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「なるほどね。あなたたち姉妹が抱えている事情はよく分かったわ……それに、私も他人のことばかり悪く言えないこともね」

 理解を示すように頷くと、真幸さんはわざとらしい咳払いをして仕切り直し、

「本来であれば即刻、この寮から立ち退いてもらいたいところだけど、諸々の事情に鑑みて、あと一週間だけは大目に見ることにします。その一週間で二人をどうするか考えること――ただし、どちらか一人だけね」

「一人だけ? どういうことですか、ママさん」

「年頃の女の子を二人も匿うなんて、いくらなんでも無茶だからよ。寮の規則違反とかを差し置いても到底容認できることじゃないわ」

「いや、たとえ一人でも容認してはいけないと思うんですけど……」

「それはそうだけど、そこは上見坂さんたちの事情や、優真君の人柄を考慮した上での譲歩だと思ってくれていいわ。いきなり二人とも家に帰りなさいって言っても、問題が解決していないままじゃ途方に暮れるだけでしょ? そっちの方が私としては心配だから」

「そう言ってもらえるのはありがたいですけど、一人だけというのはどうするんですか? ママさんの口ぶりだと、どっちかを無理やり帰らせるって感じでもなさそうですし……」

「もちろんよ。上見坂さんと芦北さん、どちらか一人はここで匿う。で、もう一人は峰見寮の寮母さんに相談してみようと思うの」

「峰見寮の?」

「あちらはここと違って、ちゃんと寮母さんが寮母室に住んでいるわ。だから一人くらいなら、事情を話せば泊めてくれるかもしれない。一週間という期限はあくまで私の提案だから、そこまで了承してもらえるかは分からないけど、ほかでもない優真君の困り事なら、無下にされることもないと思うわ」

 日頃の手伝いなどでそれだけの恩は売っているから、ということだろうか。そう言うと恩着せがましいようにも思えるが、峰見寮で匿ってもらえるならその方がいいのは間違いない。

「本当は二人とも預かってもらえればいいんでしょうけど、さすがにそこまでは頼めないと思うわ。それに、どちらか一人だけというのは、あなたたち三人のことを思ってのことでもあるから」

「俺たち、三人のことを?」

「ええ。特に優真君のことをね……優真君は本当に優しいから、お願いされたら断らない。だから上見坂さんと芦北さん、両方のお願いを叶えてあげたいと思っているでしょう? だから今日まで二人とも匿ってきた……だけどね優真君、色んな人のお願いをずっと叶え続けることはできないものよ。そんなことばかりしていたら、いつかきっと、辛い選択を迫られることになる――今だってそう。上見坂さんと芦北さん、どちらを優真君の部屋で匿って、どちらを峰見寮に預かってもらうのか」

「そんな大袈裟な……どうせ一週間だけの話ですし、俺はどっちでも」

「優真君はそう考えていても、二人はそうじゃないという意味よ。だって二人とも、優真君のところにいたいって思っているみたいだから」

 俺はとっさに二人を見た。

 こちらをジッと見つめる眼差しがそれぞれあった――藍香さんはいつになく真剣な両目で、舞佳は今にも涙を零しそうなほど弱々しく瞳を揺らしている。

「そう遠くない未来、優真君はきっと、お願いを取捨選択しなければいけない日が来るわ。私がどちらか一人しか預かれないと言ったのは、そのことをよく考えてほしかったからよ……どうするのかを話し合って、なるべく早く決めてちょうだい。いいわね?」

 真幸さんはにっこりと微笑んでいた。普段通りの優しさと、有無を言わさない気配が混在している。

 俺は戸惑いを隠せないまま、彼女の言葉に頷くほかなかった。


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