Conclusion

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 俺が男子寮を出ていくことが決まったあと、ほかの寮生からよく声をかけられるようになった。そのほとんどが感謝の言葉ばかりで少し驚いた。普段、夕食の配膳などを手伝っている時なんかは、感謝されることなんてほとんどなかったからだ。

「そりゃあれだ。鏑谷が寮を出ていくなんてみんな考えてなかったからだろ。青天の霹靂って奴だ」

 そんな推測は寮生ではない鷺沼によるもの。無駄に自信ありげな雰囲気だった。

「著名なアーティストとかでも、急逝したらファンでもなかった奴までお悔やみの言葉を申し上げたりすんだろ。そんで必要以上に神格化され始める」

「その喩えだと、まるで俺が死んでしまうみたいなんだが」

「喩えにいちいち難癖つけるんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

「犯人はお前だったのか」

「大切なもんは失って初めて気づくって奴だ。成仏しろよ鏑谷」

「お前こそ、しっかりお務めを果たせよ」

 鷺沼に話したのがそもそもの間違いだった。今日から夜道には気をつけよう。

 他方、早稲田はと言うと、ほかの寮生に比べればクールな反応だった。

「今生の別れでもあるまいし、学校では今後も会えるのだろう?」

「まあ、転校するわけじゃないしな。前の家だって、学校からそう遠いわけでもない」

「うむ、そのうち、俺も遊びに行ってよいか。鏑谷が元々どんな家で生活していたのか興味がある」

「いや、しばらくはやめてくれ。落ち着いたらまた誘うから」

 当然ながら、藍香さんや舞佳と一緒に暮らすことは打ち明けていない。そんな中で気軽に遊びに来られても困るから、一応釘は刺しておくことにした。

「そうか……鏑谷がそう言うならば仕方あるまい。その時が来るまで待たせてもらうとしよう」

 最後までクールな早稲田だったが、この時ばかりはやや落ち込んでいるようにも見えた。前も思ったが、どんだけ俺の部屋に遊びに来たいんだよ。ほかに友達がいないのだろうか。

 ちなみに、真幸さんも俺が寮を出ることは寂しがってくれたが、それよりも前の家に戻る決断をしたことに驚いたみたいだった。

「まさか、優真君があの二人を助けるためにあそこまでするなんて……よっぽど、あの姉妹のことが大切だったのね」

 突拍子もない判断に呆れられるかとも思っていたが、真幸さんの反応は意外にも好意的だった。

「優真君のお父さんもそうだけど、あの姉妹のご家族もよく許してくださったわね。幼馴染の家に……それも、男の子の家に居候なんて」

「まあ、そっちの方は藍香さんが話をつけたみたいなんですけど、そう難しいことでもなかったみたいです。そもそもの発端が、二人の両親の問題でもあったわけなので」

 藍香さんにしても舞佳にしても、親の都合で不都合を押しつけられていたのだから。藍香さんもその辺りを引き合いにして了承を得たのだろう。

「ふぅん、確かにあの子ならやりかねないかも。中々の口達者みたいだし……それだけ、優真君と一緒にいたい気持ちが強かったってことね」

「俺とって言うか、三人一緒にって気持ちだと思いますけど。それが幼い頃からの、俺たちの願いでしたから」

「ふふっ、それはどうかしらね……優真君に断り切れない願いがあったように、あの子たちにも、断ち切りたくない想いがあったでしょうから」

「断ち切りたくない想い、ですか?」

「ええ。ただ今回ばかりは、優真君の優柔不断が、結果的には英断になった……だけどやっぱり、私の考えは変わらないわ。きっと、優真君はいつか――」

 なにかを言いかけた真幸さんだったが、その先の言葉が続くことなかった。

 その代わり、彼女は「ねえ優真君」と気を取り直すように言って、

「もしも、元の家に戻るって選択肢がなかったら、どうしてたの」

「え……?」

「やっぱり、いなくなってしまう芦北さんの方を選んでた?」

 その問いに俺は即答できなかったが、少しだけ考えた末、

「……分かりません。俺はどうしても、二人との約束を果たしたいと思って、そう思ったからこそ、一か八かの賭けに出られたって感じだったので」

 と、ぶっきら棒な答えを口にしていた。

 真幸さんはしばらくジッと見つめてきたが、ほどなく小さな溜め息をついたのち、

「……少しだけ、優し過ぎたわね。優真君は」

 そう柔和に微笑みながら、物憂げに目を伏せていた。


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