な、何故ですか!?」


「私はお主の様な可愛い弟が欲しかったのだ。年齢も5つ違いか? ちょうどよいだろう。庶子の兄上と妹がいるが、弟がいなかったのでな…。ケルト兄さん、でも良いぞ?」


「そ、そんな。陛下!」


「ケルト兄さん、だ」


この王様は少し、いや、だいぶ変わっている人らしい。









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